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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
59/65

59 涼正体を明かす

「私が……カオルです」

 二人はまだ呆然としている。


 《私はカオル様の使用人です。お二人が信用できるかどうか分からなかったものですから》

「そうでしたか……賢明な判断です」

 やっとカズヒロさんが口を開いた。


「ああ、本当にカオル様なんですね、こんなに大きくなられて……またお会いできて本当に嬉しいです」

 ミユキさんの目から涙が溢れた。



 四人で墓地のそばにある料理店に入った。


「クロユリさんは十七歳にしては少し大人っぽすぎると思っていたのです」

 ミユキさんが笑顔で話しかけてきた。

 《申し訳ありませんでした》

「かまいませんよ、カオル様を思ってのことですよね」

 《はい》

「カオル様は今までどうされていたのですか?」

「王国で賢者をしておりました」

「「えっ」」

 二人が固まった。



 《私が説明します。ミツナリ様はカオル様を王国の賢者様に預けられたのです。ですが六年前、賢者様が亡くなられ、以来カオル様が王国の賢者を務めてこられたのです》


「今はもう賢者ではないということですか?」

「はい、先日辞めました」

「何かあったのですか?」

「王国の国内の問題です。それ以上はお話しできません」

「そうですか、それで、今は何をされて?」

「王都で薬屋をやっています」


「あの……大変失礼ですが……今はお幸せですか?」

「はい、とても」

「そうですか、それを聞いて安心しました」



「カオル様、ミツナリ様と何をされているのか、お聞かせくださいませんか?」

 カズヒロさんが改まった口調で切り出した。


「実は今ミツナリ様の片腕となって動いているのはクロユリなのです。私はその報告を受けているだけです」

「クロユリさんはそれほどお二人から信頼されているのですね」

「はい」


 暫く間を置いて再びカズヒロさんが口を開いた。

「私達二人のことも信頼していただけないでしょうか。これからは私達にもお手伝いをさせてほしいのです」

「お申し出はとても有り難く思います、ですがこれからは危険が伴います。お二人を危険にさらすわけにはまいりません」

「遠慮はいりませんよ、何なりとお申しつけください」

 ミユキさんが笑顔でそう言った。

「ミユキはカオル様が可愛くて仕方がなかったのです」

「今もです、こうして会えたことが夢のようです」


 《ではとりあえず、お二人のことをミツナリ様に伝えます。あとはミツナリ様の判断に任せるということでどうでしょうか?》

「わかりました、ただ、私達はミツナリ様ではなくカオル様の力になりたいのです」

「そうです、カオル様のために働きたいのです」

「ありがとうございます、私も嬉しく思います。よろしくお願いします」

「「はい」」



 それから二人の家へ行き、カオルちゃんに場所を覚えてもらった。

 連絡はまたクロユリに手紙でしてもらうことにした。


 森に帰ってキキョウさんに報告する。

「二人とも信用できる方のようです。カオルちゃんのために働きたいと言ってくれました」

「それは心強いですね」

「はい、そのうちここへ連れてきた方がいいですよね」

「そうですね、一度は会っておきたいです」

「はい」


「カオル様はどう感じましたか?」

「とてもいい方たちのように感じました。私のことを思ってくださっているのがよく分かりました」

「よかったですね」

「はい、嬉しいです」


「僕は明日、ミツナリさんに伝えてきます」

「お願いします」

「それと、そろそろ寒くなってきたので、ローブを一着お願いできませんか、色はもちろん黒で」

「わかりました」




 皇国へ行き二人に会ったことをミツナリさんに話した。


「そうか、二人とも無事だったのか」

「それで、何をしようとしているのか教えてほしいと言われました」

「そうだな……今の状況は話しても構わんが、不確定なことは話すべきではないと思う」

「今後の予測ですか?」

「うむ、あくまで予測だからな、二人に先走られては困る」

「わかりました、余計なことは言わないようにします」

「たのむ」


「それから、教えてもらってカオルちゃんと一緒にお墓にお参りしてきました。とても立派なお墓でした」

「それで、カオルの様子はどうだった?」

「とても喜んでいました」

「そうか、それはよかった」


「会ってみますか?」

「もちろんだ」


「明日、帝国へ戻る。弟子たちに伝えておいてくれ」

「はい」




 ミツナリさんが帰ってきた。


「皇国に動きはありましたか?」

「いや、特にはない。だが帝国がこの春に開戦に踏み切ることを想定しておくよう教皇庁に伝えておいた」

「反応はどうでした?」

「それほど慌てた様子もなかったな」

「攻撃を受けるのは共和国ですからね」

「そういうことだろうな」


「二人に明日の夜会いたいと伝えてくれないか」

「わかりました」




 翌日ミツナリさんを案内して二人の家へ行った。


「久し振りだな」

「お元気そうで何よりです」

「お久し振りです。カオル様のこと、本当にありがとうございました」


「……そうだな、今はあの場にいられたことを心から感謝している」

 ミツナリさんは天井を見上げ、暫くの間、遥か遠くに思いを巡らせているようだった。


「どうされました?」

 ミユキさんが心配そうに訊いた。

「いや、二人を見たら、ついあの日を思い出してしまった」

「そうでしたか」


「あの日、カオルを助けたことが、今ここに繋がるとは思ってもみなかった」

「どういう意味ですか?」

「運命というのだろうな、カオルがいなければ、こいつがこの世界に来ることはなかった」

「こいつって?」

「クロユリのことだ」

「「えっ?」」

 《こいつ呼ばわりですか》

「すまん、つい」

「「………」」


「今では私はこいつを息子のように思っている」

 《初めて聞きました》

 《初めて口にしたからな》

「そしてカオルは私以上にこいつを信頼している」


「息子って……あの……分かるように説明してください」

「そうだな、これまでのことを話そう」


 ミツナリさんが、僕が男で、カオルちゃんの力によって別の世界から来たこと、向こうの技術を伝えたことなどを話した。


「信じ難い話ですが、ミツナリ様がおっしゃるのなら、信じましょう」

「私も信じます」

 《ありがとうございます》

 ウィッグをはずした。


「た、たしかに男性のようにも見えますが……」

 二人が驚いている。


「私はこいつに賭けたのだ。こいつのおかげで今世界が変わろうとしている」

「私の本当の名前はタテバヤシリョウといいます。そんな、大したものではありません」

「よ、よろしく」

「よろしくね、リョウ」

「はい、よろしくおねがいします」


「あの、これからカオルちゃんのお屋敷へってみませんか?」

「カ、カオルちゃんって」

「あはは、こいつはカオルをそう呼んでいるのだ」

「「えーっ」」



 ミツナリさんが扉を開くと二人はとても驚いた。

「これで別の場所へ行けるのですか?」

「そうだ、ついてこい」

 そう言うと先にトビラをくぐって行った。


「どうぞ、お先に」

「あ、ああ」

「はい」


 二人に続いて僕もくぐった。


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