冒険者登録
ヨハネス王国の街ギザに到着した僕は、この街の領主であるウオーレン辺境伯と会った。辺境伯は僕のことを疑っていたようだったが、属性を調べる水晶に手をいても何の反応もなかったことで疑いは晴れたようだ。そして、領主屋敷を出た僕達はみんなで食事をすることになった。『冒険者の食卓』と書かれた看板の店に入ると、食堂というよりも居酒屋のような店だった。かなり酒臭い。
「いらっしゃい。ロベルトさん。久しぶりね。」
「ああ、深淵の森に行っていたからな。」
「そうなんだ~。大変ね。兵士のお仕事も。」
「まあな。」
みんなはメニューを見てそれぞれ注文したが、僕はメニューを見てもよくわからなかったのでロベルト隊長と同じものを頼んだ。
「いや~。悪かったな。ショウ。」
「何がですか。」
「領主様の件だよ。俺もショウのことを疑っていたが、まさかあそこまでやるとは思っていなくてな。」
「そうですよ。隊長。俺も水晶を持ち出した時には驚きましたよ。」
「ローランドの言う通りですよ。でも、服屋に行った時も思いましたが、やっぱりショウは普通の子どもですよ。」
なんかみんなを騙しているようで申し訳ない気持ちになった。でも、正直に話すわけにはいかないのだ。そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。僕とロベルトの料理はステーキだ。しかもミック達のステーキの倍はある。
「食べきれるのか?ショウ。」
「多分無理です。でも、半分はリルにあげるつもりなんで。」
「そりゃあそうだな。その小さな体で隊長と同じ量を食べるのは無理だよな~。ハッハッハッハッ」
僕は皿を一枚もらって、お肉を半分に切り分けてリルの前においた。リルも尻尾を大きく揺らしていた。
「美味しい!このお肉すごく美味しいです。なんのお肉ですか?」
するとローランドがニコニコしながら言った。
「ショウはやっぱり子どもだな~。これはホーンボアだ。ただ焼いただけじゃないからな。旨くて当然だ。」
ミックに言われて思った。僕はこの3年間、焼いただけの肉しか食べてこなかった。でも、この世界にも料理というものが存在する。だとしたら調味料は必ずあるはずだ。
「ミックさん。料理の味付けは何を使うんですか?」
すると、ジョニーが笑いながら言った。
「ハッハッハッ ダメだぞ!ショウ!料理のことをミックに聞いてもわかるはずないじゃないか。」
ジョニーの説明によると、基本的には塩と砂糖は存在する。それ以外にも、他国から胡椒、味噌、醤油を輸入しているようだ。
「味噌と醤油もあるんですか?」
ロベルトが不思議そうな顔で聞いてきた。
「なんだ。ショウは味噌と醤油を知っているのか?」
”しまった!“
僕は記憶をなくしていることになっているんだった。どうにか誤魔化さないと。
「かすかな記憶で、昔、母親が料理していたような気がしたんです。」
「そうか~。完全に記憶を失っているわけでもなさそうだな。」
するとヨハンが言った。
「味噌や醤油を知っているということは、ショウはジポンの出身かもしれませんね。」
「そうだな~。味噌や醤油はジポンの特産品だからな。だが、あの国の者達は髪も瞳も黒いはずだぞ!」
もしかしたら、この世界には僕のいた日本と同じ環境の国があるのかもしれない。いつか行ってみたい。
食事を終えた僕達は店を出た。そして宿屋を紹介してもらった。みんなには妻や子ども達がいて、僕を泊めるほど広くないようだ。
「悪いな。ショウ。この宿屋に泊まってくれ。ここの女将は俺の妹だからよく言っておいてやるな。」
「ありがとうございます。ロベルトさん。」
しばらくは領主様から頂いた報酬があるから何とかなるが、その後の生活資金を稼がなければいけない。
「ロベルトさん。仕事をするにはどうしたらいいんですか?」
「そうだな~。商人ギルドに行ってどこかの店で雇ってもらうか。それとも、冒険者ギルドに行って冒険者になるのがいいな。」
「そうですね。ショウに農業は向いてないですからね。」
「わかりました。明日冒険者ギルドに行ってみます。」
それから僕は宿屋に入った。宿屋はロベルトの妹夫婦が経営しているようだ。妹さんはメアリー、その主人はマイケルという名前だった。支払いもロベルトの口添えで、本来1泊2食付きで銀貨7枚のところを、銀貨5枚にしてもらえた。手持ちの少ない僕にとっては、物凄く助かった。また、この宿は使い魔も一緒に泊まれた。お陰でリルも一緒の部屋に泊まることになった。
「すみません。メアリーさん。リルにも食事をあげたいんですけど。別料金を支払いますのでお願いできますか?」
「はいよ!任せておきな。」
そして、ようやく1日が終わろうとしていた。今、僕はベッドに寝転んでいる。この3年間、こんなフワフワなベッドの上で寝たことなんかない。それに今日の料理だ。あんなに美味しい料理は、この世界に来てから初めてだ。何気ない日本での生活がどれだけ恵まれていたのか、改めて実感がわいてきた。そう思うと自然と涙が出てきた。
“どうしたの?ショウ。また昔のことを思い出したの?”
“まあね。リルに言ってなかったけど、僕は違う世界で生まれて育ったんだ。雷に打たれて死んで、気が付いたらあの森の中にいたんだ。僕の住んでた世界はこうやって布団の上で寝るのが当たり前だったんだよ。”
”そんなことがあったのね。なら、ショウはこの世界に家族はいないのね。寂しいわね。“
“うんうん。寂しくなんかないよ。リルがいるもん。一人の時は孤独だったけど、今は平気さ。”
リルがベッドに乗ってきた。僕はリルに思いっきり抱き着いた。やっぱりフワフワだ。心が休まる。
そしてその翌日、僕とリルは朝食を済ませた後、ロベルトに教えてもらった冒険者ギルドに行った。ドアを開けて中に入ると、正面に受付カウンターがあり、その左側には飲食ができるスペースがあった。さらにその左側に掲示板のようなものが見えた。
「おはよう。何か用?」
「はい。冒険者の登録ってできますか?」
リルは僕の横に座って、何かを警戒するかのようにギルドの中を見回していた。
「この紙に書いてくれるかな?」
「はい。」
名前を書く欄には『ショウ』、魔法の属性は『なし』、特異な武器は『剣』と書いた。
「これでいいですか?」
「ショウ君ね。私はアリサよ。よろしくね。」
「はい。こちらこそご指導お願いします。」
「まあ、可愛いわね。ショウ君は何歳なの?」
年齢を聞かれても困る。自分の年齢を知らないのだ。
「多分、13歳だと思います。」
「多分って?」
「記憶がないので。」
「そうなのね~。ごめんなさいね。」
「気にしないでください。大丈夫ですから。」
僕の出した紙を見てアリサが聞いてきた。
「魔法の属性に『なし』って書いてあるけど、わからないってことかな?」
「いいえ。魔法は使えないんです。」
ここでアリサが屈んで水晶を取り出した。
「ショウ君。この水晶に手を置いてみてくれる?」
僕は水晶に手を触れた。だが、やはり何の変化もない。
「本当ね。ショウ君って魔力がないのかもね。でも、大丈夫よ。冒険者には魔獣の盗伐以外にも、薬草採取とか、家の片づけや引越しの手伝いとか、いろんな仕事があるから。」
「は、はい。」
どうやらアリサは魔力のない僕のことを気遣ってくれたようだ。すると、飲食スペースにいた冒険者達から笑いが起こった。
「おい、見たかよ!あの小僧!魔力がないんだってよ!」
「そんな人間がいるなんて、俺、初めて見たぜ!」
「ハッハッハッハッ そういうな!可哀そうじゃないか!まだ子どもなんだぜ!将来を絶望させるにはちょっと早すぎるぜ!」
間違いなく僕のことだ。腹が立つが無視しよう。ところがリルは違った。リルがゆっくりと冒険者達のところに近づいていく。そして、いきなり吠えた。
「ウー!ワン!」
「やめろ!リル!」
慌ててリルを止めたがもう遅い。一瞬驚いた様子の冒険者達が怒り始めた。
「なんだ~!この犬野郎!」
冒険者の一人が肉が刺さっていた串をリルめがけて投げつけた。だが、リルが素早くそれを避ける。僕は慌てて冒険者達のところに行って謝った。
「すみません!僕の犬が迷惑をかけました!」
「すみませんで済むかよ!おかげで酒をこぼしたじゃねぇか。どうしてくれるんだ!」
「すみません。」
すると、酒をこぼしたという冒険者が立ち上がって僕を殴った。その動きはかなり遅い。余裕で避けられたが、あえて殴られたのだ。手でこすると血がついていた。どうやら唇が切れたようだ。リルは心配そうに僕を見ている。
“リル!ダメだぞ!何もするな!”
“どうして?ショウ!こいつら許せないわ!”
“ダメだから!”
「次から気をつけろ!そっちの犬もちゃんとしつけておけ!」
「はい。ごめんなさい。」
カウンターにいたアリサも心配そうに僕を見ていた。僕はフードを深くかぶりなおして、再び受付カウンターに行った。
「大丈夫?ショウ君。」
「はい。大丈夫です。それより何か依頼を受けたいんですけど。」
「ああ、それなら向こうの掲示板を探してくるといいわ。ショウ君はGランクだから、FかGって書かれたものなら受けられるわよ。」
「ありがとうございます。」
掲示板を見ると様々な依頼があった。僕がよく森で狩っていたホーンボアの盗伐はB、レッドベアに至ってはAと書かれていた。
“なるほどな~。ロベルトさん達が僕のことを疑うのも無理はないな。”
僕はポーションのもとになる薬草の採取をすることにした。