15回目の誕生日
日が沈み、暗がりが空を覆い始めた頃、家の前に次々と馬車がやってきた。
私の誕生日会に招待された客人たちだ。
男女の二組で馬車を降り、煌びやかなドレスに身を包んで屋敷の中へと入っていく。
今日訪れる女性たちは、数か月後、魔法学園で会う。
魔法を発現した者同士、そして学友として、四年間を共に過ごすことになる。
男性たちも例外ではないが、魔法を発現していない者もいるのだろう。中には、婚約者と共に来た者もいるのだろう。
仲睦まじく、手を取って男性にエスコートされながら歩いていく姿が窓から見えた。
カーテン越しに見ているため、向こうからはこちらが見えていない。
今の私を見たら、あの人たちはどんな顔をするのだろう。
―———コンコン
扉の外でノックの音がした。
「いいわよ」
「失礼いたします。お嬢様、そろそろお時間ですので、ご準備を」
オルカが、恭しく礼をしながら、私を部屋の外へと促す。
心の中で深呼吸をして、私はオルカのほうへ向いた。
「今行くわ」
*
「お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとう」
微笑んで見せれば、令嬢は頬を染めて顔をうつむかせた。
会場を歩きながら、寄って挨拶をしにくる令嬢、その婚約者たちに対応した。
たぶん、もうすぐ現れる頃だろうか。
そう思った矢先、私を囲んでいた人が道を開けた。
道を開けた先に立っていたのは、案の定、想定した人物だ。
「リオット様」
婚約者の、リオット・レオバルト。
近づいてくる彼に、私は手を差し出し、リオットはその手を取って甲にキスを落とした。
「こんばんは。今夜は招待していただいて、ありがとう」
「いえ。お忙しいところ、無理を言ってしまいました」
「いいよ。可愛い婚約者のためだもの、一も二もなく、駆け付けるに決まっているだろう?」
歯の浮くようなセリフも、リオットが言えば様になってしまう。
周りで聞いていた令嬢は、口元に手をあてて声を抑えている。今にも黄色い声が飛びそうだ。
「あとで、少し話さないか?」
「ええ、もちろんです」
今度こそ、令嬢たちは小さく悲鳴をあげた。
リオットは一礼して立ち去り、周りの人たちにも会釈をしながら離れた。
困ったものだ。
私は今にもため息が出そうになるのを堪えて、再び始まる挨拶の波に流されていった。
*
一通り、パーティも落ち着きを出し始め、各々が好きに食べて話していく中、主役の私はそっと抜け出して、パーティー会場の隅のバルコニーに向かった。
等間隔にある他のバルコニーでは、他の令嬢と婚約者らしき人が、甘い雰囲気を楽しんでいた。
外は空気が少しひんやりとして、涼しいと感じるほどだ。
私が出たバルコニーの先、外の景色を眺めていたリオットは、私の気配を察したのか振り向いた。
手で横にくるように勧めたので、私はそれに従って横に並んだ。
「……パーティーは、楽しんでいますか?」
リオットの問いかけに、私は返す。
「ええ。とても」
「ふうん」
リオットは、私にだけ見える角度で、目を鋭くさせた。
「さぞ、心地いいだろう。自分の駒が、思い描くように踊る様は」
「…………」
私は、返さなかった。
人が変わったように話すリオットは、続けて言う。
「所詮、僕も君の掌の上だけどね。君は、次は何をしでかす気だい?」
「…………」
「もう数か月もすれば、僕も、君も、魔法学園に通うことになる。君は、一体どれだけの『信者』を作るつもりでいるのかな」
「…………」
痛い話だ。
リオットの言っている言葉の意味がわかることも含めて、私は頭を抱えたくなった。
『私』が周到に用意したものが、時間が、今になって降りかかる。
どうして、私は前世の記憶なんか思い出してしまったのだろう。
以前の『私』のままで、いられなかったのだろう。
「今日はずいぶんと静かだね?まさか、すでに君は、何か手を打っているのか」
リオットの声が聞こえる。
耳鳴りに混ざって、頭に響く。
ああ、どうか、それ以上は言わないで。
私の思いはむなしく、声にならない想いはリオットに届くはずもない。
「たとえ、すべて君が描いた、物語の上に立っていても、僕は……」
ずきり、ずきりと、頭が痛む。
それに合わせるように、何かが私の中に流れ込んでくる。
これは……何。
目の奥がチカチカとして痛い。
体中が内側から熱を発して、私を中から焼いていくようだ。
「聞いているのか?」
リオットが訝し気に問いかけてくる。
聞いている、けれど、それ以上は何も聞きたくない。
ここに居てはいけない。
この溢れる『何か』が、私を蝕んでしまう前に。
私は、今朝からずっと、リオットに会ったら言おうと思っていたことを口にした。
「リオット様。……私は、あなたに言うべきことがあります」
「……何?」
早く、早く、言ってしまえ。
私は微笑んだ。早く、去りたい一心で、言った。
「私とあなたのご婚約、この場で解消いたしましょう」
私がリオットの驚いた顔を見るのは、これが初めてだ。
けれど、『私』からすれば、これは二度目になるのだろう。
思っていたよりも、落ち着いた声で話せた私は、リオットと距離を開けた。
「それでは、失礼いたします」
ドレスをもって深く礼をし、私はリオットに背を向けた。
以前と同じなら、リオットはしばらく放心しているはずだ。
そのうちに早く、早くとバルコニーを後にして、会場内に戻り、笑顔で会釈をするお客様には笑みで返して出口に向かった。
扉近くで控えていたオルカが、何かを察して扉の近くに向かう。
オルカは優秀なメイドだな、と思いながら、私はパーティーを抜け出した。
すぐにオルカも出てきて、私に寄り添う。
「お嬢様。やはり体調が……」
「大丈夫。このまま、真っすぐ部屋に向かうから……」
「お嬢様、手を……え!?」
オルカが驚いたのも無理はない。なぜなら、オルカの反対側で、私を支えた影があったからだ。
リオットだった。
「具合が悪いのなら、私に一言、声をかけてくれてもよろしいのでは?」
にこり、と笑顔を向けるリオットだが、私は内心で焦るしかなかった。
こんな時に、どうして……!
「リオット様。お心遣い、ありがとうございます。ですが、私にはオルカがついていますので……」
「いいでしょう?私はあなたの婚約者だ。心配をしても、何もおかしくない」
「……!?」
どういうこと。
彼は、さっきの私の言葉を、聞いていなかったのだろうか。
リオットは、さきほどと打って変わって、笑顔で私に微笑んでいる。
考えたいのに、そうすることで余計に頭が痛む。
なんとか、部屋まで持ちこたえたかったのに―――――。
「お嬢様……っ」
オルカの声を最後に、私は意識が薄れるのを感じていた。