ヨハネス王国の王都サワイ
馬車の中では娘のエリーナの話ばかりだった。王立学院で好成績を収めているようだ。負けず嫌いなエリーナのことだ。相当頑張ったに違いない。
「エリーナにお土産を買いたいんだが、護衛を頼んでもいいかい?」
「わかりました。」
「その代わり夕食は私がご馳走しよう。美味しい店を知っているんだ。」
リルの目がキラキラし始めた。街を歩いていると周りの人達が見てくる。僕の容姿もだが、辺境伯の服装もかなり目立つのだ。ウオーレンが辺境伯だと知られると命を狙われる危険性が高くなりそうだ。そんなことを考えていると、人相の悪い男達が声をかけてきた。
「金を持っていそうだな。貧乏な俺達に恵んでくれねぇか。」
僕はあえて名前で呼んだ。もしかしたらウオーレンを狙っている刺客かもしれないからだ。
「ウオーレンさん。ちょっと下がっててくれませんか。」
すると男達がすごんできた。
「なんだ!お前ら!俺達とやろうっていうのか!」
するとリルが笑いながら言った。
「まとめてかかってきなさい。」
「リル!殺しちゃだめだからね!」
「わかってるわよ!」
どうやら僕の言葉が油に火を注いだようだ。男達が腰の剣を抜いて切りかかった。僕は辺境伯の前に立ってただ見ていた。
バコッ
ボコッ
グハッ
グホッ
男達が腹を抱えて地面を転がっている。
「どうするの?まだやる?」
「覚えてろ!」
男達はフラフラしながら走っていってしまった。
「さすがだな。リル殿。私にはリル殿の動きがよく見えなかったぞ!」
「余裕よ。」
どうやら彼らはただの物取りの様だった。それから指輪やブレスレットなどの装飾品を売っている店に行った。エリーナは青色が好きらしい。指輪を買って店を出た後、リルが辺境伯に声をかけた。
「その指輪見せてもらっていい?」
リルは辺境伯から指輪を受け取ると魔力を流し始めた。
「これをエリーナに渡してあげて。エリーナの身に危険があればこの指輪が守ってくれるわ。」
「何をしたのか教えてもらっていいかい?」
「自動で結界を張るようにしたのよ。」
すると感動した辺境伯がリルの手を握った。
「リル殿。ありがとう。エリーナのことをそこまで心配してくれて。本当にありがとう。」
「いいのよ。私が子犬の姿だった時、エリーナにはたくさんかわいがってもらったからね。彼女は私にとって親友なのよ。」
それからレストランに行ったが、辺境伯は食べきれないほどの料理を注文した。よほど嬉しかったのだろう。リルは何もしゃべらずにひたすら食べていた。
そしてそれから数日が過ぎ、いよいよ王都というところで馬車が盗賊らしき男達に襲われていた。護衛の兵士達が応戦しているが、すでに数人が地面に倒れている。
「リル!ここにいて。ちょっと行ってくるから。」
「わかったわ。」
辺境伯も馬車から降りて心配そうに見ていた。隣にはリルがいる。
『止まれ!』
僕とリル以外、全員の時間が止まった。後ろからリルがやってきた。
「どうするの?」
「拘束して衛兵にでも突き出そうか。」
「そうね。なら拘束するわね。」
リルが魔法を唱えると、地面から草が伸びて盗賊達の身体を拘束した。
パチン
僕が指を鳴らすと再び時間が進み始めた。馬車を守って戦っていた人達も盗賊達も何が起こったのか分からないでいる。当然辺境伯もだ。
「これって、ショウとリル殿の仕業なのか?」
「そうですよ。」
すると、護衛の一人が慌ててこちらに走ってきた。
「もしやウオーレン辺境伯様ですか?」
「そうだが。」
馬車の方を見ると、中から僕と同じ年ぐらいの少女が降りてきた。どうやらどこかの貴族のご令嬢のようだ。少女を見てウオーレン辺境伯が慌てて駆け寄った。
「ご無沙汰しています。シャルル様。お父上はお元気ですか?」
「はい。元気にしておりますよ。それよりも危ないところを助けていただいたようでありがとうございます。辺境伯様。」
「いいえ。私は何もしておりません。盗賊達を拘束したのはこちらの二人ですよ。」
シャルルが僕達を見た。僕のことをじっと見つめている。僕が目を合わせると慌てて目をそらした。
「危ないところを助けていただいて感謝します。私はフロイト公爵の娘のシャルルと言います。お二人は?」
どうやら公爵家のお嬢様のようだ。
「僕は冒険者のショウです。彼女は僕の婚約者のリルです。」
リルが目を丸くして驚いている。僕がリルのことを婚約者と言ったからだろう。すると、人目もはばからずいきなり抱き着いてきた。
「やっと婚約者って言ってくれたわね!嬉しい!」
シャルルも辺境伯もあっけにとられていた。
「ダメだから!みんなの前だからね!」
「いいじゃない!」
シャルルがニコニコしながら言った。
「仲がいいんですね。私も早くフィリップ様にお会いしたくなっちゃったわ。」
“フィリップって確か新たに国王になった人だよな~。”
“そうよ。恐らくこのシャルルって子は、新国王の婚約者かなんかじゃないかな。”
その後、盗賊達を連れて王都まで向かった。暫くして王都の城壁が見えてきた。城門のところでは、検問の順番を待っている人たちが大勢並んでいる。その脇を通って王都に入った。さすがは貴族の馬車だ。
「結構人が多いわね。」
王都はやはり人が多い。フェアリー大陸に比べて服装も様々だ。やはり、人族はファッションや身なりに関心が高い種族のようだ。立ち並ぶ店も服屋がかなり目に付く。
「ショウ。何を見てるのよ。」
「いろんな人がいるな~って思ってさ。でも、平和そうな町だよね。」
すると、辺境伯が困った顔で言った。
「表向きはそう見えるんだ。だが、実際には貴族の中には平民達に威張ってみたり、権力をかさにやりたい放題な連中もいるんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ、そうさ。だからこそ、新国王には頑張ってもらわないといけないんだが、年齢が若いせいか、どうしても古くからいる貴族達にはなめられてしまっているんだよ。」
すると、護衛を引き連れて肩を揺らして歩いている貴族が見えた。
「あいつは典型的な腰巾着だ。アストロ侯爵に取り入って威張っている小物だよ。」
「僕は身分について詳しくないんですが。」
「貴族には階級があるのさ。公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順だな。」
すると、リルが聞いた。
「あいつは?」
「ああ、ハリーは子爵だよ。」
「なら、辺境伯より下じゃないの!なんで注意しないのよ!」
「さっきも言ったように派閥があるんだよ。あいつはアストロ侯爵の貴族派なのさ。私が注意なんかすれば、王族派と貴族派の争いに発展してしまうんだ。」
正直、僕は政治には詳しくない。だが、様々な派閥がそれぞれ権力争いをするのは物凄く厄介だ。いいことはいい、悪いことは悪いと言えない社会は最悪だ。
その後、僕達は貴族街の辺境伯の屋敷に到着した。僕とリルは街の様子を調べるために、あえて辺境伯の屋敷に泊まらず王都の宿に泊まることにした。王都の外れまで来たところに、あまり盛っていなさそうな宿があった。
「ここにしようか?」
「大丈夫かな~?」
「もしかして食事のこと?」
「当り前じゃないの。折角宿に泊まるんだから美味しいものを食べたいじゃない。」
「まあ、そうだけどさ。」
宿の中に入ると、食堂のようになっているのにお客の姿はない。奥から気品のある女性が出てきた。
「いらっしゃい。1部屋ですか?2部屋ですか?」
すかさずリルが答える。
「1部屋でお願いします。」
「わかりました。では、1泊2食で銀貨5枚です。」
お金を渡して部屋に行くと部屋には大きなベッドが一つだけだった。
「これからどうするの?」
「あの盗賊達って、どうしてあの馬車を狙ったのかな~?」
「どういうこと?」
「あの馬車にシャルル様が乗っていたことを知っていたんじゃないかと思ってさ。」
「もしかして、王族派と貴族派の争いに巻き込まれたってこと?」
「なんかそんな気がしない?だって、シャルル様は公爵令嬢で新国王の婚約者なんだろ?怪しいと思わない?」
「言われてみればそうね。でも、王族派と貴族派のどっちが悪者なのかはわからないわよ。」
「どっちもダメでしょ!そもそも権力闘争をしている時点でどっちもダメだよ。国民のことを考えてない証拠だもん。」
「それもそうね。」
僕達が食堂に降りるとやはり人がいない。この宿は人気がないのかもしれない。食堂の端に目をやると一人だけ食事をしている若者がいた。その若者からは何か殺気に近いものを感じる。向こうもこちらに気づいたようだ。
「リル。向こうにいる人って・・・」
「相当強いわよ。」
「やっぱり?僕もなんか殺気のようなものを感じたんだよ。」
「注意しましょ。」
リルと食事をしていると奥の席にいた若者がやってきた。いきなり剣を抜いて僕に斬りつけてきた。だが、若者からは殺意を感じない。僕は無視して食事を続けた。
「お前達は何者だ?」
「冒険者ですよ。」
「何故避けぬ!」
「だって、本気で殺す気はなかったでしょ?」
「・・・・・」
するとリルが殺気を放って言った。
「私達にまだ何か用があるの?」
若者は何も言わずにその場を離れて行った。
「なんなんだろうね?」
「知らない。せっかく美味しく食事してたのに興ざめよ。」
その日は部屋に戻ってゆっくりと休んだ。




