63 涼と薫皇帝を説得する
次の日の午前、皇帝たちを連れて僕の家へ行った。
《陛下にはまず、こちらの世界を見ていただきたいと思います》
「おお、それは楽しそうだな」
《はい》
三人は初めて見る車に驚いた。
「馬がなくとも走るのか?」
殿下が興味津々といった様子で車を見ている。
《はい》
三人を乗せ走り始める。
「これは……」
三人共景色を茫然と眺めている。
一時間ほど街を走り帰ってきた。その間三人はほとんど黙ったままだった。
「信じられん」
殿下が興奮した様子で口を開いた。
「そうだな、こちらの世界はこれほど文明が進んでいるのか」
「素晴らしい街並みでした」
《帝国もいずれこうなります》
「それは本当か?」
「にわかには信じられんが……」
《これからカオル様がご説明します》
カオルちゃんがパソコンを見せ説明を始めた。
三人は画面を覗き込みながら何度も驚きの声を上げた。
「……以上が帝国の未来の予想です」
「本当にそのような未来が訪れるのか?」
「はい、必ず。ですから今は戦争をしている場合ではありません」
「しかし、時間がかかりすぎるだろう。国民のことを考えると、何かもっと早くできることはないのか?」
《王国との国交を回復しましょう》
「そう簡単にはいかんだろう」
殿下が口を挟んだ。
《私たちが何とかしてみせます》
「お前たちにそれほどの力があるのか?」
《やってみなくてはわかりません》
「確かにそうだが……」
「陛下、各国の状況は逐次お報せします。ですからここはミツナリ様とクロユリにお任せください」
「しかし、二人とも帝国の人間ではないのに、何故そこまで我が国のために働いてくれるのだ?」
《帝国のためではありません。大陸全土の平和のためです》
「なるほど……賢者とはそういうものか」
「いずれにせよ、今、国に帰ることはできんからな、暫く静養するか」
「何を暢気なことを」
「まあよいではないか、ここはあまり寒くはないしのんびりできそうだ」
「そうですね、不自由なことは何もなさそうですし」
「ですが、今すぐにでも戻って宰相を何とかしないと……」
「お前一人で何ができる、また捕らえられるだけだ」
「しかし、このままじっとしているのは……」
「焦るでない、時を待とう」
「……でしたら、クロユリと行動を共にすることをお許しください」
「帝国へは行かないと約束できるのなら許すが」
「それでかまいません」
《明日、共和国の賢者様の元へ行くつもりでおりますが……》
「何のためだ?」
《賢者様とエモト伯爵に報告するためです》
「エモトは共和国におるのか?」
《はい、賢者様のお屋敷におられます。ミツナリ様がお連れしました》
「そうであったか」
「おお、ぜひ連れて行ってくれ」
《陛下、構いませんか?》
「ああ、すまんが守ってやってくれ」
《お任せください》
「女に守られるほど弱くはないつもりだがな」
「お前はクロユリの強さを知らんからだ」
「そんなに強いのですか?」
「帝国の魔術師では一番だという評判だ」
「それほどですか」
《恐縮です》
《殿下は共和国へは?》
「そうだな、三年ほど前に行ったことがある」
《そうでしたか。陛下がここにいらっしゃることはまだ秘密に願います》
「わかった」
翌日殿下と一緒に共和国へ行った。
殿下を見てエモト伯爵が驚いた。
「これは殿下、ご無事でしたか」
「ああ、ミツナリに助けられた」
「陛下は?」
「ご無事だ、クロユリが助けてくれた」
「今はいずこに?」
「それは言えない。だが、安全な場所におられる」
「もっともです、安心致しました。こちらが賢者のオオイシ様です。こちらはマサオミ殿下です」
「オオイシと申します。お目にかかれて光栄でございます」
「エモトが世話になっている、礼を言う」
「はっ、痛み入ります」
「本日はどのようなご用件で?」
「今回のことについてエモトの見解を聞きたくてな」
暫く考えたのち伯爵が口を開いた。
「宰相が焦る気持ちもわからなくはありません。現在の軍事費を維持したままで蒸気機関の開発を進めるのは財政的に厳しいものがあります。かといって軍備を縮小しては逆に共和国から攻め入られる可能性も出てくるかと思われます」
「そうだろうな、オオイシ殿はどう思われる?」
「帝国は共和国の一番の貿易相手でございます、それに共和国とて余裕があるわけではありません。戦争が避けられるのであれば敢えて帝国に攻め入ったりはしないと考えます」
「蒸気機関を脅威とはとらえないだろうか?」
「タカダ殿は開戦となった場合、蒸気機関の技術を供与することを条件に停戦に持ち込むことを考えているようです。そのために私が蒸気機関の噂を広めておきました」
「なるほど、そこまで考えているのか」
「反乱のことは共和国に伝わっているのか?」
「いいえ、まだでございます」
《城門は封鎖されております》
「そうであったか」
「伝わった場合、共和国はどう判断する?」
「開戦が避けられないと判断するでしょう」
「当然、兵力を国境に集めることになるな」
「そう思います」
「クロユリ、俺はどうすべきだ?」
《いずれ殿下のお力が必要となります。その時のために今は現状を冷静かつ客観的に判断していただきたいと思います》
「わかった、だが俺が戦争を止むなしと判断した場合はどうする?」
《運命だと受け止めます》
「そうか、運命か……」
《殿下が戦争に賛成の立場をとられれば、宰相様は殿下を皇帝に据えることを考えるでしょう》
「だろうな……その場合、俺はただの飾りか……」
《………》
「皇国に知り合いはいないのか?」
《王国の諜報員なら存じておりますが……》
「なんと……俺達の与り知らぬところでお前達は何をしていたのだ」
《大陸の未来を憂えておりました》
「そうか……大陸の未来を導くというのは、ずいぶんと楽しそうだな」
《楽しんでいるわけではありません》
「すまん、ならば俺も加えてもらいたいが、かまわんな?」
《もちろんでございます》
「では、皇国へ連れて行ってくれ」
《はいっ》
いくつもトビラをくぐり皇国へ着いた。
殿下を店に残し奥へ行くと、ミツマサさんはまた眠っていた。
《ミツマサさん、起きてください》
「ん?」
《リョウです》
「あぁ? リョウだと?」
《この姿のときはクロユリと呼んでください》
「まったく……今日は何の用だ」
《帝国の皇太子殿下をお連れしました》
「なんだとっ!」
今度も飛び起きた。
「毎度毎度、驚かせやがって」
《すみません、店でお待ちです》
「わかった」
「ミツマサと申します、何のご用ですか?」
「俺は……」
「自己紹介は結構です。聞かなかったことにしますので」
「そうか、さすがに賢明だな」
「実は、国に俺の居場所がなくなったのだ」
「そうでしたか、それで?」
「驚かないのだな」
「それくらいで驚いていては、こいつとは付き合えません」
ミツマサさんが僕の方をチラッと見てそう言った。
「なるほど、確かにそうだ」
「お主に訊きたいのは、皇国の民が帝国をどう思っているかだ」
「皇国は中立を宣言しておりますので、国民は現在の帝国をさほど脅威とは感じておりません」
「帝国が戦争の準備を進めていることは知られていないのか?」
「知ってはおりますが国境を接していない以上、直接攻撃されることはないとわかっているからでしょう。今はむしろ王国を警戒していると思われます」
「何故そのようなことに」
「それは、王国との国境付近に頻繁に魔物が現れて、皇国の民を襲ったからです」
「王国が魔物を使って攻撃していると?」
「はい」
「クロユリは何か知っているのか?」
《タカダ様がなさったことです》
「ミツナリが?」
《はい、王国が参戦しようとした場合に協力させないためです》
「そんなことまでしておったのか……」
「こいつも私に王国が皇国を攻める可能性があるとデマを流すよう依頼してきました」
「それもミツナリの命令か?」
《いいえ、それは私の独断です》
「お前たちはそこまで先のことを考えているのか」
《はい》
「俺の視野が狭かったということだな」
《失礼ながら、そういうことです》
「厳しいな」
殿下はふっと笑うと言った。
「楽しくなってきたな」




