12.説得
「……あの、エリザベータ様は他の貴族のご令嬢たちとは違いますわ」
静かに切り出したのはレーナだ。穏やかに、だが信念を持ってリベラを見据える。
「リベラ様、我がスターシア家の話はご存知ですか?」
「……知らないよ、お貴族様の家のことなんて」
これは嘘だ。リベラの情報網は、既に学園内に広く張り巡らされているはず。ゲーム中でも、主人公と初めて出会ったとき既にリベラは様々な情報を掴んでいた。当然、ヒロインの境遇についても承知の上だった。今の彼女がスターシア家の醜聞を知らないはずはない。
「私は、スターシア子爵の娘です。ですが子爵夫人は私の母ではありません」
「レーナ様、それ以上は」
「いえ、いいんですエリザベータ様。リベラ様、私は妾の子なんですよ」
リベラが既に情報を掴んでいるとは知らないレーナが、自らの境遇を吐露する。エリザベータが制止しても構わず、むしろ清々しいほどの口ぶりで。突然の告白に、リベラは黙って話を聞いている。
「私、貴族社会では鼻つまみ者です。昔からのお知り合い以外は、誰も私に話しかけようともしません。でもエリザベータ様は、私にも分け隔てなく接してくださって、お友達だと言ってくださったんですよ」
「レーナ様……」
「先ほどリベラ様が仰ったこと、エリザベータ様は既に実践していらっしゃいます。家名を守るばかりが貴族ではありません。エリザベータ様のような方こそ本当の貴族だと私は思います」
はっきりと言い切り、レーナが胸を張る。エリザベータの人類平等意識は前世の社会の意識をそのまま引き継いでいるが故だが、どうやらレーナの心をいたく動かしていたらしい。それほどにこの世界の身分社会が根深い証左でもあろう。
レーナを第二資料室に連れてきたのは、自分だけでリベラを口説き落とせなかったときに助力を願おうと考えていたのも大きい。ゲーム中ではリベラが親しくする貴族はレーナだけだったから。だがエリザベータが申し出るより前にレーナが説得にかかってくれるとは思わなかった。彼女の追い目を全て曝け出させてしまった形で、しかも手放しでべた褒めされ、エリザベータは逆に申し訳なくなる。
「……そんなお偉いご令嬢が、何であたしと関わろうとするわけ?」
「既に申しましたわよ。貴方とお話してみたいからですわ」
平然と言ったエリザベータに、リベラは疑わしげな目を向けてくる。だがエリザベータの表情にそれ以上の意図を読み取れなかったのだろう、肩を落として溜息をついた。
「わっかんないなぁ……あたしと話をしてみたいなんてご令嬢、うちのクラスには1人もいなかったよ?」
「あら、もったいないですわね。同じ学年の同級生という立場でなければ聞けない話はたくさんあるでしょうに」
「そんな考え方すんの、あんただけだって」
「エリザベータですわ、リベラ様。どうぞ名前でお呼びになって」
苦笑しつつ窘めたエリザベータに、リベラはわずかに考え込む姿勢になった。次いでこちらを向いたのは、挑むような瞳。
「――いいよ。でもあたしはお育ちがよくないからさ、友達に様なんて付けて呼べないけどいいの?」
「構いませんわよ。エリザベータと呼びにくいようでしたらエリーとお呼びくださいな」
「えっいいの?」
恐らくリベラは、エリザベータを呼び捨てにして怒らせようとしたのだろう。しかし元々現代日本で過ごしてきた記憶のあるエリザベータには効果がない。むしろ呼び捨ての方が気楽でいいと感じているくらいだ。
エリザベータにすんなり頷かれ、あまつさえニックネームの提案までされ、リベラは正真正銘面食らったようだ。隣でレーナが羨ましそうにリベラとエリザベータを見比べている。
「いいなぁ……」
「うふふ、レーナ様も良ければエリーと呼んでくださっていいですわよ?」
「本当ですか! ではエリー様とお呼びさせてください」
「はい、気軽にそう呼んでいただけると嬉しいですわ」
さすがに貴族の令嬢の間で呼び捨てはできない。だが愛称程度なら許されるだろう。にこにこと2人で会話していると、ついにリベラが頭を抱え始めた。
「あんたら何なのよぉ……」
「あんたではなくエリーですわ」
「私のことはレーナって呼んでください」
「……、……エリーとレーナ」
「「はい!」」
2人して訂正すると、悶々とした葛藤の沈黙の後、リベラが小さく呼んだ。それにレーナと揃って大きく頷きを返せば、観念した様子で盛大な溜息をつく。再び上げた顔には苦笑が浮かんでいた。
「あーあ、こだわってたあたしが馬鹿みたい。2人とも変な人」
「まぁっ、失礼ですわよリベラ様」
「そうですよ、エリー様は立派な方です、変なんかじゃありません」
冗談めかしてエリザベータが言い、レーナは頬を膨らませながら真剣に言う。2人の顔を見比べ、リベラは毒気を抜かれたようだ。さっぱりした表情で肩を竦めている。
「わかったよ。ただ、2つ条件を出していいかな」