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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
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55 涼ブランデーを振る舞う

 結局、料理は食べずに礼を言って店を出た。ミツマサさんは微妙な顔をしていた。


「すっかりリョウを巻き込んでしまいましたね」

「構わないよ、好きでやってることだし」

「ですが、リョウがこれほどこの世界のことを考えくれていることを、ほとんどの人が知らずにいるのは申し訳ない気がします」

「気にしなくていいよ、前にも言ったけど僕は地位とか名誉とかには興味ないから」

「ほんとにおかしな人ですね。人は欲のために生きるのだと本に書いてありましたよ」

「カオルが知っててくれれば、それでいいよ」

「でしたら、私がしっかりと見届けます」

「ありがとう」

「はい」



「何か見られている気がしますが……」

「皇国では黒目黒髪がすごく珍しいんだって」

「そうでしたか」

「おまけにカオルはすごい美人だから、なおさらだね」

 カオルちゃんが赤くなった。


「あのね、神殿の庭がね、すごく綺麗なんだよ。神殿もすごいし」

「見てみたいです」

「うん、いつか見せたかったんだ」



 神殿を見たカオルちゃんが驚いた。

「これは素晴らしいですね」

「でしょ?」

  中をゆっくり見て回る。

「あれは女神様ですか?」

「アマテラス様と言うらしいよ」

「へーっ」

「日本の神様だけどね」

「本当ですか?」

「うん」


 神殿を出て庭に向かった。

「もっと驚くと思うよ」

「楽しみです」


 庭を見たカオルちゃんは言葉を失ってしばらく立ち尽くしていた。

「なんて美しいのでしょう」

「もう秋の花が咲いてるんだね」


 手を繋いでゆっくりと散歩する。傍から見れば不自然に見えるかもしれないが、気にしないことにする。

「いつの間にか秋になってたんだね」

「早いものですね」

「あれっ、そういえば、とっくに誕生日を過ぎてるよ」

「えっ」

「十九になってる」

「いつだったのですか?」

「八月十五日だよ。カオルは?」

「私は……誕生日を知りません」

「えっ! そんな……」

 衝撃の事実だったが、ミツナリさんがそんなことを知っているはずもないと納得した。


「じゃあ、カオルの誕生日は僕と同じ日にしよう。向こうでは誕生日にパーティーを開いてお祝いをするんだよ」

「そうなのですか?」


「カオルは十七になったんだよね」

「そうです」

「十七歳、おめでとう」

「ありがとう。リョウも十九歳おめでとう」

「うん、ありがとう」



 森に帰って一週間後に誕生パーティーをすることをキキョウさんに伝えた。

「なぜ一週間後なんですか?」

「プレゼントを用意しようと思ってね」

「そういうことですか」


 ちなみにキキョウさんは四月生まれで、メイドさんたちは十一月生まれだった。

 キキョウさんも一緒にと言ったら、もうそんな歳ではないと断わられた。



 パーティーは僕の家ですることにした。

 ケーキを予約して、メインの料理はステーキにしよう。

 プレゼントはもう決めてある。僕には何もいらないと断わった。あくまで主役はカオルちゃんだ。


 一週間が経った。


 テーブルの上には料理とシャンパン、バースデーケーキが乗っている。

「ロウソクの火を吹き消すんだよ」

「リョウも一緒に」

「うん」

 二人でロウソクの火を吹き消した。

 記念の写真も撮った。


 キキョウさんのプレゼントは暖かそうな肩掛け、メイドさんたちからは膝掛け、そして、お母さんからは化粧品のセットだった。

「ありがとう、とても嬉しいです」

「じゃあ、最後は僕からのプレゼントね」

 部屋に隠しておいたプレゼントを持ってリビングに下りた。


「誕生日おめでとう」

 渡したのは真っ白なドレス。

 いつも黒いドレスを着ているカオルちゃんに、たまには違う色の服を着てもらいたかったからだ。いつもの仕立屋さんに頼んで仕立ててもらった。


「これは……」

 カオルちゃんの目から涙が溢れた。

「とてもきれいです……ありがとう」


「早速着てみてはどうですか?」

「はい」

 キキョウさんに促されアサガオさんとリビングを出て行った。



 戻ってきたカオルちゃんを見てみんながため息をついた。

「はーっ、すごくきれいです」

 いつものように最初に口を開いたのははユウガオさんだった。

「まるで妖精のようです」

「とてもお似合いです」


「やっぱりカオルちゃんは何を着ても似合うね」

 お母さんがそう言った。

「それって……」

「あー、ごめん、そういう意味じゃなくて、すごく似合ってるよ。せっかく可愛いんだから、これからも黒以外の服を着るともっと可愛いと思うな」

「では、これからは違う色の服も着るようにします」

「うん、でもこれ、まるでウエディングドレスだね」

「「「「「「………」」」」」」

 みんなが固まった。



 いつものように片付けをしながら話す。


「いきなりあんなこと言うから、みんな引いちゃったじゃない」

「えっ、だって、ほんとにそう思ったんだから、しょうがないじゃない」

「………」

「いつかカオルちゃんが本物のウエディングドレスを着たところを見てみたいなー」

 わざとらしい口調だ。

「孫の顔も見てみたいしぃ」

「あのね、まだそんなんじゃないから」

「そうなの?」

「そうなのっ!」




 そして、ついに蒸気機関車の試作機が完成した。機関車といっても試作機なので自動車ほどの大きさしかない。

 機関車を工場の外に敷設してあるレールにセットする。レールの長さは百メートルほどだ。

 煙突から煙が上がり、車体からは蒸気が溢れている。


「始め!」

 サトウさんが号令をかけた。

「はいっ!」

 機関士はカツヒコさんだ。

 工場の人たちが見守る中、機関車は蒸気を吐きながらゆっくりと動き始めた。


「おおおーーーっ」

 大きな歓声が沸き起こった。


 《やりましたね、おめでとうございます》

「おお、なんとかなったな」

 《すぐにタカダ様に報告してきます》

「たのむ」



 二日後、皇帝に宰相、その他の重臣たちの立会いのもと機関車の試運転が公開された。

 帝都にいる貴族たちも大勢出席している。サトウさんが蒸気機関について説明した。

 そして、機関車が動き始めると盛大な拍手と歓声が上がった。


「すばらしい、よくやってくれました」

 皇帝も満足そうだ。

「これはまだ試作機でございます、次は実用に耐える、もっと大型の物を作りますので、宰相様には鉄道網の計画をお願いしたいと思います」

 ミツナリさんが説明する。

「そうだな、鉱山と帝都を結ぶのが最優先になるか?」

「そうなると思います」

「このレールという物を大量に作らねばならんな」

「はい、専門の工場が必要かと」

「わかった」



 そして、出席者全員にブランデーを振る舞う。お酌をして回った。

 《いつの間にこんな物を……》

 《皆さんを驚かせようと思いまして》

 《まったく……》

 またサトウさんが作り方を説明した。

 実際には日本から持っていった物を半分混ぜたものだったが評判は上々だった。


「いかがでしょうか?」

 ミツナリさんが皇帝に訊いた。

「実にうまい、これを我が国で作ったというのか?」

「はい」

「……向こうの世界の技術は大したものだな、これからもよろしく頼む」

「はっ」

「クロユリもご苦労であった」

 《ありがとうございます》


 サトウさんがブランデーを片手に、機関車を取り囲む人たちに笑顔で説明をしている。

 それを聞く人たちも皆上機嫌だった。



 いよいよ時代が変わり始める。期待と不安が入り混じっていた。


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