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君のためのハッピーエンド  作者: 守月
フラグメント
6/29

記憶

―———————————————



「これはね、乙女ゲームっていうの」

「乙女ゲーム?」


誰もいない教室で、彼女は頷いた。

授業も終わり、放課後になってからというもの、部活のある人は部活に、家に帰る人は家に。

あっという間に人の気配がなくなった校舎の中の一つ、教室を二人で占領していた。でも、使うのは窓際の机一つ、椅子を二つ。私たちは、机を挟んで向かい合い、話をしていた。


「簡単に説明すると、主人公が女の子で、登場人物と恋をする、恋愛シュミレーションゲームだね」

「へえ」


気のない返事をした私が、彼女には不満だったようだ。


「聞いてる?」

「聞いてる」

「もう。現実で満足してるからって、ゲームを馬鹿にしないでよね」

「馬鹿にしてるわけじゃないけど」

「だってさ、男子も女子も、みんなに愛想良くってさ。憎めないっていうか……」

「そんな」

「謙遜はいいから。で、話の続きだけど、ちょっとだけやってみない?」

「ゲームは……」

「意外と、やってみるとハマるんだって!騙されたと思って、ね」


ぐいぐいと、ゲームのパッケージを前に押し出す彼女に、私は渋い顔をするしかなかった。


「ゲーム機もってないし、ゲームは本当にやったことないから」

「えぇ~?小学校でも?もったいないよ。こういうのもあるんだ~、ってくらいでいいから、試してみなよ」

「でも」

「ん~~。無理強いはしたくないけど、ちょっとくらい興味もてない?」

「…………」


彼女は、どうしたものか、といった顔をする。

そんな顔をさせたいわけじゃないのに、でも、ゲームをする気にもなれない。

そこで、私は思いついていった。


「それなら、教えてよ」

「え?」

「もう、全部クリアしたんでしょ?」

「うん」

「だったら、どんな話か聞かせて」

「実際にプレイしてくれたほうが、私は嬉しいんだけど」

「もしかしたら、話を聞いてるうちに試してみたくなるかも。それまで、聞かせてよ」

「ん~~……」


彼女は少し考えたものの、すぐに「まあ、いっかぁ」と開き直った。


「わかった。とことん、話してあげる」

「うん」


彼女はゲームのパッケージを開けて、説明書を取り出した。


「カセットって、丸いんだ」

「そうだよ。ま、これもゲームのタイプによるけどね」

「へぇ」


彼女は説明書を開き、登場人物紹介のページを開いた。


「ヒロイン、つまり主人公ね。この子が、この攻略対象に出会って、少しずつ好感度を上げて、恋をしていくゲーム」


主人公である女の子を指さし、次に攻略対象と書かれた男の子たちを指さす。


「……多くない?」

「え?普通だよ?」

「普通?」

「むしろ、少ないかも」

「少ない……」

「これくらい、まだ優しいよ」

「優、しい……?」


まあ、その辺はまた今度詳しく話すね、と彼女は言ったけれど、気になる。


「攻略対象は、それぞれが主人公並みに、重要な役割があるの」

「うん」

「まあ、だいたい好みが、ゲームをするうちに出てくるんだけど……。見た目だけで、どのキャラが好きとか、ある?」

「……うーん……」

「あ、二次元にそもそも、関心がなかったっけ」

「う、ごめん」

「いやいや、そうじゃなくてさ。やっぱ、抵抗ある?」

「多少……」

「だよね。でも、聞いてくれるってことは、少なくとも気になってはいる証拠だよ」

「そういうもの?」

「そういうもの」


ちなみに私が好きなのはこのキャラ、と彼女が指したのは、優しい面立ちをしながら凛とした雰囲気を思わせるキャラだった。


「このキャラはね、騎士なの」

「騎士?馬に乗ってる?」

「実際に馬に乗ってるシーンはないけど、そうだね」

「でも、主人公は平民だよね」

「そうだけど、この主人公は魔法が使えるの」

「魔法」

「そ。16歳になったら、魔法の勉強をするために学園に通うんだけど、このキャラも学園に入学するんだよ」

「騎士なのに?」

「それは、後々の話。まだ本当に騎士じゃないっていうか……まあ、家系的には騎士なんだけど」

「ふうん?」


乙女ゲームは、複雑な設定があるんだな、というのが私の認識になった。

設定が盛りだくさん。


「でも、この騎士には、婚約者がいるんだよね」

「婚約者?」

「そ。デザイン化はされてないけど、主人公の恋の邪魔をする、いわゆる悪役。モブ」

「モブ……」

「銀髪で、オッドアイっていう、妙に凝った設定つき」

「モブなのに?」

「モブでも、重要なモブっていうのがあるんだよ」

「へぇ」


奥が深い、乙女ゲーム。

私は感心してきて、彼女の話に自然と身を乗り出していた。

彼女も、私が興味を示してきたことに気づいて、饒舌になり始めた。


「このゲーム人気だから、続編があれば、モブにもキャラクターデザインがつくかも」

「続編?」

「そう。たまに、人気のゲームは、続編がでるの。だいたい、主人公と攻略対象がすでに付き合ってるか、結婚してる。あるいは、まったく別のキャラが主人公になって、新しい攻略対象を相手にプレイするとか、種類によってパターンはたくさんあるよ」

「め、目が回りそう……」


本当に目が回って、思考が絡み合って滅茶苦茶になりそうだった。

彼女は慌てて言う。


「ごめん、次々と言って。わかんないよね。順番に行こ」

「うん」

「それじゃ、モブが気になってたみたいだし、そっちの話を先にしてあげる。そこから、主人公や攻略対象の話も絡めていくね」

「お願いします」

「いいよいいよ。じゃ、まずはキャラの名前なんだけど――――」


口が、パクパクと開閉する。

え?なんて言ったの?

でも、彼女は私の疑問に答えず、話し続ける。

ねえ、待って、聞こえない。

そのうち、彼女の姿がどんどん見えなくなっていく。

違う、私の目が閉じようとしている。

彼女の姿が、視界の中でぼやけて、やがて見えなくなった。



―————————————————




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