この人は何で「肉」 なの?
「はぁ〜、休み明けの出勤ホントだるいわ」
私は入社二年目、会社勤めの事務員の白幡 由希子。地味で華のない、ぼやき事務員のジミコやジーコなんて陰口を言われてる。
まあ、私の紹介なんてどうでもいいか。働いていている人なら大半の人にわかって貰えるよね、休日明けのダルさ。
身体が働く事を拒否してんだわ。まあ月曜日の朝から愚痴った所で、現実は変わらない。
大概毎日誰かが呟いて発信してるであろう、しょーもないひと言を呟くのが、神様から授かった私の能力なんだ。
さて今日も朝から呟いた事だし、気分を変えて仕事に勤しむとしますかね。
私は毎朝八時八分の電車の、前から三車両目の列から乗る。この列の先頭に入れば端っこの席に座れる能力が私にはある。
────うん、わかってる。二年かけて学んだ経験だ。ここで入口近くの、端の席の前に立つと、座席に座っているリーマン男子のスーツ姿の兄さんが次の駅で降りるわけ。
次の駅が職場なのだろう。あの駅は証券会社も多いので、きっと彼はバリバリの証券マンか何かだ。
毎朝電車で一つの座席を共有する……なんかときめく感じ、みんなにもわかるかねぇ。
しかし甘い夢は、長く続かない。リーマン男子の薬指に装填された呪いのアイテムで穢された。
なんだろうね、結婚指輪って。私達愛し合ってますって物言わず公言するため?
私には家の旦那に手を出すんじゃないよって、無言の圧を発するアイテムにしか見えん。
会社で友達すら出来ない、独り者の悲しい僻みに付き合ってくれてありがとうよ。
だが呟いた私にダメージ入るこら、いいねは勘弁して。
大体こんな毎日。面白味も何もあったもんじゃない、私の人生。
我儘な呟きを発信している私の目に、ふとリーマン男子の顔の異変に気がついた。
「肉」
はっきりしっかり書かれた「肉」 の一文字。
油性ペンだろうか、黒マジックでデコに書かれていて目立つ。わりと達筆。
一駅通過する間だけだが、毎日のように顔を合わせている。指輪に気がついたのは最近だ。意外と気づいていない事はあるかもしれない。
さあ、選択の時間だ。考える時間はほぼないから、みんな思いつく理由を私にくれ。
「罰ゲームだろ」
「カシラ」
「肉まん好き」
「奥さんのメモがわり」
「虫除け、嫁の所有欲」
「風習。ソースはネット」
「漫画ファン。実は超人」
「肉●●●」
「黒マジック(魔術ね)」
「むしろ封印」
「村の掟」
お前たち、朝っぱらから暇なのか。あと肉●●●とか通報バンされても知らんよ。
「つか、本人に聞けよ」
「不倫乙」
「声待ち罠」
「勇気を出せ、そして喰らえ」
「憎め、●●せ」
●●せ、も不味いだろ。いや肉じゃねぇ。
収集つかなくなったので終了。協力感謝するよ。有力候補は罰ゲームか、買い物メモか。声のかかるのを待つ罠もあるだろうか。
額に肉の文字は人気の漫画が元ネタらしいから、私のフォロワーおっさん多めって事が判明した。
あと変態脳とヤバい脳がいた事実に震える。まさに「肉」の一文字に秘められた罠。
こうなると答えが知りたい。だが、地味な事務に対面対人スキルは授かっていない。
「額……なんで肉?」
私の48の必殺技の一つ、ぼやき呟きだ。意味被ってるのは気にするな。
私が額の「肉」を凝視していたため、リーマン男子に気づかれたので止むなく発動したよ。
「これは内気で上がらないよう妻が書いてくれたおまじないなんです」
訝しむ私にリーマン男子が疑問に勝手に答えてくれた。今日は会社で試験でもあるのか?
いや、普通は手のひらに書くとかじゃないの? あと呪いとか奥さんのライン、予測が当たりだ。
「手のひらに人って書いて飲み込むのが普通かもしれませんが、僕の場合、効かなくて」
漢字の組み合わせの問題なのかも。内に人を飲み込めば「肉」 だ。一個じゃ足りないなら二個飲み込んでしまえ、そうも取れる。
「なんで、デコ?」
私は思わず呟く。理由があるのはわかった。でもなんでおデコ?
私の問に、いつの間にか周りの乗客も耳を傾けている。みんな気づいていたが、スルーしていたのね。
「会社までこうして注目を浴びて、恥ずかしさに慣れておけって妻が。もちろん会社では消しますよ」
そう言ってリーマン男子は立ち上がり、席を譲ってくれた。時間切れだ。何の会社なのか聞きそびれた。
とりあえず油性黒マジックではなかったようだ。気にするのソレじゃねぇ、そう聞こえた気もする。
だがあれで精一杯なんだよ。話しをもっと聞き出したいのならば、私にも「肉」 を寄越せと言いたい。
そしてこれでも頑張った私は抜かりなく座席を確保する。他の乗客からの心の舌打ちが聞こえる。
傍観席でリスクなくライブを楽しんでおいて、特等席を取れるなんて甘い。
「肉」 について、実は〇〇大喜利をかました手前、私は理由が気になってしかたなかった。
「肉」 について悶々としていたおかげで、月曜日の憂鬱は吹き飛んだ。
「実は出荷予定の擬人化系」
「絶対虫除け、つまり対ジーコ」
「何かの検証だよ」
「陰謀論者●ね」
私の仕事中に、こいつらまだやってたよ。結局私が明日確認する事になった。
翌日、私はいつもの習慣通りに八時八分の電車の、前から三車両目の列から乗る。
リーマン男子……いや肉男はいた。今更だが、このイケメンもこの端っこの席を確保する能力を持っているようだ。
まあ始発の駅から乗って来ている可能性は高いけどね。
おい、待て。「肉」 はどうした。肉男の額に書かれていたのは「炎」 だった。
「あの、おはようございます。額のそれ……」
赤だ。赤い文字で「炎」 とか何かヤバい感じ、漢字だけに。
「あぁ、おはようございます。これは妻に怒られまして……」
肉男から炎の男にジョブチェンジしたイケメンは、実際に昨日は職場の資格試験だったようだ。
彼の嫁の「肉」 作戦は成功した。試験はうまく言ったようだが、夫との会話から妻は異様な勘働きを見せたようだ。
「やっぱり虫除け」
「女の勘ヤバす」
「ジーコ哀れ、お疲れ」
フォロワー共が朝からゲラゲラ笑っているかと思うとムカつく。
純粋に「肉」 はイケメン夫のために嫁が考えた上がり症対策だったようだ。
しかし、そこに声をかけてきた相手が悪かった。つまり、私だ。
言わなきゃ良いのに電車で毎日会う人と初めて会話出来たと、言ってしまったらしい。
この「炎」 の一文字に、彼の嫁からの並々ならぬメッセージが詰まっているかと思うと引く。
炎の男と化したリーマン男子は、そんな妻の気持ちをこれっぽっちも気づいていないようだった。
「いい奥さんが側にいて良かったですね」
心配するな、嫁。私は憎しみを燃やす、嫉妬の炎に焼かれたくない。
リーマン男子とは、それから顔を合わせても特に何もない。コクッと頷き朝の電車で一つの座席を共有するだけの間柄。
恋に発展するには、私はまだ早かった。「肉」 だけに熟成が必要なんだよ、そうぼやくので精一杯だった。
お読みいただきありがとうございます。公式企画参加四作品目になります。
謎「肉」 についての日常系推理と、主人公の淡い恋を書いた作品となります。
「炎」 を「焱」 にするか迷いましたが、わかりやすい文字にしました。
白幡 由紀子はなろうラジオ大賞5で生まれたキャラクターです。事務員のジーコ、サッカーの神様じゃないよ、が持ちネタです。
今回は登場時より過去、事務職について二年目のお話しです。楽しんでもらえる作品になっていれば幸いです。
「肉」 に関しては大喜利推理。文字を変えれば違う展開を作れたかもしれませんが、今回は肉と炎で終わります。