婚約者
私には婚約者がいる。
婚約者の家系は、いわゆるエリートの家系で、家族揃って魔力を持っている。
どうやら遺伝的に魔力が受け継がれているようで、魔力信仰が強い。そのため、結婚も魔力を持つ者同士が縁談を組んでそのまま結婚に至るという。いわゆる、政略的なもの。
そこに愛があるかどうか、私はわからない。
少なくとも、『私』は都合がいいと思った。
相手が確立した地位を持っているなら、そこに『私』が入ったところで、地位が損なわれることはない。
むしろ、より強い魔力を、名誉を後継に残せる。
『私』の婚約者、リオット・レオバルトは、レオバルト家の三男にあたる。
人当たりがよく、心優しい性格の持ち主だが、裏では剣術で負けを許さない剣士でもある。
もともと、剣術家系だったレオバルト家は、魔法が世に発現した時代から、徐々に魔法に力をいれた。
だからといって剣術を怠ったわけではない。
レオバルト家は、国の王を守る側近として、盾となり矛となるために、将来的には国王の護衛騎士になる。
そのための訓練があり、それはリオットも例外ではない。
リオットは剣術の才に恵まれ、幼少期から一目を置かれていた。年を重ねるごとにそれは磨きがかかり、いずれは次代の国王の護衛騎士になるのは間違いないと噂されている。
それに、時代の国王となるであろう、シェルス・ティターラは、リオットと仲がいい。
歳が同じということもそうだが、幼少から同じように剣の技を磨き、お互いに良いライバルだと思っている。
シェルスもリオットと同様に、性格がよく多くの騎士団に好印象を持たれている。王族であるという身分をひけらかすわけでもなく、平民も、貴族も、分け隔てなく同じように接する。
その点について、町人たちもシェルスに強く好感をもっており、次代の王として期待に胸を躍らせている。
……ここまでが、表の人が知る限りの、二人の顔だ。
『私』は、二人がこっそり、遊楽街に足を運んでいるのを知った。
12歳の時だ。
シェルスの誕生日パーティーに呼ばれた『私』は、噂で仲のいいシェルスとリオットを見かけた。二人とも、外見は素晴らしくよく、会場内の女性の目を総どりしていたように思う。
むろん、『私』も例外ではなく、二人とも婚約者がいないこともあって、どちらか二人を狙っていたのは言うまでもない。
招待客が、パーティーも終わり各々の宿に帰る中、『私』は二人を探していた。
もう少し話がしたかった。
それに、ここで帰ってしまえば、次に会える機会がいつ来るのかわからなかった。
付き添いで来たオルカを言いくるめ、護衛たち共々、『私』が帰ってくるまで待つように言った。二人が人波を外れてどこかへ行こうとしているのを見かけた。
昔から悪い勘だけはよかった『私』は、二人が姿を隠して街を出て行くのをみつけ、こっそりと後をつけた。
護衛をつけなかったのは、これが万が一に他の人に露見すると面倒になると思ったことと、妙に行動力だけはある持ち前の強い自信から生まれていた。
そうして二人が向かった先は、遊楽街だった。
夜も深くなっていき、人々が寝静まる中、怪しく光を灯し音楽を奏でる街。
いくら王国で統制がとれているとはいえ、すべてを完璧に支配できるわけではない。
人目を盗み、ある意味見逃してもらえているという形で、そこはあった。
遊楽街の噂は、聞くに堪えないものばかりで、日々を平穏に過ごす者たちからすれば忌み嫌われているといっても過言ではない。
そんな場所に、次代国王候補と、護衛騎士候補が、足を運んでいる。
これほどのスキャンダルを前に、『私』がチャンスを逃すはずがなかった。