領主様の屋敷で暮らすことになる!
冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けた僕は、リルと一緒に街の郊外にある草原にやってきた。人がいない場所では僕はリルの背中に乗って移動している。その方が早いからだ。
“どんな薬草なの?”
「ヒール草って書いてあるんだけど、実際に見てみないとわからないや。」
“そうね。1本でも見つかればその後は私が匂いで見つけられるんだけどね。”
ギルドで書かれていた絵が下手なのか、なかなか見つからない。そこで僕は目に気を集中させて草原を眺めた。すると、いたるところに青いものが見える。
「あったよ!」
近づいてみると確かにギルドでもらった絵と同じものだ。リルが匂いを嗅いで辺りをクンクン始めた。
「ワン!」
リルのいる場所を見るとヒール草が生えていた。それからは休み暇もなくヒール草を採取した。
「もういいよ。リル。」
僕の目の前には持ちきれないほどのヒール草があった。少しを残して腰の魔法袋の中に入れた。
「大量だよ。一度に出すと怪しまれるから、持っていくのはこれぐらいにしておくよ。」
“そうね。”
両手が塞がっているので、僕はリルに乗らずに歩いて帰ることにした。すると、遠くで人が争う音が聞こえてきた。
「リル!」
“馬車が襲われてわ!”
「助けに行こう!」
僕とリルは街道を走った。すると、盗賊のような人達が馬車を襲っていた。馬車を守る警備兵のような人達が応戦しているが、多勢に無勢だ。僕は手に持っているヒール草を魔法袋に仕舞って、後先も考えずに背中の剣を抜いて盗賊達に斬りつけた。
グワッ
「き、貴様!何者だ?邪魔をするな!」
盗賊の一人が僕に斬りつけてきた。やはりその動きは遅い。まるでスローモーションだ。僕は軽々避けて剣を持つ手を斬った。すると、隊長らしき兵士が声をかけてきた。
「君は昨日ロベルト殿が連れてきた少年じゃないか!助かる!」
リルの動きも素早い。盗賊達を次々に無力化していった。そして、気がついてみれば、あっという間に盗賊達を倒してしまった。
「助かったよ。君達のお陰だ。」
「いいえ。僕は何も・・・。リルが活躍してくれたんで。」
「そんなことはないさ。君のあの動きは相当な訓練を積んだものにしかできないよ。」
「いいえ。そんなことないですよ。」
兵士達が盗賊達を縛り上げていく。すると、馬車の中から少女が降りてきた。他の人達と同じで金髪だ。僕より少し年下なのかもしれない。
「エリーナ様。危険ですので馬車にお戻りください。」
「大丈夫よ。サモン。それよりそちらの方は?」
「我々に味方をしてくれた者達です。」
すると、エリーナが頭を下げてきた。
「助力感謝します。是非、屋敷までお越しください。お礼をお渡ししますので。」
「いいえ。僕達は大したことはしていませんので、これで失礼します。」
僕はその場から逃げるように走り去った。
「まずかったかな~。」
“仕方ないわよ。あそこで助けなければ皆殺しになっていたわ。”
「そうだよね。でも、僕のこと知られちゃったよ。」
“剣の戦いが強い人はいくらでもいるわ。それよりショウの特別な能力を知られなければいいのよ。”
「そうだよね。」
そして、僕達はギルドに戻った。
「ショウ君。お帰り。大量だったようね。」
「はい。結構見つかりました。」
カウンターの横の買い取り場所にヒール草を置いた。もらった報酬は銀貨5枚だ。結構いい値段がついた。僕がリルを連れてギルドを出て街中を歩いていると、建物の陰から男達が現れた。今朝方ギルドで因縁をつけてきた冒険者達だ。
「よお!朝の酒、まだ弁償してもらってないよな~。金を出しな。」
「朝、謝ったじゃないですか。」
「謝って済むんなら衛兵は必要ねぇんだよ。痛い思いをしたくなかったら早く金を出しな。」
“ショウ。こいつら無理よ。どうする?殺しちゃう?”
“ダメだよ。リル。街中じゃないか。”
僕がリルと念話で話していると、いきなり殴りかかってきた。僕は反撃せずにすばやく避けた。
「この野郎!ちょこまかと逃げやがって!」
我慢できなくなったのか、男達が剣を抜いた。騒ぎを聞きつけて僕達の周りに人だかりができ始めた。
“まずいな~。どうしよう?”
“懲らしめるしかないわよ!”
“しょうがないな~。”
僕が背中の剣に手をかけようとした時、大きな声が聞こえてきた。
「ショウ!何やってるんだ?」
ロベルトと馬車の護衛についていたサモンとかいう人だ。
「この人達がお金を出せって言ってきたんで、断っていたんです。」
するとロベルトが腰の剣を抜いた。
「貴様ら!何をしたのかわかっているのか!俺の友人から金を奪おうなんて、ただじゃすまないぞ!」
冒険者達の顔色が変わった。どうやらロベルトは兵士達の隊長だけあって、かなり知られているようだ。するとサモンが彼らに言った。
「お前ら、俺達がここに来なかったら今頃全員死んでいたぞ!」
「えっ?!」
「そうだよな。ショウ。」
「いいえ。僕はそれほど強くないですから。」
「何言ってるんだ!盗賊達をあっという間に退治したじゃないか。」
「あれはリルが・・・」
男達の顔が青くなっていく。
「すまなかった。」
男達は謝って走っていった。
「ロベルトさん。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもあるか!お前、エリーナ様を助けたんだってな。サモンから聞いたぞ!やっぱりただの少年じゃなかったようだな。領主様がお呼びだ。行くぞ!」
もう日が傾きかかっている。正直、あまり領主様には会いたくない。
「どうしてもいかなくちゃだめですか?」
「どうしたんだ?褒美をもらえるんだぞ!」
「褒美をもらうより宿に帰って寝たいんですけど。」
ハッハッハッハッ
サモンが大声で笑い始めた。
「ロベルト殿の言った通りだな。おかしな少年だ。普通なら領主様から褒美をいただけるなんて聞いたら、大喜びするんだがな。」
僕が行かないとロベルトとサモンに迷惑がかかりそうなので、仕方なく領主様の屋敷に行くことにした。
「ショウ。また会ったな。我が最愛の娘エリーナまで助けてもらうことになるとはな。だが、ショウ、お前は何者なんだ?正直に話してくれないか?」
「僕は昨日話した通り・・・」
僕をめがけて3方向から短刀が飛んできた。僕は咄嗟に剣を抜いて短刀をすべて叩き落した。
「やはりな!ただものではないと思っていたが、これほどとはな。」
この場所に僕に敵意を向けている者は誰もいない。ということは、僕は試されただけのようだ。
「すまなかったな。ショウ。そなたのことをサモンから聞いてな。どうしてもそなたの実力を知りたかったんだ。許せ。」
「いいえ。構いません。ですが、これきりにしてください。さもないと『敵』とみなしてしまうかもしれませんので。」
「こら!ショウ!領主様に向かって、お前は何を言っているんだ!」
「よいよい。ロベルト。私が悪かったんだからな。」
隣ではリルが立ち上がって警戒している。
「ところで、ショウ。どうだろう。我が娘の護衛になってくれないか?」
「護衛ですか?」
「ああ、そうだ。エリーナももう12歳だ。来年には王都に行かねばならん。どうだろう。引き受けてくれないか?」
そこにエリーナがやってきた。不思議そうに僕を見ている。当たり前だが、領主様の前でフードを被ったままなどありえないのだ。
「ショウ。娘のエリーナだ。フードをとって顔を見せてやってはくれないか。」
なんか同年代の女性に自分の顔を見られることに抵抗を感じたが、領主様の依頼だ。むげに断るわけにもいかない。僕はゆっくりとフードをとった。
「綺麗!すごく綺麗!天使様みたい!」
エリーナが顔を赤くして僕の顔をまじまじと見つめている。
「もういいですか?」
「ああ、ありがとうな。」
僕はすぐにフードを被った。するとエリーナが声をかけてきた。
「昼間は危ないところを助けていただいてありがとうございます。出来たら私の友人になってください。」
『護衛』のはずが『友人』に代わっている。これには領主様も困ったようだ。
「いいでしょ!お父様!私はショウ様と一緒にお勉強がしたいのです。一生懸命勉強しますから!」
娘の意見に押されたようだ。領主様が困った様子で聞いてきた。
「どうだろう。ショウ。エリーナの友人になってやってくれないか?」
“どうするのよ。ショウ!”
“この世界のことを勉強するチャンスだよな~。”
“なら引き受けたら。”
“でも、この世界を見て回りたいんだよな~。”
“なら、しばらくってことでいいんじゃない。”
”わかったよ。“
僕の心は決まった。
「わかりました。ただ、僕はご存じの通り深淵の森で生活していて、『この世界』のことを何も知りません。ですから、しばらくしたら世界中を周る旅に出たいと思います。それでもいいなら引き受けます。」
領主様もエリーナ様も驚いたような顔をしている。
「ハッハッハッハッ ショウ。お前は本当に面白いな。まるでどこか違う世界から来たような言い方ではないか!それに世界中を旅するというが、何年かかるかわからないぞ。内戦中の国もあればエルフ王国、ドワーフ王国、アニム王国、さらには誰も行かない魔族の国なんかもあるんだぞ。それでも行くのか?」
“しまった。つい口が滑ってしまった。”
“大丈夫よ。気付いてないから。”
気付かれてなければいい。そう考えると、領主様の言ったエルフとかドワーフとかが頭に思い浮かんできた。異世界アニメでよく出てきた名前だ。でも、僕の想像している姿と違うかもしれない。
“エルフって本当に美男美女なのかな~。会ってみたいな~。”
“ショウ!答えないとまずいわよ!”
“ああ、そうだった!”
思わず本音で答えてしまった。
「はい。全部行ってみたいです。エルフさんやドワーフさんにも会いたいし、魔族の人達にも会ってみたいです!」
その場の全員が狐につままれたようにキョトンとしている。
「ハッハッハッハッ 愉快な奴だ!気に入ったぞ!ショウ!お前、今日からわが屋敷で暮らせ!よいな!」
「えっ?!ええ—————!!!」
ロベルトもサモンも驚いた。領主様の隣でエリーナはニコニコしっぱなしだ。
「わかりました。ですが、さっきも言った通り本当にしばらくの間だけですけど。」
「構わんさ。」
何やら領主様には考えがありそうだ。相手の心の声を読んでしまえばいいのだが、そのスイッチだけはオフにしてある。もう二度と日本にいた時のような思いはしたくないのだ。