【短編】密室で男女で告白で通貫
推理というよりは会話劇のミステリー風味。
「なにこれ、というか、え、どこ、ここ?」
「あ、なんだ……?」
「うわ、なんであんたがいんの?」
「……それはこちらのセリフだ。いや、しかし、本当にどこだ、ここは?」
「知らないっての、私が聞きたいわよ、なに、あんた、私のこと誘拐した?」
「ハッ、お前を?」
「うっわ、むかつく」
「ヒナならともかく、どうしてお前みたいな火曜日収集場を攫う必要がある? 金をもらったとしても悩んだ末にお断りするレベルだぞ」
「火曜日……?」
「……この近辺では火曜はゴミ捨ての日だ、その収集場であるゴミ貯めのような酷さだと暗に言いたかったのが、生活レベルが底辺の奴だと伝わらなかったな、ああ、これは俺が悪い、お前のレベルの低さを見誤った」
「うっさい、そんな作業は下々の者がやることだからいいの」
「大丈夫か? たしかお前は一人暮らしじゃなかったか? お部屋が素敵な汚部屋になってやしないか?」
「そんなのあんたに関係ない!」
「図星か。貴族のような人間とは、現代では無能者を指し示す言葉だな」
「……相変わらずクソムカつくやつね、皮肉を飛ばさなきゃ会話もできないの? 本当にヒナが可愛そうだわ、まじで」
「あー、はいはい、俺が悪かった悪かった」
「誠意が足りない」
「大変申し訳ございません、以後このようなことがないよう気をつけますので、ご指導ご鞭撻のほどをどうぞヨロ」
「ぶん殴りてえ……」
「いい加減、状況を確認するぞ」
「あんたが逸したんでしょうが」
「我々はなぜか二人して部屋に閉じ込められている。見たところ扉はなし、出入り口は不明。代わりというように四方の壁には、扉を模した線が書かれている、そして当然のようにスマフォはなし。そちらは?」
「……無いわね、まあ、連絡がついてもここがどこかわからないけど」
「部屋はそれなりに大きい、体育館とは言わないが大教室くらいか。無駄な広さがある」
「というか、なんでわざわざ口に出して言ってんの? 見ればわかるでしょ」
「これは俺の持論だが、人間は思っている以上に馬鹿なんだ。この馬鹿というのは、俺自身も含まれる。言葉で確認しなければ、俺の脳味噌がきちんとそれについて考えない。俺は今、俺の脳味噌に考えるべきことを指示している」
「へー」
「まったく興味なさそうだが、お前も閉じ込められている当事者だってことを忘れるな?」
「わかってるっての、あー、なに? 言えばいいの? まあ、それ以外には部屋中央に変な机とパソコンみたいなのがあるね」
「そうだな、本当に簡素な部屋だ。天井付近に通風孔がいくつかあるが、届かないし金網を外せそうにもないな。どうやって俺たちはここに入れられたんだ……?」
「それ考えるべきことなの?」
「たしかに違うな、これは俺が間違ってた。少なくとも今は脱出が優先だ」
「あ、けど、そのへんがヒントになったりする可能性もある?」
「お前、馬鹿」
「なに言葉すら惜しんで人のこと馬鹿扱いしてんの! はあ? というかあんたが余計なこと言い出したんでしょうが!」
「そういう話じゃない、考えろ、俺たちが、わざわざ俺とお前の二人が、誘拐されたんだぞ」
「だから何」
「俺とお前の共通項は何だ」
「はあ? 学年も学校も違うし、あとはヒナを――」
「気づいたな。そうだ、ヒナだ。俺もお前もヒナに惚れている。別の言い方をすれば本格的な悪意から守るやつが二人、別の場所に隔離されている。いま一番被害に遭っている可能性が高いのはヒナだ」
「……なに、それ」
「怖い目で俺を見るな、別に俺が浚ったわけじゃない。焦るべきレベルにあると言いたいだけだ」
「相変わらずクソね、けど、理解はした。これをしたクソはあんたに輪をかけてクソだわ」
「その点ばかりは同感だ。だが、落ち着け」
「はあああああ?! 冷静になれるわけないでしょうが! ヒナが、あのヒナが、これをしたクソ野郎に狙われてるかもしれないんでしょうがあ!!」
「ンなことはわかってるつってんだッ!!!」
「叫んでんじゃないっ!!」
「血液が沸騰しそうな気分なんだよ――誰だか知らないがぶっ殺してやろうって気持ちを抑えてんだよッ!」
「抑えてどうすんのよ!!」
「冷静になる必要があるだろうが、助けるためにだ、一刻も早く迎えに行くために……!」
「……」
「……」
「ふはあ……」
「冷静になろう、いや、本当に……」
「そうね、ちょっとこれ以上考えると手近なあんたでもとりあえずぶん殴りたくなるから、この件についてこれ以上は言わないで」
「わかった、その点はお互い様だ。口に出さないようにしよう」
「本当に、言葉にすると、それについて考えちゃうわ、まじで」
「人間って奴は馬鹿なんだ、俺も含めて」
「OK、なに、まずは家探し?」
「堂々とノートパソコンがある、あれからだろうな」
「ふぅん」
「さて――ん?」
「どうしたの」
「見ろ」
「ええと、『ここからみんなで出よう』って書いてあるわね、なにこれ?」
「不明だ。指示、なのか?」
「言われなくても出るっての、え、というかこれだけ?」
「……よく分からんアイコンが一個だけあるな。他はなにも入っていない。壁紙としてその『出よう』の文字があるだけだ」
「押してみたら?」
「気軽に言ってくれると言いたいが、他に選択肢もないな」、、
「ん?」
「なんだ、これ――」
「なにこれ、というか、え、どこ、ここ」
「あ、なんだ……?」
「うわ、なんであんたがいんの?」
「……それはこちらのセリフだ。いや、しかし、本当にどこだ、ここは?」
「知らないっての、私が聞きたいわよ、なに、あんた、私のこと誘拐した?」
・
・
・
「なんか、見覚えというか言った憶えがあるんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
「私達の会話……?」
「そうだな、それが文章として書かれている。そして見ろ、今もリアルタイムで文字が増えている」
「なに、これ」
「どっかから音声を拾って、それを文字に変換して、このパソコン画面に表示しているんだろうよ」
「なんでそんなこと」
「さあな」
「というか、そんなことできるの?」
「俺が知る限り、精度はまだ低いはずだ。ここまでラグなしに文字として表示されているのもおかしい。ふむ、そうだな、ちょっと待て……」
「なに」
「…………どうだ、書かれてるか?」
「普通に文字が出てるわよ」
「そのパソコンから遠く離れて、かなりの小声で言っても、書かれるのか」
「むしろ私があんたの声を聞き取れないんだけど、え、なにこの画面を見てればいいの?」
「そうだな、こうして離れていても音を拾うならs――」
「あ、消えた、途中から文字なくなった」
「マジか……」
「近づいたら復活してるし、なんなの?」
「このノートパソコンが直接音声を拾っている。部屋のどこかに集音器があるわけじゃない」
「……それがなに?」
「正直に言えば、何を意味していてるかはわからん、だが、これを無意味にするとも思えない」
「意味もなくやって私達が考え込んで混乱してるのを嘲笑うためかもよ?」
「ありえるな。その可能性は、十分にある。だが、それなら部屋のどこにいても会話を文字化できるようにするはずだ。内緒話ができるような環境にするか?」
「ねえ、私達の目的は?」
「脱出だ。たしかに今、俺は余計なことを考えた」
「謝罪なら受け取るけど?」
「ごめーんね!」
「ころす」
「俺が悪かった、謝る」
「……私が殺意を抑えていられる内に続けるからね。他に何もなし?」
「いや……机を見ろ」
「机っていうか、やけに四角いけど――なにこれ?」
「机ではないな、机代わりに使用しているが、これは金庫の類だ」
「なに、番号ってか回すのが三つもあるけど」
「いわゆるダイヤル錠というやつだ、見たところ四桁の数字のようだが、それが一つ、八桁の数字が二つある」
「ヒントなし?」
「総当り式で解錠可能ではある。それ以外に、数字横のランプ三つも気になるな」
「とりあえず、やってけばいいんじゃない。たぶん正解なら、横のランプが光るとかでしょ――って、ん?」
「どうした」
「なにか彫り込んでる、よく見えないけど」
「……文字らしきものがたしかに見えるな、よし、しばし待て」
「なによ」
「紙と鉛筆を、持っている」
「なんで持ってるの?」
「なにかメモをしたくなる場面なんて、よくあるだろう」
「スマホとかに入れるけど?」
「簡便性がまったく違う、なにより俺達は今、それを持っていない」
「原始人のやり方が上手くいくこともあるってわけ?」
「シンプルな方が強いという話だ。こうして、紙を壁面に押し当てて、上から塗りつぶすようにすれば――」シャシャシャ――
「文字がわかるわね、ええと」
「『ヒナの誕生日を二人で言え』……どういうことだ?」
「え、七月七日でしょ?」
「そうだな、しかしこれは……ダイヤルを回した後に、誕生日を言えばいいのか?」 ャ
「悩んでも意味ないでしょ、0、7、0、7、にしてから……んん? これ――」
「ほら、こうしてランプが半端に光っているな、数字そのものは正解ということらしい。あとは、口に出して、この数字を言えばいいのか……?」
「考えても仕方ない、じゃあ――」
「ああ、せーの」
「「七月七日」」 、ピン
「……光ったな」
「ランプ、灯ってるし……え、あと二回、これをやればいいわけ?」
「察するに、そういうことだろうな。俺たちの会話をパソコンで表示しているのも、きっとこのためだろう。言った言葉をはっきりさせるためだ。そして、ダイヤルの数字と、俺たちが発声した言葉を組み合わせて、この解錠が行われる」
「なにそれ、あー、もういっか、ほら次」
「急かすな、言われずともやるとも――」 シャシャシャ――
「ええと――『男 自覚した日付 告白』ってなにこれ?」
「……自覚……?」
「男ってあんたよね?」
「そうだろうな」
「なんか告白しなきゃいけないことでもあんの?」
「清廉潔白なつもりはないが、明確な犯罪行為をした覚えもない。3つ目もやるぞ」
「OK、手早くやって」
「わかった」 シャシャシャ――
「それ、割と耳障りなんだけど」
「こちらは――『女 自覚した日付 告白』か、似たようなものだったな」
「告白……あー……」
「お前には、なにか心当たりがあるのか?」
「まあね、けど、日付ってなに」
「俺が知るわけがない、お前に心当たりがなければ不明だが、察する所――」
「私達の共通項、ヒナに関連したことよね」
「……そうなるな」
「ヒナに関しては毎日が記念日だから、そんなの無い!」
「寝言を言うな」
「真実に決まってるでしょ、って、あー――」
「どうした」
「あるわ、あったわ、そういえば。そっか、そういうことね」
「なにがだ?」
「書いてあること、そのまんまの意味でしょ」
「そのまま……?」
「気づくの遅い。これ、入れるのってヒナへの恋心を自覚した日付でしょ」
「……はあ?!」
「私ははっきり憶えてる、あんたは?」
「…………記憶している、たしかに憶えてはいる」
「なんでそんなに困って言ってるか意味不明だけど、ええと、年月日を入れればいいわけ?」
「そうだな……」
「去年の、四月七日だから0407って回せばいいわけで――」
「半端だが、光ったな……」
「やっぱこれね」
「この年月と日付、たしかヒナの入学式と同じだな。お前は、この日なのか?」
「ええ、マジで衝撃的だった。あんな子が現実にいるのって、なんかの間違いじゃないかって思った。アニメとか漫画の世界の住人がミスって紛れ込んだ、って思ったくらいの衝撃だった」
「……そうか」
「だから、私の自覚といえば、あれね。あの出会いは一生忘れない」
「……おい、ちょっと待て」
「なに、思い出に浸ってんだから邪魔しないでくれる?」
「光らないぞ、ランプが半端なまま変わっていない」
「はあ?! 嘘とか言ってないんですけどぉ!?」
「日付の段階で光りはしたのだから、間違いじゃない。違うのは『告白』だろうな」
「いや、マジで嘘偽り一切なしなんだけど!」
「嘘ではない、ってことは、本当を言っていることとイコールだとは限らない」
「なに? なにを言いたいわけ?」
「告白には二種類ある。一つは恋の告白だ、今お前が行い、否定された方だ。ならやるべきことはもう片方の――」
「……罪の告白の方、てわけ?」
「そういうことだ。自覚はあるな?」
「……」
「俺を睨んでも意味はない。とっとと言えばいいだけだ」
「あんたも聞くわけ?」
「だいたいは知っている、今更だろう」
「ハッ、なに、相談でも受けてた」
「お前にそれを言う必要があるのか?」
「ヒナの実の兄ともなれば、そういう仲の良さもアピールできるってワケえ?」
「俺はヒナの味方だ、常に、どんな時でも。それが俺の喜びでもある――いいから余計な回り道するな」
「はあ、ったく……」
「……」
「……私は、皆を誘導して、ヒナをいじめさせた」
「……」
「直接そうしたわけじゃない。だけど、たとえば他の誰かがヒナについてのちょっとした文句を言えば、たしかにそういうと所もあるよね、って感じに追随した。ヒナは誰よりもかわいいから、みんなずっと注目してた、ほんのちょっとの火種でも、全員の「気にいらない」って意見はすぐに、すごく広がった。私は――」
「どうした」
「クソ、あんたも後で告白しろよ。私は、見過ごした。やろうと思えば止められた。防ぐことは、できたと思う。けど、止めなかった。だって――」
「……」
「だって、かわいかった。皆から無視されてクスクス笑われて一人ぼっちでいるヒナが、どうしようもなくかわいかった。やばかった、本当にやばかった。駄目だって思っても止められなかった、もっと、もっと、ヒナが困って苦しむのが見たかった。この世のものじゃないくらいキレイな子が、私達の嫉妬とかヤキモチにまみれてドンドン堕ちてくのが、すごく、『リアル』だった。二次元が現実になったって思った。本物になった、って。だから、もっと、もっと堕ちて、もっと汚くなって――手に入れたかった」
「独占欲か」
「ええ、私が罪の告白とかやれって言われたら、これね。直接なんかやったわけじゃない。だけど、煽るようなことはした。止めることもしなかった。そうやって、ヒナと仲良く仲良くなろうとした、誰よりも近いのになろうとした――」 、ピン
「ヒナが言ってたよ、高校で、新しく友達ができそうだってな」
「あともう少しだった、あと少しだったのに……」
「そんな真似を、俺が許すと思うか」
「ヒナの兄に、それを止める理由があんの?」
「俺は身内だ」
「違うでしょ」
「……」
「恋敵だ、あんたは」
「……」
「私のランプは、ほら、光った。次はあんたの番だ」
「そうか」
「ほら、さっさと『告白』して」
「数字は、0406。俺も入学式だったな」
「へえ……って、いや、待った、は? その年って……」
「そうだな、俺が中学入学した時だった。その時、はじめて自覚した」
「なにをよ」
「俺が、ヒナに欲情していることを」
「――」
「そんな目で見てくれるな、ランプの方は、まだ半端に光ったままか。別に罪は犯していないはずだが」
「もっと詳しく言わなきゃ駄目なんじゃないの?」
「勘弁してくれ。そんなに面白い話でもない」
「私だってウケ狙ったわけじゃない」
「む、たしかに、お前に一方的に言わせ過ぎた感はある。だが――そうだな、簡単に言えば、俺の自慰の対象はヒナだけだ。妹でしか抜いたことがない」、
「うわ」
「最初に射精してから今まで、俺の性欲の対象は妹以外にはなかった。他はどれだけ努力しても無理だった。一時は心底悩んだよ、俺はどうかしている」
「え、なにそれ今も?」
「現在進行系だ」
「それを涼しい顔で言えるあんたが割と怖い」
「そうか? たかが性欲の話だろう」
「たかがって」
「性欲は、性欲だ。性的対象がなにかというだけの話だ。俺は、ヒナを愛している。性欲の対象としてはもちろんだが、家族として、人間として、兄としても愛している。俺の肉欲は歪んでいるかもしれないが、それは俺のすべてというわけではない。俺のごく一部だ」
「いい話風だけど、なんか間違ってない?」
「俺から言わせれば、世の中のすべてを性欲だと考える方が間違っている」
「あんた、恋を性欲扱いしてない?」
「結局はそうだろう」
「馬鹿じゃね? そんなら私は反対ね、私にとっては恋こそがすべて。好きを独占することが目的。他はただの付け足し!」
「ずいぶん狭い全部だな」
「自分の気持ちを誤魔化して生きるよりはマシでしょ、私は全身全霊で生きる、私はこの恋心に対してだけは嘘をつかない。わかったようなこと言って否定されたくない――って待った!」
「なんだ」
「……ねえ、そっちのランプ、まだちゃんと光ってない」
「――はあ?!」
「なんか嘘ついたの?」
「そんなわけがないだろうが! 俺が墓まで持っていくつもりのことを今、必死こいて喋ったんだぞ! そ、それが告白に値しないだと?!」
「正直に言いなさいよ、なに、ヒナが寝てる所でも襲ったの?」
「そんなマネをするわけがないだろうが! 大切な妹の安眠を奪うような趣味はない! 兄の役目は妹守ることだ! 本当に、あとの心当たりは――」
「あ、なんかあるって顔じゃない、それ?」
「……無いことは、無い……だが……」
「とっとと素直に喋っちゃえば?」
「本当か、本当にそうなのか……?」
「なに悩んでるの」
「俺しか知り得ないことのはずだからだ。なにをどうしたら、これを『正解』にできる」
「こんな場所にいつの間にか閉じ込めるような奴だし、今更なんじゃないの」
「俺は――夢をよく見る」
「へえ、それだけ?」
「夢に出て来る相手は、当然ヒナだ。ヒナは寝ていて、俺はそんなヒナを抱えている」
「ふぅん」
「そしてむずがるヒナをあやしながら、俺は胸をはだけて乳を出す、ヒナは吸い付き、俺はこの上ない性的な興奮を覚えながらも、どこか満たされたような気分で――」 、ピン
「待った」
「なんだ、まだ途中だが」、
「私の勘違いじゃなければ、あんた、男だ」
「ああ、見ての通りだ。間違いなく俺はヒナの兄だ」
「なのに、授乳……!??!」
「夢の話だ」
「たかが性欲とか言ってたけど、あんたのそれ相当歪んでない、ねえ!」
「自覚はある」
「というか性欲は一部でしかない、とかなんとか言ってたけど、その一部が絶対ヘンでしょ!?」
「そうか? 好きな相手の無力な様子を全面的に愛したい、というのはごく当然の欲求だろう」
「く、いじめ放置して困ってる顔を見て興奮してた私には、ちゃんと否定できない……!」
「その辺はご同類だ」
「少なくとあんたと同じだとは思われたくない!」
「ちゃんと自分を受け入れなきゃ駄目だろう?」
「はああ? どこがよ!」
「したくないのか」
「なにを!」
「授乳を」
「…………べっつにぃ?」
「葛藤が窺えるな」
「うっさい、いいから開ける!」
「わかった、これは――」
「なにそれ?」
「ドリル、だな」
「どりる……」
「たしか電動ハンマードリル、だったか。コードがついていないところを見ると充電式か」
「でっかくね?」
「だから、ドリルだ。見た目としては巨大な銃のようにも見えるが、これをこうして抱えて、おそらくこれか? ボタン状のを押せば――」ドドドドドドドドド――
「うっさ!?」
「こうして回転をはじめる」
「こんなの、どうするの?」
「見ればわかるだろう」
「は? あー、あの壁に書いてあるだけの線?」
「そうだ、おそらく、これであの壁を破壊しろということだろうな」
「へー」
「いや、お前もやれ」
「なんでよ!?」
「せっかく二つあるんだ、時間短縮のためにも手伝え」
「嫌よ、肉体労働はしないと神様に誓ってるの」
「ヒナを助けるためだぞ?」
「けど、愛の価値はそれ以上……!」
「やる気になってくれて助かる、しかし――」
「なに、こっちの気持ちがみなぎってる内にはじめろ」
「線で描かれた壁の内、四方のどれを掘ればいいかが、わからない」
「は? そんなの片っ端からやればいいでしょうが」
「阿呆」
「なにがよ、そんな風に考えてる時間の方が無駄でしょうが!」
「このドリルは充電式だ。そして俺たち素人が初めて挑戦しようとしている。四つ全部が掘れると考えない方がいい」
「……なにそれ」
「ヒントを探せ。俺たちをここに閉じ込めた奴が、一体どういうつもりでやったのかは知らないが、この四択問題をノーヒントの運任せにするとは思えない。必ず何らかの形で示唆があり、それを見つけられずにいる俺たちをこっそりと嘲笑っているはずだ」
「性格わっるう」
「誘拐犯の性格がいいわけがないだろうが。あんな問題を出すような犯人だぞ」
「なに、ひょっとして秘密暴露されて苛ついてる?」
「お前と犯人をまとめて口封じする方法がないか模索するくらいにはな」
「あの程度で人殺しとかしたら、あんたこの先どんだけの人を殺さなきゃいけなくなるわけ?」
「あのていど……」
「あんたは変態だ。それは確実。だけど、世の中にはもっとエグめの変態がいるって知ったほうがいいよ?」
「俺の友人関係の範囲が狭いことは事実だが、その情報は、むしろ広げたくなくなってくるな――」
「んん? というか、なにしてるの?」
「ああ、見ての通り、パソコンを手に持って、壁を調べている」
「なんで?」
「壁を破壊する手段は、その電動ハンマーだ。なら、どの壁を壊すか調べる手段は、このパソコンじゃないかと期待している」
「本当に?」
「わからん、だが、やれることは全部やるべきだ」
「というか、壁どれも変わらないって」、
「たしかに、そうだな」
「……見た目的に、本当になんも違いないよね、これ?」
「……」
「やっぱこれ、適当に掘るしかないんじゃないの?」
「……妙だ」
「なにが」
「考えてみれば、おかしな話だ」
「いや、だから何がよ」
「こうしてこの画面に、俺たちの喋った言葉が、文字として表示される」
「まあ、そうね」
「俺はこれを、金庫を開けるための、ダイヤル錠と発話を組み合わせたものだと考えた」
「実際に開いたじゃない」
「どうやって、正解を決めるんだ?」
「は、そりゃあ……」
「合言葉じゃないんだ、パスワードでも、特定の単語でもない、求められたのは『告白』だぞ? 一体どうやってその成否を決めるんだ」
「え、なんかこう、いい具合に、判定したんじゃないの?」
「AIは発達したが、それでも無理なものはある。いや、そもそも合ってすらいない」
「どういうこと?」
「俺が先ほど言った夢の中でのヒナに授乳した話、あれは完全な嘘だ、そんな夢を見た憶えはない」
「はああ!?」
「半分はカマかけだ。なにかショッキングなことを言えばそれを『正解』にするんじゃないかと思えたからこそだ」
「え、なにそれ、どういうこと?」
「本当のことを知って、その情報を元に判定を下しているわけじゃない、ってことだ。これは――」
「これは?」
「誰かが、特定の人間が、その成否を判定していると、そう考えた方がいい」
「犯人がそれをやった、ってこと?」
「かもしれない」
「はっきりしろや」
「俺は、クソみたいは犯人が盗み聞きして、判定したと思いたい」
「なにそれ、というか、あんた正解の壁、どれかもうわかってんじゃないの?」
「……なぜそう思う」
「さっき変なメモみせたでしょうが」
「ああ」
「『俺の行動に対して、口に出して説明するな』って書いてあったけど、あれなに?」
「見ての通りの意味だ。調べるために、それを行った」
「何をよ」
「さっきも言ったが、俺はこのパソコンは金庫の鍵を開くためだけではなく、ヒントを得るためのものだと考えた」
「ヒントぉ?」
「俺が壁際に行ってようやく言葉を拾わなくなる、それほどに高性能な感知なんだ。無意味にそうするとは思えない。実際――」
「なに」
「見ろ、正解を示す『ピン』という音表示の前に、読点がついている」
「とうてん……?」
「……句読点の内、文末のマルじゃない方、文途中で挟まる点だ」
「あー、たしかに、なんか、ついてる……?」
「無意味にこの表示がされるとは思えない、これは、音なんじゃないか?」
「音、ってなんの」
「壁向こうの、音だ」
「はあ?」
「誰かが、壁の向こうにいて、俺たちの会話を読んで、その成否を判定したんだ。その際に出た音が、こうして表示された。そして――」
「じゃあ、どれかもうわかってんじゃん、なにグダグダ言ってんの?」
「そして、壁向こうにいるのは、ヒナである可能性が高い」
「――――は?」
「俺が嘘の告白をした際に、余計な音が出ているんだ。お前が告白した際には、そんな音を出さなかったのに。ぐるぐると俺は四方を巡るようにしていた。犯人が爆笑して喜んでいたなどのパターンであれば、両方に音がなければおかしい。これは「まったく思ってもみなかった」からこそ出してしまったと判断すべきだ」
「で、そんな人は、ヒナくらいしかいないってこと?」
「そうだ――これは、俺は……」
「マトモに聞いて損した、なに? たぶんだけどこっちでいいわけ?」
「おい……?」
「とっとと掘る。ぼさっとしてんな!」
「お前は、いいのか?」
「なにがよ!」
「ヒナに、秘密を知られたんだぞ、一部とはいえ俺たちの本心を晒した。その上で顔を合わせられるのか?」
「あんたねえ」
「なにを――」
「好きな人に嫌われることと、好きな人が死ぬこと、一体どっちが好みよ!」
「それは……」
「私は嫌われる方を選ぶ、むしろご褒美ですらある。ヒナに冷たい目で見られながら命を助けてくれた相手だからって、義務的に冷たくお礼とか言われたいに決まってるでしょうが」
「それは、いや――たしかに、今のは俺が不甲斐なかったな、ヒナが優先だ。妹を、家族を、俺が好きな相手を助けることが、最優先だ。どれだけ蔑まれても、お前と違って俺には血の繋がりがある、完全に縁が切れることはない」
「ふっざけんなッ! はあ!? なにそれ、血縁関係とか絶対に結ばれない代表でしょうが!」
「いいから掘るぞ」
「くっそ……どうにかしてやる、ぜったいどうにかしてやる……」
「お前、なに思い詰めた目をしてる」
「いっそ私もあんたと婚姻関係になれば、私は、ヒナのお姉さんになれる……?」
「冷静になれ、本当に、絶対に、急いで判断するな、いいな? 俺はヒナ以外で童貞を捨てる気はない」
「あたしのことなんだかんだ言ってるけど、やっぱりあんたも十分変態だからね」
「それは自覚している――」
「」
「」
「」
文字は、もう読めない。
掘削音が大きすぎて、声が拾えなくなった。
わたしは狭い場所に閉じ込められたまま、だんだんと、だんだんとその騒音が近づくのを聞いている。
さっきからわたしは、会話を読んでいた。
兄と友達の『告白』を知った。
いったいどうすればいいのか分からない。
だって――
私の前には、二枚のディスプレイがあった。
片方は兄と友達との会話だ。
もう片方は、幼馴染と後輩との会話だった。
そちらからも、その、すごく濃い『告白』をされていた。
同じように正解を引き当てて、こちらに向けて掘削をしてた。
今の私は、左右から同じような掘削音が聞こえている。
ディスプレイ前には、ボタンがいくつかある。
正解であれば押すためのボタンだった。
もう一つは――
部屋に睡眠ガスを流すためのボタンだった。
ただし、片方だけ。
一方に流したら、もう片方は流せなくなると、そう説明書きがされていた。
わたしは、兄と同級生、幼馴染と後輩、どちらのセットを選ぶかを決めなきゃいけなかった。
彼らのドリルが、わたしのいる部屋に貫通するよりも、前に。
「両方を選ぶことは、できない」
わたしの喋った言葉が、文字として出される。
両方のディスプレイに。
きっとそれをすれば、たぶん殺し合いが始まる。
手にしているのは電動の、壁を壊せるくらいのもので、これは凶器にもなる。
それを四人が手にしている。
四人とも、冷静に見えても頭に血が登っている。
出会わせちゃいけない。
誰がやったかわからないけれど、これは、本当にひどく意地悪だ。
「わたしは――」
迷った末にボタンを押した。
絶対に、恨まれることになるんだろうなと思いながら、兄と同級生のそこへと睡眠ガスを流し込む。
「本当のことを、喋ってくれなかった」
理由は、それだ。
二人は、知り合いだった。
私の同級生の友達と。年上の兄がだ。
知り合いだったから、昏睡から目覚めたときに「誰?」じゃなくて、あんな反応になった。
「相変わらず」、なんて言葉が出た。
わたしに聞かれてるなんて思ってなかったからだ。
どうして二人が出会っていたか、知り合っていたか。
結託して、わたしを苦しめる環境を整えるためだった。
二人がいじめの首謀者だった。
その理由は――片方は『告白』が参考になる。
本当に、わたしが苦しむ様子を見たかったからだ。
そして兄は――
助けたかったからだった。
兄はわたしに欲情している。
けど、それを「一部でしか無い」とも言っていた。
それは、きっと本当だ。
大半は、兄だった。
『兄として妹に助けを求められること』が欲求の大半だった。
性欲よりもそれは上だった。
昔はよく兄に助けを求めてたけど、最近はそういうことがなくなった。
ちゃんと成長して、独り立ちできるようになったからだ。
それが、たぶん嫌だったんだと思う。
だから、わたしの情報を売り渡した。
そうして、助けを求められる環境を作り出した。
二人が言わなかったのは、そういう部分だ。
幼馴染と後輩の方は、ちゃんと『告白』をした。
正直、それはすぐには受け取れないけど、そういうものだと理解は、する。
隠したか、隠さなかったか、わたしの選択の基準は、結局それだけだった。
片方の画面は、ガスが充満する音だけが文字として並んだ。
会話は出てこない。
もう片方からは、ドリルの掘削音が変わらずに続いてる。
きっと通貫して、もうすぐ、ここまで届く。
けれど――
「ここから無事に、出られるのかな……?」
そんな不安が溢れた。
ディスプレイに映っている、『ここからみんなで出よう』の文字が、わたしの不安を肯定していた。




