初めての街ギザ
僕がこの世界に転生してから3年が経った。新しい友人もできた。フェンリルのリルだ。そんなある日、この世界に来てから初めての人間に遭遇した。隊長のロベルトの話によると、僕の住んでいるこの森は『深淵の森』と言って、強力な魔物が住んでいるために世界中から恐れられているようだ。
「隊長。あの少年は何者なんでしょうね?」
「分からんよ。ただ、この森の中で一人で暮らしているんだ。相当強いはずさ。」
「そうですね。でも、あの奇麗な顔からは想像もつかないですよ。」
「俺もそう思いましたよ。隊長。ミックの言う通りですよ。最初見た時は天使かと思ったぐらいですから。」
「確かにな~。だが、あの服を見てみただろ!あの少年はこの森で必死に生きてきたんだ。」
「確かにそうですね。でも、こんな森に子どもを捨てるなんて信じられない親ですね。」
彼らがそんな話をしているとも知らず、僕は出かける準備をしていた。この世界に来てからすでに3年が経過している。それなりにこの場所にも愛着と思い出があるのだ。
「ワン!」
「どうしたの?リル。」
何やらリルが言いたげな様子だ。すると、僕の頭に声が聞こえてきた。
“ショウ。言っておきたいことがあるんだけど。”
「えっ?!」
僕は慌ててリルを見た。
“念話よ。この姿だと話すことができなのよ。あなただって念話ぐらいできるでしょ?”
僕はリルに言われて試してみた。
“聞こえる?”
“聞こえるわよ。ショウは自分の能力に気付いてないようだけど、あなたの力は普通の人間が使える力じゃないのよ。”
“そうなの?もしかして、本に書かれていた第3の能力ってこと?”
“第3の能力かどうかはわからないけどね。人前で使わないほうがいいわ。そんな力を見せたら、魔王扱いされて討伐対象になるわよ。”
“そうなの?!ダメじゃん!”
“そうよ。それに大事なことがもう一つあるのよ。”
“なに?”
“私のことは普通の犬ということにしておいた方がいいわ。私がフェンリルだって知られたらショウにも迷惑かけちゃうから。”
“わかったよ。もしかして、リルって女性なの?”
“そうよ。”
何故か、リルに対しては『メス』という言葉でなく『女性』と言ってしまった。もしかしたら、リルが会話ができると分かって、僕の頭の中でリルを擬人化したのかもしれない。 その日もいつものようにふさふさなリルを抱き枕にして寝た。そして翌朝、僕達はフルーツだけの簡単な食事をして街に向かうことになった。
「ミック、ローランド、ジョニー、ヨハン。全員揃ってるな!」
「はい。」
「なら出発するぞ!」
僕は兵士達の一番後ろからリルの背中に乗って行く。どれほど歩いただろうか、川沿いをひたすら下流に向かって歩いた。途中で、いつものようにゴブリンが現れたが、ロベルト達が討伐した。
「ここらで少し休憩するか。」
「はい!」
途中で食料になりそうな魔物に出会わなかった。そのため、果物以外に食料がない。僕とリルだけなら、いつものように森に入ってホーンラビットやホーンボアを狩って食べるのだが、今回はそういうわけにもいかない。するとミックがロベルトに言った。
「隊長。また、ホーンラビットでも捕まえませんか?このままだと全員が飢え死にしますよ。」
「そうだな。なら、俺はミックとローランドと一緒に森に行くから、ジョニーとヨハンは薪を集めて用意しておいてくれ。」
「わかりました。」
みんながそれぞれ役割を持っている。なのに僕とリルだけは何の役割もない。
「ロベルトさん。僕とリルも狩りに同行しますよ。この森の魔獣達はだいたい相手してきましたから。」
ミックがロベルトを見た。もしかしたら、僕の実力を知りたがっているのかもしれない。するとリルが念話を飛ばしてきた。
“ショウ!昨日言ったこと忘れないでね。”
“わかってるよ。リルは心配性だな~。”
ロベルトを先頭に森の中に入っていく。僕は目に気を集中させて辺りを観察する。しばらくしてリルが念話を送ってきた。
“ショウ!みんなに避難するように言って!前からレッドベアが来るわよ!”
“わかったよ。”
「ロベルトさん。なんか危険な匂いがします。ここからすぐに立ち去りましょう。」
ロベルトはミックを見た。
「隊長。俺には何にも感じられないですよ。」
「だがな~。この森で長年暮らしてきたショウが言うんだ。一先ずここは帰ろう。」
その時、前からホーンラビットがやってきた。レッドベアから逃げてきたのだろう。だが、腹をすかしたローランド達にとってはご馳走に見えたのかもしれない。ホーンラビットを追いかけ始めた。
“もうレッドベアがすぐそこまで来てるわ!”
「ロベルトさん!急いでここから立ち去りましょう!」
だが、すでに遅かった。目の前に3m近くある巨大なレッドベアが現れた。ロベルト達は一斉に剣を抜いて構える。
「まずいな~。こいつはAランクのレッドベアだ。」
「た、隊長!どうするんですか?!」
「こいつが俺達を見逃がしてくれるとは思えない。戦うしかないだろう!」
僕はリルの上に乗って一番後ろで彼らの戦いを見ていた。ロベルトは隊長だけあって、剣だけでなく火魔法を使えるようだ。だが、レッドベアはロベルトの火魔法程度ではほとんどダメージを受けない。逆にレッドベアの攻撃でローランドが右手を負傷した。
「大丈夫か!ローランド!」
「は、はい!何とか!」
こうなるとかなり厳しい。戦えるのはロベルトとミックだけだ。レッドベアが弱いミックに狙いを付けた。レッドベアの突進でミックが大きく後ろに飛ばされ、そこをレッドベアが襲い掛かろうとしている。
“リル。限界のようだ。”
僕はレッドベアを見つめて念じた。
『止まれ』
すると、レッドベアの動きがピタッと止まった。
「今です!ロベルトさん!」
ロベルトが後ろからレッドベアの背中に剣を突き刺した。だが、どう見ても心臓から外れている。レッドベアがその場で暴れだし、拘束がとけてしまった。
“仕方ないな~。”
「ロベルトさん!火魔法で攻撃してください!」
言われた通りロベルトが火魔法を唱えた。威力はそれほど強くない。そこで、僕もみんなに気づかれないように念じた。
『燃えろ!』
すると、レッドベアの身体が青白い炎で包まれていく。レッドベアが地面に転がって必死に消そうとするが、青白い炎は消えない。そして、レッドベアは絶命した。
「隊長!ありがとうございます!助かりました!」
「さすが隊長ですね!あの青白い炎はどうやったんですか?」
ミックとローランドがロベルトのところに駆け寄った。ロベルトは不思議そうな顔をしている。
「俺の火魔法は青白くなんかならないぞ!それに、お前達も見ただろ!レッドベアの奴、一瞬動かなくなったよな!」
「ええ、言われてみればそんな気もしますが。」
3人が僕の方を見た。
「僕は何もしてませんよ。弱っているレッドベアならリルと一緒に戦いますけど、あんな奴が現れたらリルに乗って逃げますから。」
「そうか~。」
魔法袋に入れて運んでもよかったが、魔法袋の存在を知られたくない。そこで、僕達はレッドベアを川原まで運んだ。川原では、残っていたジョニーとヨハンが枯れ木を集めて待っていた。
「隊長!大物じゃないですか!レッドベアを倒したんですか?」
「おい!ローランド!その腕、大丈夫なのか?こっちに来い。ポーションがあるから!」
「悪いな。ジョニー。」
ジョニーがポーションをかけるとローランドの腕の傷が治っていく。アニメでは見たことがあったが、現実にポーションを見るのは生まれて初めてだ。
「ジョニーさん。その薬、凄いですね。」
「ああ、このポーションか?これけっこう高いんだぜ!」
するとヨハンが横やりを入れた。
「いいじゃないか。ジョニー。街に帰ったらローランドから飯でもおごってもらえよ!」
「そうだな。数日はご馳走にならないとな。」
「そりゃないぜ!」
ハッハッハッハッ
僕の頭の中のデータにポーションの生成方法もある。だが、実際に作ったことはない。今まで必要なかったからだ。そして、その日はレッドベアの肉を食べて野宿することになった。本来なら交代で寝るようだが、リルがいてくれるお陰で全員で休むことができた。
「さあ、もうひと踏ん張りだ。行くぞ!」
「はい!」
もったいないが、食べきれなかったレッドベアはロベルトの魔法で焼却処分した。そのままにしておくと、他の魔獣達の餌になってしまうからだ。
「ロベルトさん。あとどれくらいかかるんですか?」
「そうだな~。あと2日はかかるな。」
その後、角兎のホーンラビットや黄色い鹿のイエローディアと出会ったが、他の魔獣と出会うことはなかった。恐らく、ある程度能力の高い魔獣達はリルの魔力を感じて逃げているのかもしれない。
「隊長!街が見えてきましたぜ!」
「やったぞー!」
「俺は街に帰ったらエールを飲むぞ!浴びるように飲んでやる!」
「ローランド!いくら酒が好きでも飲みすぎるなよ。」
「はい!隊長!」
短い時間だったが、ロベルト達といた時間はかなり楽しかった。それに、旅の途中でロベルト達にいろいろと教えてもらった。深淵の森はヨハネス王国という国に属するようで、これから行く街はギザという名前のようだ。ギザは王国の貴族であるウオーレン辺境伯が統治しているらしい。ロベルト達はその辺境伯の部下なのだ。
「おかえりなさいませ。ロベルト隊長。よくぞご無事で。」
「ああ、久しぶりだな。」
「そちらの大きな犬と少年は?」
「ああ、彼らは俺達の命の恩人だ。」
「そうでしたか。どうぞ入ってください。」
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