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ペテルギウスの落涙  作者: 小川春佳
1/3

1 天体学者オリオン

「あら、オリオンさん。今日もお茶会かしら」


白衣の天使が僕を親しげに「オリオン」と呼ぶので、僕はつばの広い帽子をちょっとつまんで、洒落たお辞儀をしてみせた。


「中庭で、ちょっとね。学者らしく、ティーンエイジャーを集めて天文学の講義さ。村田さんもどう?」


「私は仕事だから、遠慮しておくわ。日が落ちると寒いから、ほどほどにね」


「それは残念」


村田女史に軽くかわされて、僕は軽く肩を落とした。特に気にも留めずに、リノリウム貼りの床を、踵を鳴らして歩く。

ここの白衣の天使達は、日がな一日忙しそうに働いている。まあ、反閉鎖病棟なのだからしかたない。僕のように攻撃性のない、病状の軽い患者は比較的自由に病棟の中を歩き回ることができる。

僕は、天体学者だ。天文学者でもある。ちょっと研究に根を詰めすぎて、鬱を発症してしまった。なので、長めの休暇を取ってここですこし休ませてもらっている。

だから、やはり比較的、症状の軽い患者ということになるだろう。

中庭は日当たりがいいので、日向ぼっこには最適だ。

僕は、オモチャのような合成プラスティックのティーセットを持って、中庭につながるドアを開いた。


中庭には薔薇が咲き乱れていた。元々薔薇園だったのだろう。


小さな、薔薇園の真ん中で、佇む少女と幼女。

少女は色の暗いセーラー服を着ている。黒い髪は、まゆのあたりで綺麗に切り揃えられ、そのまますとんと後ろ髪が腰まで落ちている。

髪と同じ黒く長い睫毛が、頰に陰を落とす。

肌は透けるように白い。きっと、このお茶会以外では病室から出ないからだとあたりを踏んでいる。そしてその白く華奢な手首には、真新しい白い包帯が巻かれている。


ーーその少女と初めて出会った日のことなら、いつでも昨日のことのように思い出せる。

なんてことないように、少女は「私は、死にたがりのルカ」と僕に名乗ったのだ。

手首に、真新しい傷をこさえながら。ーー


「ルカ、御機嫌よう」


ティーセットを3つ分持って、僕は軽くお辞儀をした。

僕の見ていないところでは、透明になっていそうなほどに、透ける白い肌のルカは


「先生、御機嫌よう、今日の授業はなーに?」


その白い色とは裏腹の紅い唇で言った。

僕は、合成プラスティックのティーセットを、中庭の真ん中に設置されたベンチテーブルの上に置く。


「ぷらてぃっく!」


将来、ルカくらい美少女になりそうなメグは、それを玩具と判定したのか、両手をあげて「よこせ」と言わんばかりに言った。


「ごめんね、メグ。これはお茶のセットでおもちゃじゃないんだ。甘くて美味しいお茶を入れるから、そこに座ってくれるかい?お嬢様」


メグは、「ん!」と頷くとずっと一緒だというテディベアを抱いて、僕の示した席に座ってくれた。

懐から、魔法瓶に入った熱湯を出す。


「まあ」


ルカが驚いた声をあげた。


「大変だったでしょう、この病棟では、それは」

「そうだね、お湯はこの場で使って欲しいって言われたよ。」


お茶会の準備をするにあたって、今回これを手に入れるのが、一番難しかった。

精神病棟において、自傷行為は日常茶飯事だ。髭をあたるための剃刀すらも、看護師の監視のもとで使用される。そんな中で、紅茶を淹れる熱湯を持ち歩くことは不可能に等しいと思われた。

しかし、ぬるくなった紅茶が紅茶と言えるのだろうか?


「それだと美味しい紅茶とは、言えないと思うわ!」


「まったくその通り。僕は、看護師さんたちに紅茶を振る舞い、温度がいかに重要か高説を垂れたあとに、看護師さんたちが何も見ていない監視下で、これを入れることになった」


「見てなかったなら、しかたないわね」


ルカがふふっと吹き出した。天使のような微笑みだ。


「ああ、しかし見てはいた。僕は監視下にいたからね。彼女たちに落ち度はないのさ。あとはこれを平らげるだけ」


僕も笑みを浮かべながら、お皿の上に茶菓子を並べ、その間にストロベリー ティーを3つこしらえた。


「さあ、先生、授業をして頂戴!」


「ああ、もちろんだとも!」


そして私は、精神病棟の中という閉鎖的空間の中で、誰よりも自由に、銀河の外の授業をする。

はるか昔の幻影に、思いを馳せながらーー

不定期更新になります。

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