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笑いごとじゃ~~~~

作者: 藤薄日

 いやぁ、もう希望も何もない。おばけじゃないので学校もしけんもあるが行きたくない。


日野雄一(俺だが)の痴漢行為が摘発されたのは一昨日のことだったか?

いや、一応言っておくと俺は無実なんだ。

唐突に手を掴まれて痴漢呼ばわり。それがスタイルの悪いブ女ならまだ救いがあったんだが、どっこい中々の美少女だったもんだから周りも信じちまう。

とはいえ、証拠はないし勿論俺も必死に否定したからしばらくして帰されたんだがよ?

悲劇はそれからだった。

「あんた今日警察に捕まったんですってねぇ。それも痴漢ですって?」

まず玄関に入った途端、仁王立ちの母親に言われた言葉だ。どれくらいの衝撃だったかお前らに分かるか?金髪になったサイヤ人を見た時のフリーザ様もかくやという衝撃だった。

だって、つい3~4時間前のことだろ?なんで知ってるんだよ…。

「お兄ちゃん、サイテー」

これはキツイ。

というか、本当にサイテーなことを言っていなかったな。

被害者の美少女が俺の手を掴んで電車内の皆に見えるように掲げたときだ。あれ、日野じゃない?という声が聞こえた。いやーに聞き覚えのある声だ。首をぎちぎち回すと、やっぱり。いつもクラスの中心で騒いでいる女子とその一派だ。ということは。

あぁ。俺が教室の端からこそこそ眺めている彼女もいる。イエス、彼女の名前は花崎ほのか!さらさらの濡れたような黒髪を腰まで流して、淡い桃色の唇には優しい笑みを浮かべすらりとした高校生らしい体系には学校指定の白カーディガンがよく似合う!

…まぁ、今外見的なことしか言わなかったように、俺は実際に彼女と話したことはほとんどない。

そこ、悲しいとか言うな。

まぁいい。いや、よくない。彼女に見られた……。

もう終わりだ。絶対に痴漢野郎だと思われただろ……。

もともと希望もなかったが俺の初恋?は無残にも砕け散ったんだ。


そして悲劇は続く。

次の日教室に入った俺を迎えたのは机に貼られた「痴漢万歳」という温かいメッセージだった。

「よーヘンタイくん」

「中央線でアイドルのケツに手を合わせて拝んだってホント?」

「警察の人に右手の忌まわしき呪いのせいだって言い訳したんでしょ?」

「まじかよ勇者だな」

しかもなんか尾ひれが付きまくっている。その後いろいろ弁解したが全く信じて貰えなかった。

俺、なんか悪いことしたっけ?いや、何もしてないのが悪いのか。普段から前髪は目にかかっていて猫背、鞄には常に一冊の富士見ファ〇タジア文庫。休み時間は大抵仲の良い男子数人と駄弁るだけ…(そいつらは率先して俺をからかいに来ている)こりゃー言い訳するのは難しい。

だからといってこのまま引き下がる訳にもいかない。あたりまえだろ。

「ねぇねぇ、ほのかも痴漢現場見たんでしょー?」

「え、あ、その」

「ホントきもいよねー」

「う…ん、そうだねー」

あはは、うふふ…

今までなら綺麗な声だなぁとのんきに鼓膜を震わせていた俺だがもう違う。許すまじ花崎ほのかとその他大勢。なぁにが「そうだねー」だ馬鹿野郎。俺は無実だ!大体犯行している場面を見た訳でもないだろう。なのに噂を広めるたぁどういう了見だ。ふざけんな。

ついでに担任にも物申したい。俺はその放課後、職員室に呼び出されたのだ。

そこで今後は怪しい行動をとらないよう、耳にタコが出来るほどご注意を賜った。

電車内で本を読むことのどこが怪しいと言うんだ。


…とまぁ、これが俺が希望をなくすに至った一連の事件である。

しかし。俺は絶望の傍ら、かつてなく燃えていた。燃えてきたぜ、今までで最高にな!とか叫びたくなる雰囲気で。ここ3日間で、いかにこの世界が嘘にまみれているかが分かった。どいつもこいつも表面的なことで人を判断し、本当の事より面白いことを優先する。かくいう俺も花崎をほぼ外見だけで好きになっていた。全く駄目な話だよな。だから一つの目標を定めたんだ。


 あれから約2年半が過ぎた。俺氏の痴漢疑惑事件もしばらくしたら聞こえなくなった。

人の噂も七十五日とは良く言ったものである。

そんなこんなで卒業式も無事終了。友達と話しながら校門を出てきた俺を迎えたのは花崎だった。

「あの、日野君…今大丈夫?ちょっと話したいことがあるの…」

「ん。」

正直こいつの顔を見ているとあの時の屈辱を思い出すのであまり大丈夫じゃないのだが、とりあえず花崎に続いて道を歩く。ひらひら舞い踊る桜と卒業を祝いきゃいきゃい騒ぐ声に俺のテンションはどうにも浮いている。

「ここで」

辿り着いたのはマ〇ク。状況だけ見れば完全なるデートである。

「で、話ってなんだよ。」

「ごめんなさいっ」

「へ?いや、俺なんかされたっけ?」

花崎が泣きそうな顔でいきなり頭を下げた。

きっと俺の顔は相当面白いことになっている。

「一年の時日野君が、その、電車で捕まったこと覚えてるよね?」

「当たり前だろ。」

なんでわざわざその話題を持ち出すんだ。

「私、日野君が何もしてないこと知ってたの…」

「ほぅ。」

喧騒の消えたマ〇ドナルド店内で自分の漏らした間抜けな相槌が響いた。

「でも、ユウちゃんとか皆、日野君の噂してて、今更言えなくて、だから」

「じゃあ電車内で言ってくれれば良かっただろ。」

「そんなこと出来ないよ!だって、他の人も沢山いたし」

だろうな。どこまで人の目を気にしているんだか。

「それに、そしたら私が日野君を好きってバレちゃうかもしれなかったしっ」

ん?今何か聞き逃しちゃいけないことが聞こえなかったか?

俺の事が、好きとか何とか…

「私、ずっと、その、今もだけど日野君のことが好きで…あの時もずっと日野君のことを見てたから、日野君が何もしてないこと分かったんだよ。」

「えーと。なんでまた、俺を?」

「よく本読んでるでしょ?私が好きな本と結構被ってて、話してみたいなって思ってたんだ。そしたらいつの間にか…」

えへへ、と照れ笑いする花崎さんはそれはそれはもう可愛いものだった。だが。

「悪いな。でも本当に好きなら、電車の中でもクラスでもいいから俺の潔白を証明して欲しかった。こんな後になって言われてもむしろ不快感しかない。」

絶句して目にじんわりと涙をにじませる彼女を尻目に俺は外に出た。

すぅっと大きく息を吸い込むと草と土の香りがして少し穏やかな気持ちになる。

折角好きだと言ってくれた人に、それも昔惚れていた娘に向かって言い過ぎたかな。

ちょっと反省。

でもまぁスッキリした。それにこうやって一度ガツンと言われないとああいう奴は一生気付かないんだ。うん。きっとそうだ。良い仕事したなぁ。うん。



「本当にありがとうございました!」

「いえ、あなたの無実が証明されてこちらとしても喜ばしい限りです。」

何度も頭を下げて感謝する親子。俺はいまや、立派な検察官になっていた。

ちなみに「いえ~」の方は俺の台詞である。ふふ…尊敬しても構いませんよ?

あの痴漢事件のあと、俺はこっそり猛勉強していたのだ!

メラメラの実でも食べたのか、というほどに熱くなった俺には目標が出来た。そう。検察官になるという目標が。事件の時俺を担当した警察その他はひどかった。はなから俺を疑ってかかっていたからな。

勿論俺が目指したのはそんな雑魚ではない。どんな奴にも親身になる人。そして徹底的に証拠をかき集めて真実を明るみに出せる検察官だ。

「日野さん。そろそろお時間です。」

そういえば、最近俺の耳にある噂が入ってきた。勝ち目の有無に関係なく依頼を引き受け、綺麗に事を収める敏腕弁護士。

確か…その名前は、花崎ほのか。



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