06 賢者様お風呂に入る
「そういうことなら、仕方ないよね」
最初に口を開いたのは意外にもお母さんだった。
「でも、約束して、自分から危ないことに首をつっこまないこと。そして、もし危なくなったら、すぐにここへ逃げて来ること。もちろんみんな一緒に、だよ」
「約束する。ありがとう」
「ありがとうございます。私もリョウに危険が及ばないよう気をつけます」
「私もリョウ様をお守りします」
「よろしくお願いしますね」
お母さんのこういう大雑把なところは好きだ。
男っぽいというか、頼りになるというか、細かいことはあまり気にしない。
「さてと、ちょっと席をはずすね」
そう言うとお母さんはリビングを出ていった。
(トイレかな?)
「あのね、一つ気になったんだけど、さっき帝国のトビラが開いたのがわかったって言ったよね」
「はい」
「ということは、帝国の魔術師もカオルちゃんのトビラに気付いた可能性があるのでは?」
「それはないと思います。私がトビラを開いたのは帝国のトビラが閉じた後でしたから。同時に開いていたら、多分気付かれたでしょう」
「あっちで気付かれる可能性は?」
「魔力を感知できる距離には限界があるのです。自分の魔力が届く距離までということになります。そして魔術の種類はそれを使える者にしかわかりません」
「ということは、トビラを使える魔術師が近くでずっと監視していない限り、気付かれることはないということだね」
「そういうことになります」
「よかった」
「心配してくれるんですね」
「当たり前です」
「昨日、トビラは行ったことのある場所なら開けると言いましたが、正確には行ったことのある場所で、なおかつ自分の魔力の届く場所ということになります。試してみたんですけど私の場合、馬車で半日くらいの距離ですね」
「どうやって試したの?」
「王都へ行く途中で試しました」
「なるほど」
「カオルちゃんがトビラを使えることを知っている人は他にもいるんですか」
「本当のことをご存知なのは王様と宰相様だけです。カオル様はまだトビラは使えないことになっています」
「宰相様は信用できる方なんですか」
「はい、リン様も宰相様は尊敬できるお方だとおっしゃっていました」
(何か大事なことを見落としてるような気がする。なんだろう?)
お母さんが戻ってきた。
(ずいぶん長かったな)
「では、ちょっとカオルちゃんを貸りますね」
「えっ、何?」
「うん、体のサイズを測るのと、一緒にお風呂」
「それって……」
「出掛けるなら服がいるでしょ。それと健康状態のチェック」
「あ、そうだね。でもキキョウさんは?」
「キキョウちゃんは私の服が着れると思うし、見るからに健康そうだから」
「あはは」
キキョウさんが微妙な顔をしている。
「お母さんは看護士っていって、お医者さんの助手みたいな仕事をしてるから安心してまかせてください」
「オフロって?」
「「えっ」」
「オフロ知らないの?」
「はい」
あっちにお風呂はないらしい。
「リョウ、お屋敷のトイレはどうなってるの?」
「あー、とりあえず水洗っぽい。屋敷の下を小川が流れてる」
森の屋敷を見て回った時に気付いていた。
「飲み水は井戸かな」
「わかった。しばらく向うは立ち入り禁止ね」
「覗いたりしないよ」
「念のため」
お母さんはそう言い残すと、困惑顔のカオルちゃんを連れて行った。
「リョウ様、少し私の話を聞いてください」
キキョウさんが真剣な顔で話しかけてきた。
「……私は二十歳のときに王都の騎士になりました。その最初の任務がリン様の護衛でした。女同士ということもあってか、リン様は私のことを気に入ってくださって、以来、私はリン様の専属となりました」
(リン様女性だったんだ)
「護衛といってもリン様が王都に滞在中お屋敷で寝泊りして、外出のときには同行するというものです。カオル様も時々リン様について王都へ来られていましたので、よくお話をしました。そして、リン様が亡くなる半年ほど前……」
「ちょっと待ってください。リン様が亡くなったのはいつですか?」
ちょうどいいので気になっていたことを聞いてみる。
「六年前です」
「病気ですか?」
「いいえ、襲われたのです」
「まさか、帝国ですか」
「証拠はありませんが」
言葉が出ない。
(お母さんにはナイショにしておこう)
「……続けますね。リン様が亡くなる半年ほど前、リン様は私に、もしご自身の身に何かあった時は、カオル様を守ってほしいと言われ、三通の手紙を託されました。私宛と宰相様に宛てたもの、執事に宛てたものでした。
リン様が旅先で亡くなられたとの報せを聞いて私はまず自分宛の手紙を開きました。そこには、リン様が死を覚悟されていること、私に騎士を辞めてカオル様の執事になってほしいとのお願いが書かれていました。次に宰相様に手紙を届けました。そこには、カオル様を賢者の後継者とすること。私が騎士を辞めカオル様の執事となることを許可してほしい、という内容が書かれていました。執事宛の手紙には、王都のお屋敷の使用人全員を解雇することと、充分なお金を与えることなどが書かれていました」
「それって……」
「可能性でしょう。少しでも可能性がある限り、カオル様のお傍には置いておけないという判断だと思います」
「そんなことがあったんですね」
「その時、三人のメイドはもうすでに森のお屋敷でカオル様のメイドを務めておりました。リン様は、あの三人は孤児院で見つけたとおっしゃっていました。三人とも魔力の量がかなり多いそうです。カオル様はリン様の養子です。カオル様の出自については秘密だとおっしゃって、私にも話してはくれませんでした。私の話はこんなところです」
「話してくださって、ありがとうございます。キキョウさんはリン様のことが好きだったんですね」
「姉のように思っておりました」
(何と言っていいのかわからない。ここは少し話を変えよう)
「あの、騎士をやってたなんて、きっとすごく強いんですよね」
「能力頼みですけど」
「というと?」
「私の能力は身体強化です。おかげで騎士にもなれました。珍しい能力だそうで、リン様が私に興味を持たれたのはそのせいもあると思います」
「具体的にはどれくらい強化できるんですか?」
「普通の騎士の二倍くらいの力なら出せると思います」
「すごいじゃないですか。無敵ですね」
「いえいえ、私は魔力の量が多い方ではないので、使えるのはせいぜい五分というところです」
「それにしてもすごいですよ」
キキョウさんは、はにかんだように笑った。
(笑うとかわいいのに)
「僕に戦い方を教えてもらえませんか?」
「それはかまいません、メイドたちにも教えていますから、一緒にどうですか」
「よろしくおねがいします!」
お母さんがカオルちゃんと戻ってきた。
お母さんはグレーのスエット、カオルちゃんは白のスエットだ。
ぶかぶかなところがすごくかわいい。頬がピンクに染まっている。
「見て見て、ほら、サラサラ」
そう言ってお母さんがカオルちゃんの髪をすくい上げる。
カオルちゃんが恥ずかしがっている。
「やっぱり髪はメイドさんに拭いてもらってるんだって」
「わかってたの?」
「きれいな髪なのにペッタリしてたからね」
(さすがです)
「健康状態は、良好とは言えないな。もっと食べなくちゃ。それと体を動かすことと、外に出て陽に当たること」
カオルちゃんはこくこく頷いている。
(うんうん)
「それから、こっちで外出する時には必ずマスクね」
「あー、ぜんぜん考えてなかった。そうだよね、さすがお母さん」
「リョウはもっとしっかりしなきゃダメだよ」
「そうだね、気をつけるよ」
「明日は通常勤務だから、服は帰りに何か買ってくるね。次の休みの日は一緒に買い物と美容院にも行こう」
「ビヨウイン?」
「美容院というのは髪を切ってくれるお店のことだよ」
「「へーっ」」
「メイドさんとかもいるのかな」
「すごいんだよ、三つ子の姉妹なんだ。一人は今王都のお屋敷なんだけど」
「わかった、じゃあみんなトイレとオフロはこっちで入ること」
「「「えーっ!!」」」




