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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
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09 賢者様号泣する

 次の日は、朝からアサガオさんの薬作りを手伝うことにした。

 薬小屋は作業場と乾燥場に区切られていて、中に入るといい匂いがした。

 薬の作り方をいろいろ教わった。


「ユウガオが大変お世話になったそうで、ありがとうございます」

「いいえ、素質があったということです。次はアサガオさんの番ですよ」

「えっ、私の番ですか」

「もう考えてありますから、楽しみにしていてください」

「はいっ」

(そういえばアサガオさんとはあまり話したことがなかったな)


 午後からヒノ村へ薬を売りに行くと言うので、それについていくことにした。初めての外出だ。村がどんな様子なのかすごく興味がある。


 服も売っているから買ってくるようにとキキョウさんに言われた。着て行く服は白シャツにベージュのチノパンということで落ち着いた。

 できるだけ目立たないようにしないとね。


 ヒノ村へは馬車で片道一時間。

 馬車は森の中を進んで行く。


「森に魔物や危険な動物はいないんですか?」

「魔物はもっと山の方にいます。降りてくることはないですね。森には狼や熊や猪がいますが、昼間はまず安全です」

「盗賊とかは?」

「平民を襲う盗賊などいませんし、こんな田舎に来ることはありません。襲われるのは街道を通る商人くらいです」

「そうですね」


 明るく活発で、かわいらしいユウガオさんとは対照的に、アサガオさんはとても落ち着いていて、おっとりした優しい感じの人だ。自分より年上に思える。三つ子なのにこんなに性格が違うなんて不思議だ。


 メイドの給金は何に使うのか尋ねると、王都のお屋敷での留守番のとき、時間があるのでお芝居を見たり、料理店でご飯を食べたり、もちろん服やアクセサリーも買うそうだ。


 村は思っていた以上に大きく、町と言ってもいいくらいだった。人影も多く、活気があった。一応商店街もある。

 そのうちの一軒、雑貨屋さんに薬を買い取ってもらう。薬は王都からも商人が買いに来るそうだ。

 新しく雇ってもらった下男ですと自己紹介する。服もその雑貨屋さんで売っていた。アサガオさんに二揃え選んでもらい、その場で着替えた。



 夕食の後、ここはお屋敷の居間だ。

 僕の仮説を聞いてもらうためにカオルちゃんとキキョウさんに来てもらった。


「空気中に水分があるから水が出せる、空気があるから風が起こせる、ということは前にも説明したよね。だったら…トビラは?」


「それは……もともとこの世界にあったかもしれないということですか」

 さすがカオルちゃんだ。

「うん、あるから開けるということじゃないかな」

 二人が顔を見合わせている。


「僕がこっちへ来て最初に疑問に思ったのは、日本語が通じるということだったんだ。そこで僕の仮説なんだけど……たとえば、この世界と僕の世界が隣り合った球のような形をしていて、その一番近い場所が、こっちでは帝国と王国の国境付近で、向こうでは日本じゃないかと思うんだ」

「帝国からも日本にトビラが開けるからですね」

「うん、それでトビラはずっと昔からごくまれに自然に開くことがあった。そして、そこを通って人の往き来があった、とは考えられないかな」

「それで、文明の進んでいた日本の言葉がこちらで広まった、ということですか」

「なるほど、そう考えればいろいろ説明がつきますね」

「人の名前や地名も日本のに似てるしね。カオルちゃんが黒目で黒髪というのは、日本人の血が濃いからだと思う」

「なるほど」


「実は、もう一つ二人に聞いてもらいたいことがあって……」

 二人が僕の顔を覗き込む。

「リン様のことなんだけど……亡くなったのは六年前だったよね」

「はい、そうです」


 そこで僕は、六年くらい前に急に女性的になったこと、それ以来記憶が曖昧になっていること、魔力があっても魔法も魔術も使えないことなどを話した。


「二つの意識が干渉し合って、現実をうまく認識できないんだと思う」

「そんなことが……」

「そこで、カオルちゃんに何とかしてもらいたいんだけど」

「何とかって?」

「僕は、リン様を受け入れる。だから、カオルちゃんにはリン様に僕を受け入れるよう説得してほしいんだ」

「リン様がリョウを受け入れていないということでしょうか」

「それがわからないから、カオルちゃんに確かめてもらいたい」


「わかりました、やってみます」


 カオルちゃんが僕の前に立つ。

「上を向いて前髪を上げて目を閉じてください」

 カオルちゃんの息が顔にかかる。

(目は開けられないな)

 額と額が合わさるのがわかる。

 意識がゆっくり遠のいてゆく……



 そこはうす暗くて何もない場所だった、一人の女性が立っている。

(リン様だろうな)

 その女性はとても穏やかな表情をした、美しい人だった。目と髪は黒い。


「待っていました。ほんとにごめんなさいね。あなたが来てくれたということは、きっとカオルが力を使っているのですね」

「はい」

「あなたと同化するためには、あなたがここに来る必要があったのです。決して私があなたを拒んでいたわけではありません」

「そうなんですか、よかった」


「カオルちゃんには会えたのですか」

「いいえ、今のカオルには無理です」

「なんとかならないのですか、会いたがってると思います」

「あなたはやさしい方ですね。でも、今また会っても再び悲しませるだけですから」

「……」

「私はあなたを受け入れます。同化すれば私の意識は消えます。あとのことはお任せします。カオルのことをお願いしますね」

「もっといろいろお聞きしたいことが……」

「もうカオルが限界でしょう」

「毎日少しずつとか……」

「これからはあなた自身の判断で生きるのです」

「そんな……」


 リン様がゆっくりと近づいてきて僕と重なった。



 目を開けると、目の前には立ったままのカオルちゃん。


 椅子から立ち上がり一歩近づいて小声で訊ねる。


「見えた?」

 こくりと頷く。

 目には涙がたまっている。

「話は聞こえた?」

 こくこく頷く。

 涙が溢れて頬を伝った。

 とたん、カオルちゃんが僕の胸にとびこんできた。


 肩が震えている。

 頭の後ろに手を回しそっと撫でる。

「声を出して泣いてもいいんだよ」


「うわああぁぁ」

 思わずぎゅっと抱きしめる。

「カオルちゃんは僕が守るから……」

 いつの間にか僕の目からも涙が溢れていた。


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