ヒーローに憧れた俺の異世界転移、ただしキャンセル回数約100回
「ひーろーってかっけー!」
誰しもヒーローに憧れる時期が男にはあると思う。
俺、篠原健吾も例に漏れず誰かを救う英雄に憧れた。
きっかけはなんだったか、心当たりが多すぎてわからない。
幼いころテレビに映っていた戦隊物の影響か、
野良犬に怯えて駆け回っていた俺を颯爽と助けてくれた近所の兄ちゃんが格好良かったからか。
姉が御伽噺の代わりにゲームの話をしてくれたのも大きい。
そこらへんの木の棒を剣に見立てて、勇者ごっことかを幼馴染とよくしていた。
あの頃は目を輝かせて未来の自分を語り合っていたのが懐かしい。
成長するにつれて、みんな心に抱いていた夢は変わっていく。
魔法少女になりたがってた隣の家の比奈は看護師を目指して勉強中。
悪の秘密結社のボスになって世界征服を企んでいた和樹は警察官になりたいと、このまえ言っていた。
俺だってもちろん、目的もなくただヒーローになるだなんて夢は記憶の片隅へ。
「え、ヒーロー志望やめたの?」
「そうか……やっと健吾も現実見始めたんだね」
「お前ら好き勝手言ってくれるな……」
中学の教室の片隅で、幼馴染たちとだらだらと話をする。
髪型はツインテール、比較的けっこう可愛く驚いた顔をしているのが北上比奈。
中性的な顔立ちで、昨日も同性に告白されてたけど中身は案外曲者なのが瀬田和樹。
暇さえあれば特に用事がなくても三人で一緒に過ごすことが多かった。
既に今日の授業は全て終わっていて、帰宅してたり部活に行ったりと
残っている生徒はあまりいない。
「それで? 進路はどうすることにしたの」
「決まってないなら僕と一緒に警官目指そうよ、子供にとってのヒーローにはなれるし」
「甘い、俺が目指したいのはもっと大きいものだ!」
鞄から一冊の本を取り出して机に勢いよく置いた。
二人の視線が表紙を捉えたかと同時に、大きなため息が聞こえる。
比奈は心底あきれ果てた目でこちらを見ていて、和樹に至っては頭を抱えていた。
「馬鹿は死なない限り治らないって本当みたい」
「進路希望調査にまさかこれ、書いてたりしないよね」
「もちろん書いたぜ、《異世界に行って世界を救う》って!」
「再提出間違いなし」
「むしろ僕が新しい紙とってきてあげるよ」
「私も職員室用事あるんだったからついていくわ」
「あ、ちょっと待てお前らっ!?」
職員室へと颯爽と歩き始めた二人の背中へ手を伸ばそうとした途端、
足が椅子へと引っ掛かり盛大な音を立てて床へと転んでしまう。
ぶつけた鼻をさすりながら、廊下へ顔を向けると既に幼馴染たちの姿はもうなかった。
舞い散った埃が煙たい、当番はちゃんと掃除しているんだろうか。
身体を起こして腕を組みながら考える、異世界、ロマンがあっていいと思うんだけど……。
身の回りの怪人を倒すだけだなんてスケールが小さい。
これからの時代、やっぱり異世界に行って世界を救うくらいしないと男じゃない。
不意にピリピリと肌に痛みを感じる、心なしか髪の毛も逆立っているような気がした。
恐る恐る目を開けると、自分の体を中心に魔法陣らしきものが床に描かれていき、
少しずつ光り輝き始めていた。教室にいるのは自分一人。
これは……もしかして召喚魔法というものでは?
「やったぁぁぁああ! よし、世界救うぞ!」
嬉しさから飛び跳ねた時、自らの腕や体が鏡越しに視界に映った。
女子と同じくらいの身長に風が吹けば飛んでしまいそうな弱弱しい体格。
遅い成長期、むしろまだ来てないと信じたい成長期。
声変わりだってまだなのだ、異世界転生はチートが付き物だけど、
異世界転移ってそういえばどうだったろうか。
勇者と言われていざ戦場にいっても即座に殺されてしまう可能性はゼロではない。
召喚されたものが皆主人公になれるわけじゃない、
戦いの場にでるどころかステータス:無能とかでて牢屋行きのルートも考えられる。
つまり……。
「すみません今回はキャンセルで!」
半分ほど体は消えかかっていたけど思いっきり捻って再び床へとダイブしたら無事脱出できた。
バタバタと足音が遠くから聞こえる。
「なんかすごい音してたけど、なーに暴れてるのよ」
「ほら健吾、やっぱり書き直しだって。次は真面目に書こうね」
「おう、さんきゅ」
手をとってもらい立ち上がる、二回も床に寝転んだせいで制服はうっすらと白く汚れていた。
チョークの粉そのままじゃねえか、やっぱり掃除サボってるなこれ。
後ろを振り返ると魔法陣は跡形もなく、静寂な空間が広がっていた。
視線を向けると、和樹の身体は俺よりも少し大きく、
ムキムキではないけれど多少引き締まった筋肉をしているのが
見た目からもわかる。小さいころから自宅の道場で鍛えられているんだろう。
「なあ和樹、お前んちの道場って月額いくら?」
「え、いきなりどうしたんだよ。僕は健吾が来てくれるなら歓迎するけど」
「行く。それから高校も同じとこいって柔道部入りたい」
「ちょっと、少し目を離した間に何かあったの? まあ、先生も泣いて喜ぶと思うけど」
「異世界行って勇者するには体鍛えといたほうがいいだろ」
「あ……まだその話続いてたんだ……」
時は流れて高校生。
あれから毎日真面目に身体を鍛えたおかげで今では全国大会で優勝するくらいまでになった。
危惧していた成長期もやっと来てくれたようで、予想外に伸びてしまった身長は今では一八〇センチに。
「ほんとでっかくなったよねぇ……」
「副部長様は小さいままだな」
「五月蠅い、慎重差さえなかったら健吾なんかすぐ倒してやるのに」
部活の帰り道自転車を押しながら今では腐れ縁となった和樹と歩く。
比奈は女子高に進学した為、俺はあまり会っていない。
「最近あいつは元気か?」
「比奈のこと? 元気元気、ちょー元気。元気すぎて土日は振り回されてる」
「ほんとよく付き合ってるなぁ」
「可愛いとこもあるんだよ」
「惚気はいらねー……って、おいあれ!?」
公園から、ボールを追いかけて飛び出す子供。
何かの要因で意識を失ったのかハンドルに体を預けている暴走トラック。
子供を追いかけて走っているけど追いつきそうにない距離にいる女性。
走れば間に合う距離にいる男子高校生が二人。
異世界転生トラックとしかいえない光景、やるべきことは一つ!
鞄を和樹に押し付け躊躇いなくトラックに向かって走った。
中学の頃と違って、鍛えに鍛えたこの身体。
例えチートが付かなくてもモンスターの一匹や二匹倒せる自信はある。
走馬燈なのか、身体強化の結果か周りの時間が止まってるかのように感じる。
これなら確実に子供を助けることはできそうだ。
さあ、今度こそ世界を救いに……。
待て待て待て。
死んじゃうなら鍛えた身体意味なくないか。
異世界転移用に努力してたけど、まあ仕方ない。
転生ならチートつく確率は上がるし。
それよりも心配するべきは本当にこれで勇者として向こうに生まれられるかどうかだ。
TSして悪役令嬢になってしまったらお先真っ暗だ。
スポーツ一直線で勉強なんて全くやってこなかったから内政チートに期待はできない。
魔法があれば冒険者になるという望みはあるが……せめて石鹸の作り方ぐらい覚えておきたい。
それに幼馴染に友人が目の前で死ぬっていうトラウマ与えるのも忍びない。
「ふんっ!」
「嘘だろ健吾!?」
片手で子供を抱きかかえ、もう片方の手でトラックを力で押し込める。
大分後退してしまったけれど無事止めることはできた。
運転手はやはり意識を失っているようで和樹に救急車を呼ぶようお願いする。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「もう子供から目を離しちゃ駄目だからな」
「ええ、もちろんです……貴方の名前は?」
「あー……お礼とか別にいいよ。そんじゃ」
「そんなっ!」
電話し終わった幼馴染の首根っこをつかみ走り出す。
内心異世界転生できる! と浮かれて駆け出したこともあり、
お礼されるのはなんか違う気がした。
「降ろせ! もういいだろ」
「ん、そうだな」
姿が見えなくなるくらい距離をとってからそっと下す。
和樹が言いたいことはたくさんあるが何から言えばいいか分からないと言いたげな百面相をしていた。
「あー、健吾さ、トラック素手で止めれるっておかしくない?」
「いけるかなって」
「いけるかなじゃないよ! 死んじゃうかと思った。自分のことも大切にして」
「す、すまん」
異世界転生するつもりだったなんて言える雰囲気ではなさそうで、素直に謝罪をする。
制服を着ていたので、その後子供の母親と再び会うことになったり、
真面目に勉強をし始めたことで教師が逆に心配してきたりと、
ちょっとした変化はあったが俺はいまだに異世界に行っていない。
大学生になり、研究職が思いのほか面白くのめり込んだ。
知識というのは連鎖するのか、一つを知ればまた他の一つを理解する。
今では材料さえあれば石鹸どころか拳銃からカレーまで、なんだって作れるかもしれない。
どうやら異世界は俺のことを早く呼び寄せたいらしいが、もう少し待ってほしい。
まだまだこっちの世界でやらなければならないことが多いのだ。
研究室奥の扉、初めは十回に一回異世界へ行くことが可能な扉だったけれど、
今は俺が開くと必ず異世界へ繋がってしまうようになってしまった。
研究仲間に管理を任せてあるので問題はないだろう。
俺以外が開けばただの埃塗れの物置でしかない。
更に季節は流れ、ついに俺も40代後半を迎えた。
今日は煩い声を振りきり、おもちゃをわきに抱え雪降る街を歩いている。
度の入っていない眼鏡に口元まで覆うマフラー、帽子を深く被って道を行くのも慣れたが
この如何にも変装している感じはどうも笑ってしまう。
目的地へたどり着いた俺はインターフォンを鳴らさずのドアを力強くノックした。
「俺だ、開けろ」
「いい加減インターフォン鳴らすこと覚えろよ」
「嫌だね」
頭や肩の雪をはらい、暖かい部屋へ上がり込む。
歩き始めた小さな女の子と、生意気盛りな坊主が一人。
「あうー」
「ヒーロー、今日来る日だっけ!」
俺がやってきたのに気づき、勢いよく飛びついてくるのを抱き留めた。
「よう坊ちゃん、父さんと母さんに迷惑かけてないだろうな」
「いい加減名前覚えろよ!」
「ははは、怒り方が父さんそっくりだな」
手に持っていたおもちゃを渡して頭をぐしゃぐしゃと撫でると
満更でもないけど子供扱いは嫌だと顔にでていた。
そういうところもあの二人に似ている。
「いらっしゃい、健吾」
「ああ、久しぶりだね比奈」
幼いころの面影は残っているが、今ではすっかりお母さんだ。
突然の訪問にも嫌な顔せず迎え入れてくれることがたまらなく嬉しい。
なんていったってこの家族に会うのはきっとこれが最期になるのだろうから。
子供達が寝たのを見計らって、貰った中で一番高い酒を取り出した。
窓からは雪が静かに舞い落ちていくのが見える、明日の朝には大分積もってそうだ。
「まさか本当にヒーローになるだなんてな」
相変わらず酒に弱い和樹が感慨深げに呟いた。
「大袈裟だ、そんなもんじゃないさ」
この歳になるまでいろんなことがあった。
テロリストの集団を制圧したり、世界的な流行り病の特効薬を作ったり。
幼馴染達の子供を誘拐犯から助けることができたのは誇らしいが。
テレビや雑誌の取材も増えた、一介の小さな研究所の職員について報道してもつまらないだろうに。
この世に現れた『ヒーロー』だ、なんて言われるが、俺の目指すヒーローはこんなもんじゃない。
「異世界に行くとか中学の頃言ってたよね、懐かしい」
「そっちの夢は流石のお前でも叶えられなかったか」
「いいや?」
「え」
「俺は欲張りなんだ。だからなぁ、今日はお別れを言いに来たんだ」
動揺する二人の姿を見て、声を上げて笑う。
悪巧み成功、この顔が見たかった。
「どういうことだ」
「引継ぎも全部若いもんに任せたし、俺の心残りはお前たちに最後に会うことでな」
「何か、病気とか、どっか悪いの? だから無茶するなって!」
「違う、転生よりも転移のほうが都合よさそうだったから死にはしない」
「さっきから何言ってるんだよ」
「ハハハ、俺は今から異世界を救ってくる……本当のヒーローになってくるのさ」
グラスに残った酒を呷り、立ち上がった。
打ち合わせた時間ピッタリに俺の足元に青色に光り輝く魔法陣が現れる。
中学の頃見たっきりだったからとても懐かしい。
やっと俺を呼べるからか、心なしか魔法陣が喜んでいるようにみえた。
「もう会えないと思うから言うぞ、これでさようならだ」
ニヤリ、と口角を上げ俺はこの世界から消え去った。
音もない、どこまでも続く真っ白な空間。
立っているのか浮かんでいるのかさえよく分からない。
今にも飛び掛かってきそうな目の前の美人に向かって手を振った。
「待たせたな、女神さん」
「やっと、やっと来てくれましたね勇者様!」
泣きそうなのか、怒りたいのか、嬉しいのか、喜怒哀楽のどの感情を選べばいいのか分からないといった表情をしている。
透き通った肌に、真っ白な長い髪。
虹色に煌めく瞳は目の前にいる相手が人間とは違う存在だということを主張していた。
「だーから、俺は勇者じゃなくてヒーローに憧れる平々凡々な一般人だって」
「貴方みたいな一般人がいますか! チート与えてないくせに既に人外な能力値なんですよ」
「そりゃあれだ、鍛えたから」
「そもそも只の人間が異世界召喚キャンセルとかできないですよ……普通します……?」
泣き崩れる女神を前にすると、この歳まで引き伸ばしたのが流石に申し訳なくなってくる。
いや、どうせならほら、万全な状態で向かいたかったし……。
「待たせた分、ほら、しっかりと向こうの世界で頑張るから許してくれよ」
「そうですよ! 貴方が100回ぐらい異世界行きを断ったせいで今大変なことになってるんですからね!」
「俺以外の奴代わりに呼び寄せればよかったじゃないか」
「一回この人って決めたらその人間が送られるまで変更できないんです!」
なんという欠陥システム、初めから言ってくれれば異世界行き早めたのに。
「必要ないと思いますが、加護付与しますのでさっさと行ってきてください!」
「うわっ、ちょっと急に押すなよ!?」
目の前が急に白く弾けたと感じると共に、硝煙の匂いに騒がしい音が響いてきた。
地響きがする方向へ視線を向けると、山のように大きな黒いドラゴンが火を放っている。
その背後にはわらわらと魔物のような異形の生き物たちが人々を襲おうと一触即発だ。
うん、これは確かに……来るの遅すぎたな。
身体が軽い、どうやら中学生くらいの歳に戻っているようだ。
「あ、あなたは……」
振り返ると、ドレスを着た美しい少女が唖然とした表情でこちらを見ている。
下には魔法陣が書いてあったので、きっとこの子が俺を召喚したのかもしれない。
ならば、言うべきことは一つしかない。
「俺はヒーローだ、この世界を救いに来た!」
「おかーさん、ひーろーの話して!」
「あら、クレアはそのお話が大好きねぇ」
「うん! すっごいかっこいいもん!」
「貴方が生まれるずっとずっと前のことよ、この世界はね、一度滅びてしまいそうになったの。
でも、どこからかいきなり現れたヒーローがね……」
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