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6.初めての「魔法」


 フィクションであれ現実であれ、入学式はどこもそれほど変わらないらしい、と式典の内容をほとんど聞き流しながらエリザベータは考えていた。学園長の挨拶というのはいつだって退屈だし、来賓は紹介されたところで覚える気にもならない。耳にした家名から、マーサに教わった貴族の名前を復習する程度の価値しか見出せなかった。

 新入生代表挨拶は、当然というべきかフレデリックが壇上に立った。成績優秀者か否かは別として、学年に王族がいれば生徒代表になるのは当たり前だろう。事前に用意された原稿を丸覚えしたかのような、格式張ってありきたりで熱のこもらない挨拶を右耳から左耳へと素通ししながら、エリザベータは思考を巡らせる。

 ゲームのシナリオが始まるのは、今日このタイミングだ。この入学式で壇上に立つフレデリックの姿が最初のスチルだったので間違いない。つまりゲーム中で最初に出てくる攻略対象が彼だった。会話を交わすのはもっと先になるけれど。

 主人公が主要キャラクターと顔を合わせるのはこれからで、シナリオよりも前に他のキャラクターたちがどういう行動をしていたのかは語られていない。だから、エリザベータが入学式前にフレデリックと顔を合わせていてもおかしくはない。ないのだが、不意を突かれたのも事実だ。いきなり攻略対象者と鉢合わせるとは想像していなかった。

 今後も、意図せぬところで他のキャラクターと会うこともあるだろう。もっと気を引き締めねばと自分に言い聞かせ、いつの間にか終わっていたらしいフレデリックの挨拶に対して周囲に合わせて拍手を送った。全然話を聞いていなかったせいで上の空な拍手だったけれど、誰にも見咎められなかったので良しとする。



「ご無沙汰しておりますわ、エリザベータ様。グラール侯爵家のパーティー以来ですわね」


 入学式も終わって、新入生たちがそれぞれのクラスへと吸い込まれていく。エリザベータもその波に乗って自分の教室に足を踏み入れた瞬間、横合いから唐突に声をかけられた。視線を向ければ、燃えるような赤毛の少女がにっこりとこちらに微笑みかけていた。背後には3人の少女たちがこちらを見つめている。エリザベータは思わず身構え、瞬時に脳をフル回転させる。


「……ご無沙汰しておりますわ、アマンダ様。お元気でいらっしゃいました?」

「ええ、お陰様で」


 グラール侯爵家のパーティー。そのキーワードだけで当日の参加者の一覧を思い出し、その中から今回の新入生と同じ姓を持つ人物を割り出し、女子生徒に限定し、その中で一番家格の高い人物に当たりをつけて話を合わせる。該当の人物はアマンダ・ヴィ・フロイス侯爵令嬢。推理が的中したようで内心ほっと胸を撫で下ろす。新しくウォールド学園に入学する生徒のリストと、直近でエリザベートが参加したパーティーの参加者リストを必死に覚えてよかった。高速で回転してくれたエリザベータの優秀な脳味噌にも感謝したい。

 生徒間の挨拶が平等であるとはいえ、貴族間に存在する暗黙の了解に従えば、下位の爵位の家柄の人間が上位の人間に率先して声をかけるのは憚られる。ましてまだ入学したてで生徒同士打ち解けていない時期だ。公爵家令嬢であるエリザベータに声をかけてくるなら、同等の公爵家の人間か、少なくともひとつ下位の侯爵家。マーサから教わった貴族の慣習から弾き出した推論は、無事に正解へと導いてくれた。


「レンドロジア伯爵令嬢とドロワ子爵令嬢、エステラント子爵令嬢はご存じ?」

「イザベラ様は以前お会いいたしましたわね。ドロワ子爵令嬢とエステラント子爵令嬢はお初にお目にかかりますわ」

「ご無沙汰しております、エリザベータ様。覚えめでたく光栄ですわ」


 家名さえ出してもらえれば思い出すのは簡単だ。レンドロジア伯爵令嬢イザベラはリストの中にあったな、と考えながらエリザベータはにこやかに挨拶する。イザベラも和やかに挨拶を返してくる。


「こちらマーガレット・ヴィ・ドロワ様とゾフィー・ヴィ・エステラント様ですわ」

「初めまして、マーガレット様、ゾフィー様。エリザベータ・ヴィ・フルーナエントですわ」

「初めましてエリザベータ様。よろしくお願い申し上げます」

「初めまして、エリザベータ様。これから同じクラスですわね」


 アマンダの紹介にエリザベータが応じると、マーガレットとゾフィーが嬉しそうに挨拶を返してくる。ただしそれは純粋に友人になりたいという様子ではなく、エリザベータの背後にある公爵家を見据えている様子だ。貴族の子女が多く在籍するこの学園においては、社交界のお家争いの影響が色濃く反映されている。そういえばゲーム中でもそんな描写があったはず、とエリザベータは気もそぞろだ。


「エリザベータ様、入学前に事故に遭われたと伺いましたわ」

「お体はよろしいんですの? お怪我は?」

「お気遣い痛み入りますわ。もうすっかり良くなりましたの」


 アマンダとイザベラが口を揃えて心配の言葉をかけてくれる。が、彼女たちの本音は別のところにある様子だ。権謀術数渦巻く貴族社会の出身者は、15歳であっても建前トークが上手いらしい。しかしまだまだ裏を隠しきれていないな、と社会人まで経験した前世の記憶に照らし合わせて微笑ましい気分だ。


「でも魔法の行使に支障があると伺いましたわ」

「お加減がよろしくないのであればご無理なさらないで」

「まぁ……そんなことまでお聞き及びですの? お恥ずかしい限りですわ」


 なるほどそれが本題か、とエリザベータは皮肉に歪みそうになる表情を堪えて困った微笑を浮かべる。やはりこの学園、特に貴族出身の生徒たちにとっては、人間関係そのものが社交界の縮図であるらしい。

 アマンダもイザベラも、表面的には心底エリザベータを案じている口ぶりだ。しかし視線の奥にはこちらを蹴落としてやろうという野心が見え隠れしている。ここでエリザベータをやり込めれば、卒業後の社交界でもフルーナエント公爵家に対して大きな顔ができるという腹積もりだろう。

 公爵家にとって、エリザベータの事故は醜聞だ。他の貴族階級の生徒がそれを話の種にエリザベータを侮ることは十分に予想できた。教師に向けては手心を乞う要素となる事故も、同じ生徒からすれば格好の攻撃材料である。


(ま、予想はしてたけどね)


 公爵は「事故を隠れ蓑にしていい」と言ってくれていたが、それが通用するのは教師相手だけだろう。エリザベータ自身も危惧していたし、マーサもそれは気にかけていた。公爵家のメイドともなれば、社交界の動静や貴族たちの言動の機微にも詳しくなるものだ。

 だからこその事前準備、だからこその次善の策である。エリザベータは腹を決め、いっそカマトトぶって見えるほどの笑みで首を傾げた。


「そうですの、普段よりも魔力の運用が上手くいかなくて……魔導具の使用を許可していただいておりますのよ」


 魔導具とは、魔法の行使を補助する道具である。人によっては杖を使って魔法を集中させたり、剣に魔力を通して戦う騎士もいる、らしい。公爵家にあった魔力測定鏡も魔導具の一種である。魔力が高い人間はあまり魔導具には頼らないが、魔力の調整や増幅のために魔導具を使用する人間は少なくないらしい。全て公爵やマーサ、執事のアーノルドに教わった話である。

 この学園においても、杖や剣などの魔導具を使う人間は少なくないはずだ。ゲームに登場した主要なキャラの中でも、魔導具を使っていた者はいた。だが敢えて「使用の許可を得た」などと白々しいことを口にしたのは、エリザベータが本来ならば魔導具など使用せずともよい優秀な生徒であるという暗黙の主張である。

 のっけからカマしたエリザベータに、アマンダは気圧されたように口を噤んだ。背後では3人の令嬢たちが顔を見合わせている。のみならず、教室内の会話のボリュームが下がったように感じた。周囲からの視線が集まってくる。その中には、朝に会話を交わした王子たち3人のものも含まれていた。

 しまった、注目されている。しかも初っ端から皮肉をぶつけてしまった。入学初日なのに、と後悔したがもう遅い。なるようになれ、とエリザベータは開き直ることにした。


「ま、まぁ、そうなんですのね……それで、どのような魔導具を?」

「私たち心配しておりましたの、ぜひエリザベータ様の魔法をお見せいただきたいですわ。ねぇ?」

「え、ええ、そうですわね」


 令嬢たちも負けじと食い下がってくる。もしかしたらエリザベータの言葉をハッタリだと受け取ったのかもしれない。その疑問は正解、と内心で考えつつ、エリザベータは余裕の表情でポケットに右手を入れる。取り出したのは1枚の銀貨だ。


「ご心配くださって恐縮ですわ。今持っているのはこれしかないのですが……」


 言いながら、右手の人差し指と親指で摘まんだコインの裏表を令嬢たちに見せる。そのコインを左手に押し付け、すかさず握りこむ。左の握りこぶしにふっと息を吹きかけ、両手を下に向けて同時に開いて見せる。左手にあるはずのコインは、床に落ちる気配もなく消えていた。


「……!」

「あら、消えてしまいましたわね。どこにいったのかしら」


 言いつつエリザベータは左手をポケットに入れ、すぐに手を出した。アマンダに向けて差し出された白魚のような手が開かれると、そこには先ほど消えたはずの銀貨が鈍い光を放っていた。


「こんなところに移動していましたわ。やはりまだ制御が上手くできないんですの」


 澄ました顔で言いながら、エリザベータは内心でガッツポーズを決める。よし、決まった。1ヶ月の間密かに練習した甲斐があった。大学時代にマジックバーでバイトしていてよかった、と心から安堵する。

 今エリザベートがやってみせたのは、簡単なコイン消失マジックだ。まず右手で取り出したコインを左手に握り、手のひらを下に向けた状態で手を開く。この時コインは左手の中、親指と中指の関節の根本で固定されているので床に落ちなかったのだ。マジック用語でパームと呼ばれる、手のひらでコインやトランプを隠す技術である。あとは左の手をそのままポケットに入れ、手のひらの中に隠していたコインを何事もなく取り出せばよい。

 前世においてはありふれた手品だったが、この世界においては有効だ。何せ本物の魔法が存在する世界である。人知を超えた不思議な現象は、前世よりも身近にある。つまりは手品のように、不可解な現象を起こすエンターテインメントが存在しないのだ。手品という概念がない世界だからこそできる誤魔化し方である。

 本物の魔法は使えないが、魔法を使っているように見せればよい。エリザベータの目論見は見事に的中し、アマンダたちは茫然としている。否、アマンダだけでなくクラス中が静まり返ってエリザベータに注目している。教室内に漂う異様な緊張感に、もしかしてまずいことを仕出かしてしまったのか、と遅ればせながら背中に冷や汗をかいた。


(あれ? もしかしてこれマズいやつ……?)


「え、エリザベータ様……い、今のは転移魔法ですわよね……!?」

「そ、そんな高位魔法をお使いに……!?」


(あーッやっぱりマズいやつ!)


 内心で慌てたが時すでに遅し。アマンダとイザベラの引きつった声に、衝撃がさざ波のようにクラス中に広がる。恐る恐る周囲を窺えば、クラスメイト全員が驚愕の表情でこちらを見ていた。フレデリックたちもご多分に漏れない。


「ほ、ホホホ……制御できていないですのでまだまだ未熟ですのよ」


 震える声で誤魔化し、アマンダたちも同調してぎこちなく笑ってくれたが、クラスの空気は一切変わらない。公爵家の家名を守ろうと売られた喧嘩を買った結果、エリザベータは入学初日から「転移魔法を披露したヤベー女」の肩書を背負う羽目になってしまったのだった。


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