後編
「…来ちまった…」
多少道に迷いながらも、ビルの前に来た。築30年ぐらいはありそうだ。5階建てで、1~3階は店が入っている。
「…さて、どうするか…」
来たはいいものの、先のことは考えていなかった英輝。明鈴とか速水が知ったら、「ちゃんと考えろ」と嫌味を言われそうだ。
改めて作戦を考えてから来るべきか。ずっとここにいたら、不審者扱いされそうだ。現に、さっきから、3人ぐらいの男子小学生が遠巻きに見てるし。
「んっ?」
英輝にある疑問が沸いた。あの小学生たちは、さっきから同じ場所にいる。このビルに入っている店は小学生にしたら無縁。
もしかしたら…
英輝は一旦離れ、近くの角を曲がった。誰にも見つからないように、マンションを見てみる。
小学生たちが誰にも見られないかキョロキョロしながらビルに入る。見失わないように、跡をつける英輝。
小学生たちは、英輝に気づく様子がなく、お喋りをしていた。
「さっきの色黒兄ちゃんには驚いた」
「俺も、秘密基地を探りに来たのかと思った」
「秘密基地というより遊び場という方が近いけど…」
「正直、こんなおんぼろビルじゃなくて、他の場所が良かったなぁー」
「…タダで貸してもらっているんだから、文句言わない」
「鍵がないと入れないには不便」
小学生たちは5階まで登る。誰かがドアを開けた。
今だ。
英輝は、飛び出し部屋の中に入った。呆然とする小学生たち。
中には、数枚のビニールシートとお菓子しかなかった。
「あのぉ…、誰かに言われてきたのですか?」
小学生の一人が英輝に聞いた。
「…昨日、俺の友達がここのビルの入り口にいたから、何でだろうと気になって…」
どう言えば分からず、少々の嘘を交えつつ簡単に説明した。
「友達って、速水さんですか?」
「えっ?速水のことを知っているのか」
「ここを紹介してくれたのは、速水さんの父親ですし…」
「ヒデ、勉強は順調か?」
翌日。英輝は速水に呼び出され、学校にいた。
「そこそこ順調」
「俺と一緒の高校に行きたかったら、そこそこ順調じゃ困るよ」
「昨日は誰かさんのせいで、勉強出来なかった」
「人のせいにするのはよくないさ…」
「…何で、呼び出したんだよ…」
「何となく」
「…勉強の妨害をするなら帰るよ」
「昨日、ビルに行ったんだってね。花ちゃんから聞いたよ」
花ちゃん?あの3人の中に花がつく名前の人がいたのか。
「花ちゃんはロングヘアーで前髪がぱっつんな女の子だよ」
「女子はいなかった…」
「はる坊かせい坊かかず坊かが花ちゃん言ったのかなぁ」
さっきから知らない名前ばかり出てくる。事情を聞くだけ聞いておいて、名前を尋ねなかった俺も悪いが…。
「あのビルの管理人、速水の父親だってな」
「儲からないって会う度愚痴ってる」
「愚痴っているのに、空いている部屋をタダで小学生に貸すなんて、お人よしとしか言いようがないよ」
「みんながさぁ、人の目を気にせずに遊ぶ場所が欲しいって、親父に相談したら、空いている部屋を貸すことにしたとかって、優しすぎるというよりバカでしょ」
「いつから、連絡を取り合ってた?」
気になっていることを聞いた。
「今年に入ってから。親父があのビルの管理人になったのも、その時聞いた」
「何で、分国町にいるって分かった?」
「たまたまだよ。仙田駅で親父を見つけて、跡を追ったんだ。気づく様子もなかったし、尾行しやすかったぞ」
「俺とビルに行く前に、姉貴が分国町で速水を見た。誰かの跡を追っているようだ、と言っていた」
「姉キングに見られてたのか」
「姉キング?」
「君のお姉さんのこと。何か、王様みたいじゃん」
人の姉を勝手にキングと呼ぶなよ。英輝は速水に注意したかったが、話しの流れを断ち切りそうなので止めた。
「花ちゃんの跡を追っていたんだ。親父から様子がおかしいと聞いていたし。まぁ、取り越し苦労だったけど…」
「…ここから先は聞きにくい質問が続くがいいか?」
「ご自由に」
「速水の父親が家を出て行った理由は、その花ちゃんが関係しているのか?」
「花ちゃんというか、花ちゃんの母親に父親が同情したからだよ。まぁ、親友いえども詳しいことは言えないよ」
「…聞きたくはない…」
「知りたくないんだ」
「人様の領域にずかずか踏み込みたくはない」
「…ヒデは大人になったね」
「あの頃の俺と違う」
苦い思い出が蘇る。やたら、正義感を振りかざしていたあの頃。思い出す度、吐き気しかしない。
「親父が出て行ったとき、殴ってやるって、言っていたね…」
「…訂正するなら、殴ってやるじゃなくて、顔面を蹴ってやるだ」
「そうだった。ヒデが顔面に蹴りを入れたのを何回も見たのになぁ…」
「…忘れてくれ」
「他に質問は?」
「昨日、俺をマンションに連れてった理由は?」
英輝が1番気になっていることだ。
「…ただの気まぐれ」
「秘密基地と関係あるのか」
「なくはない」
「…俺にあの場所を知ってほしいから教えたのか」
「グイグイ行くね」
「誰かさんに、受験勉強を妨害させられたからな」
「誰かさんも罪な人だ…」
ふと、速水が寂しそうな笑みを浮かべる。父親が出て行ったとき、英輝に見せたあの顔と一緒だ。
「…なぁ、ヒデ。親友でも言いにくいことがあるんよ…」
「親友だから、知ってほしいこともあるんじゃないのか。今回みたいに」
「…そうかもしれない。ただ単に、あの場所を知ってほしかっただけなのかもなぁ」
二人はしばらく無言になる。校庭から、はっきりサッカー部の掛け声が聞こえた。
「何もないなら、帰って勉強するわ」
「ヒデと一緒の高校に行けたらいいな…」
「だから、勉強するの。あと、速水と俺は親友じゃない」
「親友でしょ、どっからどう見ても」
ニカっと笑う速水に、英輝は内心ホッとした。
一応、英輝の疑問は解けた。‘一応’ではあるが…。
知りたい部分ははぐらかされてしまった。速水自身も教えるつもりはない。
最も、英輝も全部知りたいかと言えばそうじゃない。誰だって、人に知られたくないことがある。
以前の英輝だったら、全部を知りたがってた。人を傷つけているのを知らずに。
「ヒデは人の気持ちに鈍感だね…」
あの時に速水は、見下した表情だった。
今回も、全部知ろうとしたら、同じ表情になるだろう。
だとしたら、現状のままにしておくのが1番ではないか。
今は、受験勉強を最優先にしなくては。
英輝は、問題集を開き、勉強を始めた。




