赤い、赤い
とあるマンションの部屋。夜、女の子は一人で留守番をしていた。
父親は出張。母親は習い事。来客の予定はない。
にもかかわらずノックの音がした。
「お母さんかな?」
女の子はテレビの前から離れ、玄関に向かった。
お母さ……あれ? でもお母さんは鍵を持っているよね。落としちゃったのかな?
「どちらさまですかー?」
女の子はドアに向かってそう言った。
すると少しの間をおいて声が返って来た。
「おばあちゃんだよー」
「おばあちゃん?」
女の子の脳内に優しくて大好きなおばあちゃんの姿が思い浮かんだ。
女の子はパッと微笑んだがすぐにその笑みが消えた。
声が違う。
「……あの、おばあちゃん? 声がいつもと違うけど」
「ああ、風邪をひいたのさ」
「風邪をひいたのに、どうしてうちに来たの?」
「一人で留守番だろう? 心配になってねぇ」
納得できなくはない。だが、女の子が抱いた違和感は消せはしなかった。
ドアスコープまで届かない女の子は、代わりに郵便受けを開け、覗いた。すると
手が見えた。
でもそれはおばあさんの手ではない。それどころか、人の手とも思えなかった。
細長く鋭い爪。黒い毛におおわれているが深い皺が刻まれているのがわかる。
「あの、おばあちゃん? おばあちゃんの手、なんだか大きい気がするんだけど」
「大きいのはあなたを抱きしめるためよ。さぁ、開けて?」
「開けて」
「早く開けて」
「開けて早く」
「開けて」
繰り返される言葉と音を立てて回るドアノブを前に
怖くなった女の子は自分の部屋に駆け込み布団の中に潜った。
ここなら安全。そう言い聞かせながら。
ドアを激しく叩く音に震え、耳を塞ぎ目を閉じた。
どれくらい時間が経っただろうか。
断続的に聞こえていた音は間隔が開くにつれやがて聞こえなくなった。
女の子は暗さと温かさでウトウトと。
もうこのまま寝ちゃおうかな……。
安堵した女の子はそう思いつつ、しばらくそのまま耐えた。
不安な気持ちが薄まり、夢うつつ。
先程のこそ夢だったのではないかと思い始めた。だが
部屋のドアが開いた。
女の子は息を呑んだ。
それは悲鳴を上げる前の溜め。
だが、女の子の口から出たのは悲鳴ではなく安堵の息だった。
ひょっこりと顔を出したのは女の子の母親だったのだ。
女の子は勢いよく母親に抱きついた。
「なーに? 怖い夢でも見たの?」
「ううん、違う、違うの本当に……」
「はいはい、着替えてくるからね。その後でホットミルクでも作ってあげる」
母親は女の子を優しく振り解き、自分の部屋へ行った。
女の子はホッと安心しながらも、どう説明したら信じてもらえるか
さっきの出来事を細かく思い返していた。
すると……肌が粟立った。湧いたある疑念。考えるより先に口を突いた。
「あれ、ねえ……お母さん。どうやって入って来たの?」
「えー、何ー? なんか言ったー?」
「お母さん! どうやって入って来たのー!」
女の子は自分の部屋の入り口から母親の部屋に向かって大声で言った。
母親は着替えながら答えた。
「どうってー! 普通に鍵開けて入ったに決まってるじゃないー!」
「ドア、開けたの……?」
女の子の呟き、その口と並ぶように大きな口が後ろからヌッと突き出た。
ああ、おばあさんの口はどうしてそんなに大き――