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君のためのハッピーエンド  作者: 守月
フラグメント
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15回目の誕生日

日が沈み、暗がりが空を覆い始めた頃、家の前に次々と馬車がやってきた。

私の誕生日会に招待された客人たちだ。

男女の二組で馬車を降り、煌びやかなドレスに身を包んで屋敷の中へと入っていく。

今日訪れる女性たちは、数か月後、魔法学園で会う。

魔法を発現した者同士、そして学友として、四年間を共に過ごすことになる。

男性たちも例外ではないが、魔法を発現していない者もいるのだろう。中には、婚約者と共に来た者もいるのだろう。

仲睦まじく、手を取って男性にエスコートされながら歩いていく姿が窓から見えた。

カーテン越しに見ているため、向こうからはこちらが見えていない。

今の私を見たら、あの人たちはどんな顔をするのだろう。


―———コンコン


扉の外でノックの音がした。


「いいわよ」

「失礼いたします。お嬢様、そろそろお時間ですので、ご準備を」


オルカが、恭しく礼をしながら、私を部屋の外へと促す。

心の中で深呼吸をして、私はオルカのほうへ向いた。


「今行くわ」





「お誕生日、おめでとうございます」

「ありがとう」


微笑んで見せれば、令嬢は頬を染めて顔をうつむかせた。

会場を歩きながら、寄って挨拶をしにくる令嬢、その婚約者たちに対応した。

たぶん、もうすぐ現れる頃だろうか。

そう思った矢先、私を囲んでいた人が道を開けた。

道を開けた先に立っていたのは、案の定、想定した人物だ。


「リオット様」


婚約者の、リオット・レオバルト。

近づいてくる彼に、私は手を差し出し、リオットはその手を取って甲にキスを落とした。


「こんばんは。今夜は招待していただいて、ありがとう」

「いえ。お忙しいところ、無理を言ってしまいました」

「いいよ。可愛い婚約者のためだもの、一も二もなく、駆け付けるに決まっているだろう?」


歯の浮くようなセリフも、リオットが言えば様になってしまう。

周りで聞いていた令嬢は、口元に手をあてて声を抑えている。今にも黄色い声が飛びそうだ。


「あとで、少し話さないか?」

「ええ、もちろんです」


今度こそ、令嬢たちは小さく悲鳴をあげた。

リオットは一礼して立ち去り、周りの人たちにも会釈をしながら離れた。

困ったものだ。

私は今にもため息が出そうになるのを堪えて、再び始まる挨拶の波に流されていった。





一通り、パーティも落ち着きを出し始め、各々が好きに食べて話していく中、主役の私はそっと抜け出して、パーティー会場の隅のバルコニーに向かった。

等間隔にある他のバルコニーでは、他の令嬢と婚約者らしき人が、甘い雰囲気を楽しんでいた。

外は空気が少しひんやりとして、涼しいと感じるほどだ。

私が出たバルコニーの先、外の景色を眺めていたリオットは、私の気配を察したのか振り向いた。

手で横にくるように勧めたので、私はそれに従って横に並んだ。


「……パーティーは、楽しんでいますか?」


リオットの問いかけに、私は返す。


「ええ。とても」

「ふうん」


リオットは、私にだけ見える角度で、目を鋭くさせた。


「さぞ、心地いいだろう。自分の駒が、思い描くように踊る様は」

「…………」


私は、返さなかった。

人が変わったように話すリオットは、続けて言う。


「所詮、僕も君の掌の上だけどね。君は、次は何をしでかす気だい?」

「…………」

「もう数か月もすれば、僕も、君も、魔法学園に通うことになる。君は、一体どれだけの『信者』を作るつもりでいるのかな」

「…………」


痛い話だ。

リオットの言っている言葉の意味がわかることも含めて、私は頭を抱えたくなった。

『私』が周到に用意したものが、時間が、今になって降りかかる。

どうして、私は前世の記憶なんか思い出してしまったのだろう。

以前の『私』のままで、いられなかったのだろう。


「今日はずいぶんと静かだね?まさか、すでに君は、何か手を打っているのか」


リオットの声が聞こえる。

耳鳴りに混ざって、頭に響く。

ああ、どうか、それ以上は言わないで。

私の思いはむなしく、声にならない想いはリオットに届くはずもない。


「たとえ、すべて君が描いた、物語の上に立っていても、僕は……」


ずきり、ずきりと、頭が痛む。

それに合わせるように、何かが私の中に流れ込んでくる。

これは……何。

目の奥がチカチカとして痛い。

体中が内側から熱を発して、私を中から焼いていくようだ。


「聞いているのか?」


リオットが訝し気に問いかけてくる。

聞いている、けれど、それ以上は何も聞きたくない。

ここに居てはいけない。

この溢れる『何か』が、私を蝕んでしまう前に。

私は、今朝からずっと、リオットに会ったら言おうと思っていたことを口にした。


「リオット様。……私は、あなたに言うべきことがあります」

「……何?」


早く、早く、言ってしまえ。

私は微笑んだ。早く、去りたい一心で、言った。


「私とあなたのご婚約、この場で解消いたしましょう」


私がリオットの驚いた顔を見るのは、これが初めてだ。

けれど、『私』からすれば、これは二度目になるのだろう。

思っていたよりも、落ち着いた声で話せた私は、リオットと距離を開けた。


「それでは、失礼いたします」


ドレスをもって深く礼をし、私はリオットに背を向けた。

以前と同じなら、リオットはしばらく放心しているはずだ。

そのうちに早く、早くとバルコニーを後にして、会場内に戻り、笑顔で会釈をするお客様には笑みで返して出口に向かった。

扉近くで控えていたオルカが、何かを察して扉の近くに向かう。

オルカは優秀なメイドだな、と思いながら、私はパーティーを抜け出した。

すぐにオルカも出てきて、私に寄り添う。


「お嬢様。やはり体調が……」

「大丈夫。このまま、真っすぐ部屋に向かうから……」

「お嬢様、手を……え!?」


オルカが驚いたのも無理はない。なぜなら、オルカの反対側で、私を支えた影があったからだ。

リオットだった。


「具合が悪いのなら、私に一言、声をかけてくれてもよろしいのでは?」


にこり、と笑顔を向けるリオットだが、私は内心で焦るしかなかった。

こんな時に、どうして……!


「リオット様。お心遣い、ありがとうございます。ですが、私にはオルカがついていますので……」

「いいでしょう?私はあなたの婚約者だ。心配をしても、何もおかしくない」

「……!?」


どういうこと。

彼は、さっきの私の言葉を、聞いていなかったのだろうか。

リオットは、さきほどと打って変わって、笑顔で私に微笑んでいる。

考えたいのに、そうすることで余計に頭が痛む。

なんとか、部屋まで持ちこたえたかったのに―――――。


「お嬢様……っ」


オルカの声を最後に、私は意識が薄れるのを感じていた。






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