今世
『私』は公爵家の一人娘として生まれ、愛された。それはもう、可愛がられた。
何かを壊しても、盗んでも、許された。
好き嫌いをしても、メイドを困らせても、許された。
口汚く罵っても、滅茶苦茶に暴れても、許された。
許されすぎて、『私』は愚かにも自分が絶対的な存在と勘違いするようになった。
たとえば、思い出せる一番幼い頃の記憶。
六歳の時、初めて同じ年の令嬢を呼んで誕生日パーティーを開かれた時のこと。
いずれは社交界に出る身として、貴族社会を学ぶ一環として、父がパーティーという形で私を主役に祭り上げた。『私』は、そのパーティに集まった令嬢は、いずれ『私』に従う奴隷か何かだと思った。
地位の高い者は、『私』を守るために。
地位の低い者は、『私』に跪くために。
持ち前の強気な態度と性格、強く惹く見た目をしていたおかげだろうか。次々に挨拶を交わす令嬢に、私は挨拶を返しながら、相手にだけ聞こえる声で言った。
「私に従いなさい。逆らえば……どうなるかしら?」
パーティのために、出席者の顔と名前、身分は覚えていた。
笑顔で近づき、形式的な挨拶をする令嬢たちは、『私』の態度に一様に震えていた。
少し赤く染めた頬から一転、氷水でもあびたかのように顔色を青くさせる。
ほら、こんなにも弱い者、簡単に言葉を奪える。
「下がりなさい」
その一言で、相手は水を得た魚のように、礼儀的な挨拶をしながらも一目散に逃げだした。
心地よかった。
『私』は間違っていない。
『私』は正しい。
だから、何をしてもいい。
一通り身分が近い令嬢の挨拶が終わって、ふいに、身分の低い令嬢がやってきた。
成り上がりの、本来はパーティーに呼ぶこともないはずの者。
父が気をきかせて、『私』と同年代の令嬢は身分の差に関係なく声をかけて招待したらしいが、『私』からしてみれば邪魔者以外になんでもない。
仲良くするつもりなど、毛頭なかった。
案の定、先に続いて形式的な挨拶をする相手に、『私』は途中で言葉を止めさせて、扇で口元を隠して目だけで相手を見た。
「あなたは、本当はこの場所にいていい立場じゃないのよ」
ぽかん、と『私』を見ていた相手は、返す言葉がないらしい。
私は勢いに乗って続けた。
「仕方なく招待してあげたけど、今後は身の程を弁えなさい。……成り上がりの、偽物お嬢様?」
相手は、はじかれたように目を見開いた。
バレていないとでも思ったのか、あるいは、本当にお嬢様になったつもりなのだろうか。
図々しい。
「せいぜい、この場にいることに感謝しなさい」
最後はそう言って、形式の礼を形だけ取って、相手の反応を見ずにその場を去った。
悪いことを言った自覚などない。
むしろ、気を利かせてやった、という思いのほうがあった。
元は貴族でも何でもない相手が、まるで貴族になったつもりでいるのが気にくわない。
そんな者いらない。
生まれた時から選ばれている『私』とは違う。
そう思ってきたし、信じていた。
この時から、身分の違い、それによる差を、私は強く意識していた。
高い位置にいる者が、下にいる者を見下ろす。
それは上にいる者の特権で、下にいる者は『私』を見上げるしかない。
生まれで勝敗が決しているなら、『私』はずっと負けない。
勝ち続ける。
何もかも、『私』に敵う者がいるはずがない。
その想いが明確に、そして確実なものとなって形になったのは、それから一年後のことだ。
『私』は、魔法が使えるようになった。
この世界では、およそ平均して6、7歳から魔法を使える子がでてくる。
魔法が使えるといっても、もちろん差はある。
大人になっても魔法が使えない者もいるし、生まれつきという者もいるが、後者はほぼ無いに等しい存在だ。
共通語として、魔法が使える者を『魔力持ち』『魔力保持者』といい、魔法を使いこなせるようになって『魔法使い』『魔法師』と呼ばれるようになる。
平民が魔力を持つことはなく、決まって貴族の子供に現れるのだが、それも何人かに一人の確立だ。
そして、その確率の中に『私』はいた。
『私』は選ばれた!
間違いない、『私』は選ばれた者だ!
初めて自分の手から魔法の力が生まれ、色を持って体中を包み込んだ時、歓喜に震えた。
それを両親に見せた時の二人の驚きようは、今でも覚えている。
急いで魔法専門の機関に申請し、魔法を登録した後、16歳になったら魔法学園に入学することが決まった。
魔法が発現した者は、力をコントロールするために一様に学校に入学することが確定する。
そこで四年間、魔法について学び、将来的に貴族としての暮らしに戻るか、魔法に携わって国に貢献するかどちらかを選べる。貴族として戻ったとしても、その力を使って新しい事業を立ち上げたってかまわない。
どちらにせよ、より高みを手に入れられることに違いはない。
もっと、もっと欲しい。
『私』にしか手に入れられないもの、『私』にしかないもの。
どんどん欲が膨れ、それは留まることを知らなかった。