彼の嘘
目が覚めると彼は居なかった。俺は彼を救えたのだろうか。
俺が彼女と出会ったのは大学の授業でのことだ。彼女が少し遅れて講義に来たとき、空席を探している彼女のために隣の席に置いていた自分のカバンを足元に置き彼女に手を降った。
彼女は授業が始まる前に数人の男に絡まれていた。俺は気づいていながら見て見ぬふりをして彼女を見捨ててしまった。
彼女が隣に座ったとき、何とも言えない気持ちになった。償いになっただろうか。こんなことをして自己満足に浸っている俺はただの偽善者だっただろう。彼女の細い腕には強く掴まれたような手形の後が残っている。俺が間に入っていれば今頃彼女は授業に遅れず、自分で座席も確保できていただろう。
それからと言うもの俺は彼女への償いとして勉強を教えたり、彼女が笑顔でいられるように、笑顔でいるようにした。気づけば彼女とは、学校の外でも会うようになり恋人のような関係になっていた。
ある日、講義が終わるまで彼女に待ってもらった。講義が終わりそそくさと彼女を探しに行くと数人の男に絡まれていた。彼女は、もう俺の女だ。俺は彼らと彼女の間に入った。彼らは俺を引いた目で見た。それに違和感を覚えたが今度は彼女を救えた。それで十分だ。彼女に怪我がないことを確認して、俺は良い男を気取り彼女を駅まで送り届けた。
ある日、俺は彼女に聞いた。なぜ彼らは君にちょっかいを出すのか。時間をおいて、「高校時代の私を知ってるから」と答えた。
別の日、彼女は怪我をして帰ってきた。きっと奴らだ。でも彼女は「転んで怪我した」と答えただけで何も言わずに、スーパーで買ってきた食材で夕食を作り始めた。
夏休みになった。俺は彼女を海に誘ったが泳げないと即答され断られた。この頃から俺は彼女に秘密があるんじゃないかと疑い始めていた。彼女をイジメる彼らが知ってる大学入学前の彼女とは何だろうと。溺れるのが怖いなら浮き輪を用意すれば行けるはず。もしかすると、水着が恥ずかしいのか。水着姿を見られたくないのか。
もうすぐ夏休みが終わる。デートに誘ったらすぐに返事が来た。最近できたテーマーパークに行き、アトラクションを2つ、3つと乗って楽しかったが、彼女の顔が曇り始めた。アトラクションで気分が悪くなったんだろうか。少し休憩してデートを中止し帰ることにした。
いよいよ明日から2学期が始まる。彼女は珍しく俺の下宿先に泊まりに来ていた。彼女は俺より遅く寝るのに俺より早起きだ。いつもなら隣に来て起こしてくれるのに今日は俺が起きたときには部屋に居なかった。どの講義に行っても会えず連絡がとれなかった。
俺は彼を救えただろうか。彼女が男性であることは薄々気づいていた。それでも俺は彼を助けたかった。力になりたかった。ありのままの姿でいてほしかった。もっと向き合っていればよかった。