のんちゃんと赤ちゃん
今はいない友人を思って書いた作品です。
がっしゃ~ん。
のんちゃんが、コップをたたきつけた。
お母さんが慌てて「のんちゃん、けがはない?」とかけよる。
「母さん、あまやかすな!」
お父さんが、きびしい声をあげた。
「のりこ。そんなことをしていてはいつまでたっても社会に出られないぞ」
「う~う」
のんちゃんが、いらいらした声をだす。
「でも、お父さん。のんちゃんは障がいで自分の気持ちをうまく言葉にできないのだもの。しかたないわ」
お母さんがそう言うと、お父さんはしかめっ面をした。
のんちゃんは、ぼくのお姉ちゃんだ。
歳は僕と七つ違って十七歳。
生まれたとき脳に障がいをおってしまい、言葉と体が不自由だ。
おまけにおこりっぽいし、自分勝手でもある。
だからおとうさんは、のんちゃんにとてもきびしい。
このままでは、社会に出ていけないとあせっている。
でも、ぼくは今のままののんちゃんが好きだ。
どうしてかは自分でもはっきり分からない。
ぴんぽ~ん。
「あっ、お兄ちゃんたちが来た!」
ぼくは、玄関のドアを急いで開けに走った。
そこには、お兄ちゃんと雪江お姉ちゃんがニコニコしながら立っていた。
雪江お姉ちゃんは介護士で、おばあちゃんの介護に家に来ていてお兄ちゃんと知り合ったんだ。
赤ちゃんを産むため遠くに行っていたのだけれど、今日帰ってくることになっていた。
雪江お姉ちゃんの腕には、真っ赤な顔のふっくらした赤ちゃん。
ぼくは「赤ちゃん、きたよ~」と、家じゅうをかけまわって叫んだ。
のんちゃんが、ばたばたしながら歩いてくる。
お母さんが、赤ちゃんを見て半分ないている。
「あぁ、やっぱりかわいいわ」
ドンドンドン。
「あー!!」
その時、のんちゃんがはげしく足踏みをして大声をあげた。
お父さんが、怒る。
「のりこ。赤ちゃんがおどろくだろう。母さん、あっちへ連れていくんだ!」
「のんちゃん。こうふんしていないでこっちへ来て!」
お父さんもお母さんも赤ちゃんのことになるとよけいに必死だ。
お母さんが、のんちゃんの腕を引っ張ったとき……。
「まってください」
雪江お姉ちゃんが言った。
「のんちゃん。赤ちゃんにあいさつをしてくれる?」
お父さんもお母さんも止めようとしたけれど、雪江お姉ちゃんはきっぱり言った。
「この子は、のんちゃんのおいっ子です。のんちゃん、さぁ、おねがい」
のんちゃんは、にこっとしてぴたっと静かになった。
そして、赤ちゃんのほっぺをつんとしてから、えへへとわらった。
その幸せそうで優しい顔ったらなかった。
「かわい、かわい」
赤ちゃんも泣かずに、のんちゃんをじっと見つめている。
赤ちゃんの小さい手に、指が二本動かずにくっついている手が何度もふれた。
赤ちゃんがわらった。
のんちゃんは、「あ~!」と満足した声をあげた。
お母さんは、ぽろっと涙をこぼした。
「のんちゃん、ごめんね」
お父さんは、別の部屋へ行った。
お父さんは自分が悪いと思うと、一人になりたがるくせがある。
ぼくは、おこりっぽくても自分勝手でもなぜのんちゃんが好きなのかが分かった気がした。
雪江お姉ちゃんにはのんちゃんの本当の心が見えていたんだ。
そして、赤ちゃんにもきっと見えていた。
だから、赤ちゃんはわらったんだ。
そんなことを考えたらなんだかうれしくなっちゃって、のんちゃんも赤ちゃんも家族ももっともっとだいじにしようって力がわいてきた。
自分でも不思議だったよ。
おわり
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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