密室のプールに浮かぶ生首
灰白色のキューブ。
澄んだパライバトルマリンを粉々に砕いて溶かした込んだような、エレクトリックブルーの液体が、出入り口のないその室内を満たしていた。
波立つことも、わずかな波紋もなく。
それが固体ではなく液体であることが知れたのは、音もなく現れた一つの女の生首のためだった。
部屋中央から現れたそれは、ゆっくりと浮上する。
まずは鼻。
細く尖った鼻先がヌットリとした液体を小鼻の横に広げてまとわりつかせながら、液面に浮かびあがった。
それからシャープな頬、カールした長いまつ毛でびっしりと埋められたまぶた、つんと上向きでふっくらと肉厚な唇、まろやかな額がせり上がっていく。
長い黒髪は液面で扇状に広がり、揺蕩っていた。
その動きはもったりとしていて、部屋を満たす液体には粘度があることがわかる。
首から下はない。
断面は鋭利な刃物でスッパリと切断されていて、頸椎骨や脊髄、気管に食道、甲状腺、その他筋肉に神経、動静脈の様子が明確に見えた。
そしてそれは、一つの生首で終わらなかった。
次から次へと、女の生首がポコリ、ポコリとどこからともなく生じ、老いも若いも、髪の色も肌の色も。あらゆる人種の女の生首で、その部屋がぎっしりと埋め尽くされたとき。
それまで目を閉じ、口を結び、微動だにしなかった生首たちの目が、いっせいに開いた。
途端、生首達は獰猛に噛みつき合い、食い千切り始めた。
ひとつとして、静観するものはなく、食い争う生首たち。
ひとつは頬の肉がこそげ、鼻が削げ、耳はもがれ。
ひとつは柔らかな唇を咀嚼し、つるりとした目玉を飲み込む。
ひとつの頭皮がズルリと剥がれ落ち、ひとつがそれらを口いっぱいに含み、納まりきらない大量の絡まり合う髪の毛が髭のように伸びる。
モシャモシャと口を動かし続ける首の端からは、咀嚼しきった残骸。それが液体の中へドロリと溶けていく。
そうしていつのまにか、ぎっしりと部屋中に詰まった女の生首は液体に溶け、ただひとつが残った。
他を食らい尽くし、食らわれず残ったひとつは、大口をあけて部屋中の液体を全て飲み込む。
するとそこには、輝くばかりの美貌の一体の男性体があった。
男は立ち上がり、腕を目の前に翳してから、自身の美しい裸体を見回すと、片手を挙上した。
「汝、男なれば、ここよりいずることを許されん」
無機質な声に従い、キューブが二次元に展開し、男は歩み去る。
「女が俺を食い物にするなら、今度は俺が食い物にしてやる」