チクチク
確かに今まではなんとも思っていなかった。
でも今は……
あいつの目を見て、あいつがドキドキすると俺も……
いや、なんでそれだけで照れるんだよ。
こっちもドキドキするんだからやめろ。
吊り橋効果だろうか……
そうだとしても、あいつのことを可愛いとしか思えなかった。
全人類気付け、あいつの可愛さに。
心臓がもたないので目線を窓の外に逸らすことにした。
太陽を一瞥。
カーテンを閉めてみる。
胸のモヤモヤが引いた感じがした。
もう一度カーテンを開けてみる。
すると、再び胸のモヤモヤが姿を現した。
確かに太陽の刺激は吸血鬼にはきついようだ。
こう身をもって実感すると、信じないわけにはいかなくなってきた。
どうしようか……
ため息混じりに再度カーテンを閉めると前から声が飛んできた。
「こら。開けたり閉めたり何やってんだお前は」
……授業中だった。
だがカーテンを開け閉めして先生に怒られるその姿が、静かな教室には滑稽に映ったらしい。
クスクスと笑いが漏れた。
そして笑う灰谷が、俺にしか聞こえないほどの小さな声で「ありがとう」と呟いた。
灰谷の顔は先程のように赤く熱ってはいない。
色白で綺麗な彼女の顔を見れば見るほど、今のこのドキドキが彼女のものではないと実感してしまう。
無性に恥ずかしくなった俺はそっぽを向いた。
それを合図にするかのように教室も自然と授業に戻ろうとしていた。
しかし、一瞬だけ。
チクチクした感覚が俺の胸を刺した。
慌てて灰谷の方を見た。
だが、彼女は何も気付いてないかのように黒板を見つめ授業に集中しているようだった。
気のせい、か……
いや、もしも。
あいつから伝わってきたものだとしたら。
それは1人では処理できない程の刺激だったということ。
ならば無視するのはそれこそ胸が痛む。
カーテンはさっき閉めた。
大蒜はさすがに俺でも臭いに気付く。
他に外的な刺激……
音、か。いや、授業中だ。そんなのわかるはず。
やはり気のせい……
それとも内的な刺激だろうか。
だとしたら俺には知る由もないが……
杞憂に越したことはない。
その日はできる限り教室の様子を観察することにした。
✽ ✽ ✽
結果、わかったことがある。
「お前、数学苦手なの?」
そう尋ねると、灰谷はわかりやすく驚いた表情をしていた。
「な、なななんでわかるんですか!?」
「いや、数学の時だけずっとドキドキしてたろ。
先生に当てられないかヒヤヒヤ。
よくあれで毎日過ごしてられるよな」
そう揶揄うと、
「数学だけはダメなんですぅ!!」
見慣れてきた真っ赤な顔で灰谷は返してきた。
そうだ。チクチクじゃない。
こういう時あいつはドキドキするんだ。
なんで今まで気付かなかったのだろう。
こんなにも喜怒哀楽がわかりやすいのに。
眷属にならなかったら。
隣の席なのに何も気付かないままだったのだろうか。
周りがなんとも思わない、空気みたいな存在の灰谷。
でも、灰谷からしたら俺たちは空気じゃない。
この空間はあいつにとって刺激だらけで。
俺も知らないうちにストレスを与えていたのだろうか。
今みたいに、不意に感じるこのチクチクした痛みを。
そう。これは、おそらく……視線だ。
皮肉にも俺の胸にも走るこの痛みのおかげで、一瞬顔を歪める灰谷を見逃さずにすんだ。
「どうかしたか?」
「いえ、なんでもありません」
……嘘だ。
目が合うだけでドキドキするような奴だ。
他人から向けられる嫌悪の視線なんてストレス以外の何物でもない。
でも、誰が、どうして灰谷を嫌う。
隣の席の俺だって今まで意識してなかった。
そんな灰谷をわざわざ嫌う奴がどこにいる?
わからない。だから……
ふぅー。
耳元に息を吹きかけてみた。
だだ肩の力を抜いてほしくて。
結果、灰谷は声が出ず口をぱくぱくさせていた。
可愛いな、やっぱり。
そう思っている俺を、灰谷がキッと睨み出し……
だんだんと、俺の意識は深い闇に沈んでいった。