皿屋敷異聞~お皿を探して異世界巡り!~(三十と一夜の短篇第55回)
「一枚、二枚、三枚……九枚。やっぱり、一枚足りない!」
あたしお菊。青山さまのお屋敷で働いてる下女です。
突然だけど、ただいまピンチ!
なんと、あたしが管理を任されてる家宝のお皿が! 一枚足りないの!
なんで? 昨日、洗って拭いたときにはちゃんと十枚あったのに!
言われたらすぐ出せるように、棚にしまってから寝たのに!
どうしよう。これから来るお客さまにお出しするお膳を乗せるから、って言われてるのに。見つからない、って伝えたら奥方さまに「見つけるまで顔を見せるんじゃない!」って言われちゃった。
あと数刻もしたら料理番がお皿を受け取りに来る!
どうしよう、誰に相談したらいいんだろう。
なんて困って屋敷のお庭をうろうろしていたら、ふと井戸のなかで何かが光ったの。
夕陽が射したのかと思ったけど、まだ陽は高いからそんなわけない。なのに、そんなところが光るなんて……。
「もしかして、井戸の底にお皿が!?」
思ったら、のぞき込むよね? だって地獄に仏よ? 探していた家宝が見つかったかも! っていう希望に手を伸ばしたあたしは悪くないと思う。
それなのに、のぞいた先にあったのはお皿じゃなかった。それどころか、井戸でもない。
真っ暗な闇から生えた黒くて硬い手が、あたしの手を握ってる。お屋敷の旦那さまが大切にしている銅の仏像より、もっと黒い。
そんな手に掴まれて、井戸のなかに引きずり込まれる。抵抗なんてする間もなく、浮いた足から草履が落ちた。
「ひっ!」
暗闇にのまれるときにあげようとした悲鳴は、きっとお屋敷の誰にも聞こえなかったと思う。
だって、叫んだときにはもう、あたしはお屋敷にいなかったから。
「ひぃっ! だ、誰よあなた!」
「む? 皿ではないな。間違えたか」
お屋敷にいたはずなのに、瞬きのあいだに暗い部屋にいるのはどういうこと。明かりを持たずに入る土蔵くらい暗い部屋のなかには、ごちゃごちゃといろんな物が置かれているみたい。あの雑な置き方、ついつい片付けたくなる。下女魂が騒ぎ出す。
「あ!」
「ひとなど要らん」
雑多に置かれた物のなかにある物を見つけて声をあげたとき。
黒い手が、あたしの手を離した。
それはもう、ぽいっと。
「え?」
途端に、落ちていく。
どうして? 瞬きするあたしの視界の遠くに、黒い手がヒラリと揺れていた。さっきの部屋、空にあったの?
「っていうか、そのお皿、返しなさいよ! 家宝なんだからあぁぁぁぁぁ!」
放り出される寸前に見つけたのは、確かに青山さまのお屋敷の家宝のお皿。あたしが無くしたんじゃなかった!
そうとわかっても、空を落ちていくだけのあたしにはどうしようもない。
というか、このままだと死んじゃう!
「ぃいやああぁぁぁ! 助けて、助けて! 神さま仏さま父さん、母さんーーーーーー!」
『騒がしい』
どさっ、と背中から落ちたのに、そんなに痛くない。
それに、地面までまだ結構距離があった気がしたんだけれど。どうしてあたし空を飛んでるの? 死んだ? 死んじゃった? 落ちながら気絶して、そのまま死んじゃったの?
きょろきょろしていると、手が触れる地面がいやにごつごつひんやりしているのに気が付いた。視線を落として撫でてみれば、なんだっけこの感触。
「あ、カナヘビだ」
『地を這う同胞もおるが。我は竜ぞ」
「ひょえっ」
ひとりごとに返ってきたのは、低い声。声の主を探して顔をあげたら、目の前に巨大な眼があって腰が抜けた。眼の玉の真ん中が縦に割れてる。
「へ、へ、ヘビの化け物!」
『それでも構わんが。騒がしいのは好かん』
「っ!!」
低い声が言うのに、思わずくちを手で覆った。お屋敷の大旦那さまも、おしゃべりな者は好かんと言ってらして。あたしもお屋敷に入ってすぐのころはよく、じろりと見られてくちを閉じたっけ。
「…………」
『騒がないならば、聞こう』
大旦那さまと同じく、この大きなヘビも視線で察してくれるみたい。ありがたや!
「あの、あたしお屋敷のお皿を探してて。そしたら変な黒い手につかまれて、知らないところに居たんです。それで、その黒い手の後ろに探してたお皿があって!」
必死で言いつのるうちに、見つけた皿を取り返せなかった悔しさがむくむくと湧いてくる。
だって、おかしいでしょう? あのお皿は青山さまの物なのに!
『黒い手……禍つ者に引き込まれた、異邦人か』
オオヘビさまは大きな目を細めて、あたしを見つめる。『哀れな』ため息のような声は聞き取れなかった。
けれど、そのやさしい目に頼ろうと、あたしは決めた。
「あたし、あのお皿を取り返します! ぜったい取り返して青山さまにお返ししなくちゃ!」
『禍つ者は神にも等しい。ひとの身でどうこうできる相手ではなかろうよ。あれの領域に入るにも、天女の羽衣でもないことには……』
「じゃあ、手に入れましょう!」
やっぱりオオヘビさまはいいひと……ひと? だった! だって、お皿を取り返すために必要なものを教えてくださるんだもの。
「天女のところに連れて行ってください、オオヘビさま!」
『……お主、ひとの話を聞かんな? ひとの身には過ぎる願いと』
「あたしだけじゃ無理でも、オオヘビさまのお力があれば大丈夫です!」
『……厄介なものを拾ってしまったな』
ため息混じりに言いながらも、オオヘビさまはあたしのお願いを聞いてくれた。そういうところ、やっぱり大旦那さまによく似てる。
そう思うと安心してきて、なんだか眠たくなってきちゃった。
「オオヘビさま、あたし、ちょっと寝ますね……」
『好きにせい』
呆れたような声を聞きながら眠りに落ちていく。
このときのあたしはまだ知らなかった。
天女の羽衣だけじゃ足りなくて竜宮に行くために亀を探したり、資金を調達するために鶴に機織りを教わったり、禍つ者を倒す仲間が増えたり、すごくたくさんの冒険が待ってることを。
熾烈な争いの末にとうとうお皿を取り返してお届けした先で、あたしが叱られたことを苦に井戸に飛び込んで自殺したと思われていたことを。
そのときはまだ何も知らずに、呑気に眠っていたの。
「うーん、一枚足りな〜い……むにゃむにゃ」
あたしの寝言が青山さまのお家の井戸から聞こえてただなんて、ほんとうに知らなかったんだから!