08 賢者様スネる
翌朝、早速稽古をつけてもらう。
「武器は……」
と言いながら、キキョウさんが僕の二の腕をつかむ。
「長剣は無理そうですね……」
「たぶん」
「「あはは」」
カオルちゃんは向こうに置いてきた。ユウガオさんが一緒だ。
「では、メイドたちと同じ、短剣を両手に持つ形で」
「はいっ」
戸棚から練習用の短剣を二本取り出して渡してくれた。
木の短剣に溝が彫ってあり、そこに金属の棒がはめてある。重りのようだ。
両手に一本ずつ持ってみる。
「これくらいなら大丈夫そうです」
「稽古を始める前に、まず心構えから」
「戦うことになった場合、リョウはまず相手より体力で劣っているはずです。だから相手の攻撃をまともに受けてはいけません。かわすか受け流すことを心掛けてください。
受け流すというのは、相手の攻撃に対して直角に受け止めるのではなく、かわしながら斜めにそらす、ということです。立ち止まってはいけません。常に動きながら、横によけたり、しゃがんだり、体を回転させたり、形にこだわってはいけません。
攻撃は体より腕や足を狙うこと。出来る限り危険をおかさず無力化することを考えてください。魔術も併用すること」
「はいっ」
こうして毎日一時間、剣の稽古をつけてもらえることになり、魔法の方はメイドさん達に教えてもらうことになった。
アサガオさんとヒルガオさんはそれぞれ風と土の魔術が使えるのに、ユウガオさんは何も使えないということだった。そのことについて一つ思い当たることがあるので試してみようと思う。
「見せたいものがあるから二階へついてきて」
ユウガオさんを連れて二階へ行く。
「ちょっと替わってね」
カオルちゃんにそう言ってユウガオさんを座らせパソコンの画面を見せる。
見せたかったのは雷の原理。
「「おおー」」
カオルちゃんも興味を持ったみたいだ。
できるだけ簡単に説明する。
二人はうんうんと頷きながら画面を見ている。
一通り説明してから、ずっと考えていたことを口にしてみる。
「ユウガオさんが魔術を使えないのは、能力がないんじゃなくて、しくみが理解できてないからだと思うんだ。存在してるけど、普段それを意識してないもの、見たことのないものやしくみがわからないもの、そんなものの中にユウガオさんに合ってるものがあるんじゃないかと思う。雷もその一つ。他にも思い当たるものがあるから、こんどあっちで試してみよう」
「はいっ」
ユウガオさんの顔がキラキラしている。
もちろんカオルちゃんも。
お母さんの帰りを待って、夕食はお屋敷で食べた。
ちゃっかりビールとおつまみも持ってきていた。もちろんキキョウさんの分も。
厨房もチェックしてきたみたいだ。
次はいよいよカオルちゃんの服のお披露目だ。
お母さんに連れられて食堂に入ってきたカオルちゃんは、白のキャップに白のTシャツとパンツ、淡いピンクのパーカーにピンクのスニーカーだった。
「「「おおーっ」」」
「かわいいよ、すごく似合ってる」
お母さんがドヤ顔だ。
カオルちゃんは真っ赤な顔をして俯いている。
キキョウさんだけが微妙な顔をしてるので聞いてみる。
「なにか?」
「いえ、とても似合っているとは思いますが、ズボンというのはちょっと……」
(そこですか)
そして、お母さんのお風呂計画はいきなり頓挫することになった。
まずカオルちゃんがアサガオさんと一緒に入った。それからキキョウさん、つぎにユウガオさん。四人が入り終わったとき、なんと四時間近く経っていた。
「時間的に無理だね」
「そうだね」
ということで、明日からはカオルちゃんは毎日、他の三人は交替でカオルちゃんと一緒に入ることにして、お風呂に入らない二人はシャワーということになった。
寝不足は美容に良くないので……
次の日は朝から新しい魔術に挑戦することになった。
待ちきれなかったみたい。
雲も出ている。
「それじゃあ始めましょう。あの木をねらってね」
「はい」
「パソコンの動画を思い出して、あの雲の中に電気があるのをイメージしてね」
ユウガオさんが念じている。
「おちろ!」
バリッという音とともに雷が落ちた。煙が出ている。
「「「………」」」
あまりのあっけなさに誰も声が出なかった。
「できたね……」
「できましたね……」
「………」
ユウガオさんは呆けている。
やっと正気に戻ったユウガオさんが喜びを爆発させる。
満面の笑みだ。
「やりましたっ!!」
「これでもう姉たちにばかにされずにすみます」
「ありがとうございます」
「ほんとにうれしいです」
うっすら涙が滲んでいる。
(ばかにされてたんだ)
あー、カオルちゃんもやりたそうにしてる。
「カオルちゃんはダメだからね」
「えっ、なんで?」
「当たり前です、カオル様の魔力であれやったら火事になります」
「えーーーっ」
カオルちゃんがふくれた。
(なんかスネてる?)
「カオルちゃんには別のやらせてあげるから、昨日他にもあるって言ったでしょ」
慌てて取り繕う。
「ああ、そう言ってましたね」
顔がぱっと明るくなった。
ポケットから虫眼鏡を取り出して二人を手招きする。
「これはね物が大きく見える、ムシメガネっていうものなんだ」
「ほんとだー」
「不思議ですね」
「これには他の使い方もあって……」
そう言って、こんどは黒い紙をポケットから取り出して地面に置く。
「見てて」
紙に焦点を当てるとすぐに煙が出る。
二人は目を丸くして覗き込んでいる。
「これで太陽の光を集めることができるんだよ。だからこの明るい点のところはすごく熱くて、火をつけることもできるんだよ」
「「すごい」」
「まずは太陽の光と熱を感じて、今見たことを思い出して、魔力はできるだけ抑えて、一点に集中」
「いきます!」
音はしなかった。
ただ一瞬、周りの空気が光ったような気がした。
さっき雷が落ちた木の幹から炎が上がる。
「水、水っ!」
「はいっ」
カオルちゃんが念じると木の周りに水が現れ火が消えてゆく。
「あはは」
「やっぱり」
「こうなると思いました」
ためしにユウガオさんにもやってもらうと、なんとかこちらもできるようになった。
一度に二つも術を使えるようになって、大喜びのユウガオさん。
「これは何という名前の術ですか?」
「うーん、とりあえずソーラーレイ」
「「おおっ」」
光は反射されるから、鏡のように光っている物には向けないようにと注意をして、雷は金属と相性がいいから鎧の相手には効果的だと伝えた。
これで二人とも攻撃の幅が広がったはず。
それにしても、さすがリン様が連れてきただけのことはある。
次はアサガオさんだな。
切り札は多い方がいい。
キキョウさんにも何かないかな。
僕はといえば、どちらもできなかった。思い当たることがあるので、今度カオルちゃんとキキョウさんに話してみようと思う。




