53 涼皇帝に会う
カオルちゃんがネットで取り寄せた本をサトウさんに届けに行った。
《とりあえず二冊です》
「おお、助かる。それでタカダ様の方はどうなった?」
《納得してくれました》
「やったな」
《あとは宰相様次第です》
「うまくやってくれ」
《なんか、やる気になってませんか?》
「そう見えるか?」
《はい》
「そうか……」
「明日の午後、公邸に来るようにと報せがあったぞ」
《そうでしたか、いよいよですね》
「そうだな」
《私のことを向こうの世界の人間だと紹介してください》
「いいのか?」
《そう言わないと蒸気機関を知っていることの説明がつきません》
「確かにそうだな、仕方ないか」
《はい、図面も手に入りそうですし、サトウさんもやる気になっています》
「そうか、では宰相の許可が下りたら、弟子達にも話してみる」
《私も同席した方がいいですか?》
「いや、その必要はない。お前のことはまだ伏せておく。カオルのことまで話さなくてはならなくなるからな」
《ありがとうございます。でも、いずれ話す時がくるかもしれませんね》
「その時はその時だ」
《そうですね》
皇帝陛下に会うために二人で公邸へ向かった。
新しい方の服を着て、口紅もつけた。
正式な謁見ではないということだが、やはり緊張する。
《あまり余計なことを言うなよ》
《心得ています》
公邸の応接間には皇帝陛下とお后様、宰相と三人の兵士がいた。
皇帝は五十代くらいか、ユカリさんから聞いた通り温厚そうな小太りの人だった。お妃様はさすがに美人で優しそうな人だ。
そして宰相は、カオルちゃんの両親を暗殺した張本人だと思うと嫌悪を感じる。顔に出さないように気をつけよう。
ミツナリさんに倣ってお辞儀をする。
「これがクロユリです。あちらが宰相のハシモト様だ」
《クロユリと申します。お目にかかれて大変光栄に存じます》
「おおーっ、噂に違わぬ美しさだな」
そう言いながらも値踏みをするような視線を投げかけてくる。
《お褒めにあずかり恐縮です》
「鉱山ではミツナリの弟子を救ったそうだな」
皇帝が声を掛けてきた。
《たまたまでございます》
「そうか、それに、聞くところによれば新しい術を魔術師たちに教えてくれているそうだが」
《はい、微力ではございますが何かしら貢献できればと考えております》
「よい心がけだ、これからもよろしく頼む」
《もったいないお言葉、痛み入ります》
ミツナリさんが口を開いた。
「陛下に申し上げたいことがあります」
「何だ?」
「実はクロユリは向こうの世界の人間なのです」
「それはまことか?」
《はい》
「それで、クロユリから一つ提案がありまして」
「申してみよ」
「はっ、蒸気機関というあちらの世界の機械を我が国で作ることです」
「どのような機械なのだ?」
皇帝が身を乗り出して訊いてきた。
「石炭で湯を沸かし、蒸気の力で機械を動かす仕組みです」
「それが何の役に立つのだ?」
「馬がなくても走る車や人が漕がず風がなくても動く船が作れます」
「そんなものが作れるのか?」
「はい、力も強く一度に大量の物資や人員を運ぶことができるようになります。蒸気船ならば海から王国に攻め入ることも可能になります」
「それはまことか?」
「はい、図面も技術者も確保してあります」
皇帝と宰相が互いに目を見合わせた。
口を開いたのは宰相の方だった。
「それで、どうすればいい?」
「場所と設備と人員を貸して頂きたいのです」
宰相が皇帝を見る。皇帝が頷いた。
「わかった、ミツルギ町の軍需工場に場所を用意させよう」
「では早速準備にかかります」
「よろしく頼む」
「はっ」
「うまくいったらクロユリに褒美を与えなくてはならんな」
皇帝が笑顔で話しかけてくる。
《とんでもございません、少しでも帝国のお役に立てればと思っております》
「うむ、これからもよろしく頼む」
「私からもお願いしますね」
お后様も笑顔だ。
《もったいないお言葉です》
深々とお辞儀をした。
これを機に漆黒の魔女の名声はますます広まり、魔術院の廊下ですれ違う人が立ち止まって頭を下げるまでになった。
そして、何と魔術院に部屋がもらえて、給料ももらえることになった。
数日後、ミツナリさんと一緒に工場を見に行った。
サトウさんが忙しそうに作業員の人たちに指示を出している。
僕たちに気付くと駆け寄ってきた。
新しい資料を手渡す。
「ありがたい、なんでもいいからもっと集めてくれ」
《わかりました》
「調子はどうだ?」
「今のところは順調だな」
「そうか、それは良かった」
「行き詰るとすればこれからだ」
《何か手伝えることはありますか?》
「そうだな、助手がほしい。一人ではもう限界だ」
「確かにそうだろうな、それで、どんな人間が望みだ?」
「できれば、向こうの世界の人間だが、無理なら、少しでも向こうのことを分かっているやつだな」
《理由は?》
「言ってることが伝わらないんだ。何せ見たことのない物を作っているんだから無理もないがな」
《カツヒコさんはどうでしょう?》
「そうだな、一度ここへこさせよう」
「心当たりがあるのか?」
「ああ、私の弟子だ、しばらく向こうへ行っていた」
「それは助かる」
《期待してますよ》
「ああ、まかせとけ」
そう言ったサトウさんの顔はとてもイキイキとしていた。
気付くともう夕方だった。
「久し振りにあそこで食事にするか」
《もったいないです》
「遠慮するな、ブランデーの礼だと思え」
《それでしたら遠慮なく》
料理を食べながら話をする。
《それにしても、お前もずい分と有名になったものだな》
《有名になるというのは、何かくすぐったいものですね、特に何かをしたわけでもないのに》
《いや、相当に色々やらかしていると思うがな》
《そうですか?》
《自覚がないところが怖ろしいな》
《それは褒めてるんですか?》
《もちろんだ》
《空気砲はどうなっている?》
《順調です、一部の者はもうすでに次の段階へ進みました》
《そうか、それは頼もしいな》
《攻撃系の術も教えた方がいいでしょうか?》
《いや、無闇に広めるのは感心しないな。リンも昔、カオルには攻撃系の術は教えないと言っていた》
《それで何も使えなかったのですか》
《リンは魔術は平和のために使うべきだと考えていたからな》
《そうでしたか》
《蒸気機関、完成するといいですね》
《そうだな、世界が変わるか……》
《向こうの歴史が再現されるのをこの目で見られるんですね、いやでも期待してしまいます》
《本当に以前お前が言ったように、この世界は向こうと同じ道を辿ることになるのだろうか?》
《どうでしょう?》
《おいっ、必ずと言ったではないか》
《そんなこと言いましたっけ?》
《……まったく》
《冗談です》
《………》




