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13.二度目の「魔法」


「条件ですの?」

「難しいことじゃないよ。あのさ、エリー。転移魔法が使えるって本当?」


 ぐっと身を乗り出し、リベラが目を覗き込んでくる。さすがの情報通、とエリザベータは内心で舌を巻いた。同じクラスの面々なら、エリザベータが転移魔法を使ったことは既に知っている。だが他のクラスの生徒たちは、誰が転移魔法を使ったかまでは知らない様子だった。早速情報を入手しているのは、リベラの情報網がエリザベータたちのクラスにまで伸びている証だろう。これだけ耳が早いと彼女の情報筋も信用ができる、とエリザベータは前向きに考えることにした。


「ご存知でしたのね」

「まぁね。あたし、転移魔法って見たことなくってさ。ひとつめの条件、転移魔法を見せてほしい」

「いいですわよ。まずは座りましょうか」


 考えてみればずっと、資料室の入り口付近で立ち話をしている。エリザベータの提案に、レーナもリベラも素直に従ってくれた。


 あまり使われていない室内は埃っぽい。放置されていた椅子の埃を払ってから腰を下ろす。エリザベータとリベラが向かい合い、レーナが2人に対して垂直に向いた形だ。

 さて、転移魔法・・・・と指定されたけど何をするべきか。少し考えて、エリザベータが鞄から取り出したのはトランプだ。この世界にもトランプがあって幸いだった。ただし高級な嗜好品の一種なので、それほど数多くは入手できなかったけれど。


「カード? コインを使ったって聞いたけど」

「同じことをしても楽しくないでしょう?」


 言いながら箱の封を切り、慣れた手つきでカードをシャッフルする。この世界においてトランプはカードと呼ばれ、前世同様にカードゲームなどに用いられる。しかし当たり前ながらカードマジックなどはないので、タネを見破られる心配はなさそうだ。スタンダードなマジックが簡単でいいかな、と手品の候補を脳内で選別しつつ、カードの束を扇状に広げる。


「ではリベラ様、中から好きなカードを1枚選んでくださいませ」

「じゃあこれ」

「はい、ではわたくしに見せないまま、お2人で模様を覚えてくださる?」


 言われた通り、リベラはレーナにもカードの模様を見せている。2人して頷き合い、こちらにカードを差し出してくる。


「では束の一番上に戻してくださいまし」

「これでいい?」

「結構ですわ」


 リベラの差し出したトランプを束の上に受け止め、エリザベータは流れるようにカードの束を手の中で3つに分けた。くるくると3つの小さな束をシャッフルし、更に2回、念入りにカードを切る。


「これで先ほどのカードはどこに入ったかわかりませんわよね?」

「そうだね」

「では、これからリベラ様が選んだカードをこの束の一番上に移動させますわ」


 エリザベータがそう告げれば、リベラとレーナは顔を見合わせた。2人の顔には「それは無理でしょ」と書いてある。リベラたちにしてみれば、エリザベータは選ばれたカードが何であるかすら知らないのだ。本当に移動させられるのか、と疑っているのがありありとわかった。

 けれど、その反応こそを待っていたのだ。内心でほくそ笑みながら、エリザベータは涼しい顔で右手を持ち上げた。ぱちんと警戒に指を鳴らし、カード束の一番上を捲ってみせる。そこにあったのは、ダイヤの5のカードだった。


「……!?」

「ふふ、成功しておりました?」

「し、信じらんない……」


 リベラが茫然と呟き、レーナも思い切り目を見開いている。驚きの反応が心地よく、エリザベータはついつい笑顔になってしまった。

 これも初歩的なカードマジックのひとつだ。束の一番上にカードを乗せ、束の中に入れ込んだと見せかけるシャッフルの仕方。マジックではフォールスカットと呼ばれる手法だ。3つに分けたカードの小束パケットを、手の中でくるりと回しながら重ね変える、ように見せて実は元の重ね方に戻す。人間の目の錯覚を利用して、混ぜているように見せかけているだけだ。マジックを見慣れた人間が見ればパケットは混ざっていないとわかるが、この世界には手品が存在しない。リベラもレーナも騙されて当たり前だ。

 更にエリザベータは、追加で2回カードをシャッフルしている。専門的にはヒンドゥーシャッフルと呼ばれる、日本では一番スタンダードなカードの切り方だ。ただしこちらも、もちろん大雑把に切っているわけではない。1回目、一番上のカードだけを先に取って一番下に確保し、後は適当にシャッフル。次いで2回目、今度は最後まで一番下のカードを指で持ったままシャッフルし、そのまま手の中の束の一番上に戻す。そうすれば最初に一番上にあったカードがまた一番上に戻ってくるという仕組みだ。

 手品のタネはごく単純で、だが手品を知らない2人にはまさしく魔法と映っただろう。リベラは深く息を吸い、大きく吐き出した。感嘆の色が混じった溜息に、エリザベータは思わずにやつきそうになる。1ヶ月の間、勉強の合間に練習した甲斐があった。知識はあっても手先の技術は練習が必要だ。現役でバイトしていた頃には及ばないけれど、素人の目をごまかす程度にはうまくできたようだ。


「はぁー……まさか本当に転移魔法が使える人間がいるとは」

「こちらでよろしかったかしら? それで、ふたつ目の条件とは?」


 実際は転移魔法ではないので、ぼろを出さないうちに本題に戻る。ああ、と頷いたリベラは、何故か拗ねたような、あるいは照れたような表情で視線を逸らした。わずかに口を尖らせている。


「……友達だって言うなら、あたしのことも呼び捨てで呼んで。落ち着かないから」

「……ふ、ふふふ」

「何よ、何がおかしいのさ」

「ふふ、いいえ。わかりましたわ、リベラ」

「リベラ、これからよろしくお願いしますね!」


 エリザベータとレーナが笑顔で告げれば、リベラは頬を赤くしながらそっぽを向いた。よろしく、とぶっきらぼうに言った声も、照れた仕草も、ゲームの中で聞いたもの。だが現実に向かい合ったリベラは二次元のイラストよりずっとキュートに感じた。



「おはよう、エリー」

「あらおはよう、リベラ」


 翌日、学生寮から教室へと向かう道すがらで、背後からリベラに声をかけられた。エリザベータが微笑と共に返事をすれば、至極複雑そうな表情で頬を引きつらせる。


「うわ……昨日のって本気だったんだ」

「当たり前でしょう?」


 どうやらリベラは、昨日のエリザベータの発言が本心かどうかを確かめたかったようだ。わざと人目のある場所で気安く声をかけてきたのだろう。本心でなければ返事をしないか、少なくとも動揺するであろうと見越して。

 だがエリザベータは動じるどころか平然とリベラに応じてきた。リベラが驚くのも無理はないし、リベラ以上に周囲にいた他の生徒たちが驚愕の視線を送ってくる。フルーナエント公爵令嬢と、商人の娘が対等に話をしているのだ。注目を集めて当然である。


「何か目立ってるし……くそー、声かけなきゃよかった」

「その時はわたくしから声をかけますわよ」

「もっと目立つじゃん!」


 リベラの後悔に追い打ちをかけてやれば、リベラは悲鳴じみた声を上げた。だが何か吹っ切れたのか、割り切った笑顔でエリザベータに視線を送ってくる。にこ、と笑顔を向ければ、苦笑ながら笑みを返してくれた。その笑顔はやはり、とても可愛らしいものだ。


 こうしてエリザベータは、この学園において最強の情報網と同時に、チャーミングな友人をひとり味方につけたのだった。


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