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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
58/65

58 涼賢者の弟子に会う

 夜の闇に紛れて伯爵邸の裏口から中に入った。


「これがクロユリです」

 《クロユリと申します、お見知りおきを》

「噂と少し違う気がしますが……」

 《変装しております》

「そうでしたか」



「今一度お願いしますが、皇帝陛下にこの春の開戦を思い止まるよう進言していただきたいのです」

「タカダ殿は主戦派ではなかったのですか?」

「それは蒸気機関が完成するまでの話です、帝国の未来が開けた今、ここで開戦に踏み切るべきではないと考えます」

「あなたを信用しろと?」

「はい、私もエモト様を信用してこのようなことを申し上げているのですから」


「そもそも勝算はあるのですか?」

「共和国だけが相手なら勝てると思います」

「ということは?」

「王国あるいは皇国まで参戦するとなると勝つのは無理でしょう。そのために他国が介入しないよう、これまで工作を続けてまいりました」


「なるほど、ならば余計に今更戦争をやめることはできないでしょう」

「やめさせなくとも、あと数年時間を稼ぐことができれば状況は変えられると思うのです」

「その間にどれだけの軍事費がかかるとお思いですか? すでに国民は皆疲弊しております」

「では、エモト様は賛成されるのですか?」

「戦争が早期に決着できれば良いですが、長引いては財政が破綻します。今は軍の作戦を聞いた上で判断しようと考えております」

「その点については、仮にこの春に開戦ということになっても、蒸気機関の技術を供与することを条件に停戦に持ち込むことを考えております」

「なるほど、そこまで考えておられますか」

「そのために我が国が蒸気機関を完成させたという噂を各国に流しております」

「……ですが陛下や宰相がそれを許するとは思えませんが」

「その時にもお力を貸していただきたいと思います」

「そういうことですか……」


 暫く考えた後、エモト伯爵が口を開いた。

「タカダ殿のおっしゃりたいことは分かりました。ですが、いずれにしても私一人の力でどこうできる話ではありませんので、慎重派の貴族たちとも相談してみます」

「よろしくお願いします」


「タカダ殿」

「何でしょうか」

「くれぐれも慎重に行動なさるように」

「わかっております、私は今後も表向きは主戦派の立場をとりますので、ご理解いただきたいと思います」

「何故ですか?」

「戦争が始まってしまった場合にも作戦会議に参加するためです」

「なるほど、わかりました」

「今後はクロユリを使いにいたします」

 《よろしくお願いします》

「よろしく」


 挨拶をして伯爵邸を後にした。



 《エモト様はなかなか頭の切れる方のようですね》

 《その分何事にも慎重なのだろう》

 《感情で動く方ではないということですね》

 《そうだな》


 《次の会議はいつですか?》

 《一週間後だ》

 《私にできることはもう何もありませんが……》

 《焦っても仕方がない、ここは様子を見よう》

 《はい》

 《私は暫く皇国へ行く、何かあったら報せてくれ》

 《わかりました》




 次の日、いつものように魔術の訓練を終え訓練場を出たところで突然念話が届いた。


 《カオル様?》

 魔力を感じた方向に目をやると道の向こう側、五十メートルほど先に一人の女性が立ってこちらを見ていた。年齢は三十代半ばだろうか。

 《あなたは誰ですか?》

 《や、やはりカオル様なのですね!!》

 《いいえ、私の名はクロユリといいます》

 《……申し訳ありません、少し取り乱しました。あの……先日シノダ伯爵の屋敷へ行かれましたね》

 《見ていたのですか》

 《はい、それで確信しました》

 《あなたは賢者様にゆかりのある方なのですね》

 《そうです!》

 《もし仮に、私がそのカオル様だとして、今ここで、はいそうですと名乗ると思いますか?》

 《それは……そうですね……でしたら手紙を届けます。その内容を信じていただけたら、会ってお話をさせてください》

 《私に悪意があったらどうします?》

 《あなたを信じます》

 《でしたら、手紙を待つことにします》

 《ありがとうございます》

 そう言うと女性は立ち去った。


 考えられるとしたら、あの人は賢者様の弟子ということだろうか。

 カオルちゃんには黙っておいて、手紙が届くのを待つことにしようと思った。



 翌日手紙が届いた。

 手紙には彼女はやはり賢者様の弟子で、弟子はもう一人いること、これまでずっとミツナリさんの動向を探っていたところ最近になってクロユリが現れ、シノダ伯爵邸へ行ったことで確信したと書かれていた。そして最後に昨日の場所で待っていると書いてあった。

 カオルちゃんの味方は少しでも多い方がいいので、とりあえず話を聞いてみようと思った。



 夕方、訓練場を出ると彼女が昨日の場所に立っていた。

 《ついてきてください》

 《はい》

 意識操作の術を使い距離を保ちながら彼女について行くと、路地裏の小さな家の前で立ち止まった。

 《私たちの家です、入ってください》

 《はい》

 彼女について中へ入ると一人の男性が待っていた。やはり三十代半ばに見える。

 促されて椅子に座る。


「私たちは夫婦です。私はミユキ、これは主人のカズヒロです」

「本当にカオル様なのですか?」

 カズヒロさんが訊いてきた。

 《詳しいお話を聞かないうちは信用できません》

「もっともです、あの、もう念話でなくても構いませんが……」

 《声が出ないのです》

「おお、なんとおいたわしい」

 ミユキさんが悲しそうな表情を浮かべた。少し心が痛む。


 ミユキさんがお茶を運んできた。カズヒロさんが話を始める。

「私達は二人とも賢者様の弟子でした。あの日はたまたま外出していて難を逃れました」

 《私がそのことを知ったのはつい最近なのです》

「そうでしたか。それはミツナリ様からですか?」

 《はい》

「最初、私達はミツナリ様を疑いました。ですが、ミツナリ様がカオル様を連れて逃げ出したことが分かり、次に疑ったのは宰相でした」

 《ミツナリ様も命じたのは宰相と軍の方たちだと》

「お聞きになっていましたか」

 《はい》


 ミユキさんが口を挟んだ。

「ミツナリ様は今になって全てを話されたのですね」

 《はい》

「それで帝国に戻ってこられたのですか?」

 《はい》


 カズヒロさんが続けた。

「ミツナリ様が何をなさろうとしているのか、私達に教えてもらえませんか?」

 《ミツナリ様次第です》

「訊いていただけますか?」

 《訊くだけでしたら、かまいません》


 《私もお二人にお訊きしたいことがあります》

「何でしょう?」

 《両親のお墓の場所です》

「……そうですね……」

 ミユキさんの目から涙が溢れ、言葉に詰まった。かわりにカズヒロさんが答えてくれた。

「もちろん知っていますから、ご案内します」

 《ミツナリ様もご存知なかったのです》

「当然でしょうね、いつがよろしいですか?」

 《明後日は仕事がありませんから、それで良ければ》

「わかりました。でしたら明後日の午後一時に帝都の東にあります共同墓地の入口の前でお待ちしております」

 《ありがとうございます》


 二人と別れ、魔術院の部屋から森へ帰った。



 カオルちゃんにお墓の場所が分かったことを伝えた。

「お墓は帝都の東にある共同墓地にあるみたいだよ」

「どうやって分かったのですか?」


 二人のお弟子さんに会ったこと、僕がカオルちゃんの振りをしていることを伝えた。

「信用できるのですか?」

 キキョウさんが心配そうに訊いてくる。

「大丈夫だと思います、ただ本当のことを話すのはもう少し様子を見てからでもいいと思います」

「そうですね、くれぐれも慎重に行動してください」

「はい、わかっています」


「私も行っていいですよね?」

「うん、またメイドの振りをしてね」

「わかりました」




 二日後、花束を買い馬車で墓地へ行くと、二人はすでに待っていた。

 《ありがとうございます》

 カオルちゃんと二人で頭を下げた。

「お礼なんてとんでもありません」

 ミユキさんが恐縮した。

「では、ついてきてください」

 カズヒロさんについて墓地の中を進む。

 広大な墓地は綺麗に整備され、掃除も行き届いていた。

 立派な石碑が並ぶ一画に着いた。


「ここです」

 石碑には二人の名前が刻まれている。

 賢者高橋文雄とその妻和代。

 カオルちゃんの本当の苗字を初めて知った。


 二人でひざまづき花束を置いて両手を合わせる。

 横を見るとカオルちゃんの目から涙が溢れている。思わず僕の目からも涙が流れた。

 しばらくそのまま動くことができなかった。


 立ち上がり振り返ると二人の目にも涙が浮かんでいた。

 《ありがとうございました。やっと念願がかないました》

「ご案内できて良かったです」

「お二人もさぞお喜びのことと思います」


 この二人を信じようと思った。



 《申し訳ありませんでした!》

 二人に深々と頭を下げる。

「「えっ?」」


 《実は、こちらが本物のカオル様です》

「「えええーっ!!」」

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