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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
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50 涼油田を見る

「技術的には問題ないと思うが、資料がないと無理だな」

 《出来る限り用意します。足りなければ日本に探しに行きましょう》

「しかし……いきなりそう言われてもな」

 《蒸気機関を発明すれば、あなたはこの世界の歴史に永遠に名を残すことになるのですよ》

「確かにそれは技術屋としては、なかなか魅力的な話だな」

 《やっていただけますか?》

「事務仕事は性に合ってないからな、楽しそうだが……資料次第だな」

 《何とか春までに試作機を完成してほしいのです》

「やってはみるが、約束はできないぞ」

 《はい、やれるだけやってみましょう》


「場所や設備はどうする?」

 《宰相様の許可と協力が必要でしょうから、タカダ様に相談してみます》

「そっちは任せた」

 《このことはまだタカダ様にも話していないので、しばらくは秘密にしておいてください》

「わかった、資料が手に入ったら届けてほしいが……」

 《わかりました》


「もし完成したら……大変なことになるんだろうな」

 《はい、世の中がひっくり返りますね》

「そうだな、久し振りに夢でも追ってみるか」

 《はいっ》



 魔術院に戻りサトウさんと別れた。


「話は済んだのか?」

 《はい、いずれ詳しくお話ししますので、しばらくお待ちください》

「わかった」


 《あの……マルヤマの町へは行ったことがありますか?》

「ああ、あそこでも魔物を捕まえるが、行ってみたいのか?」

 《はい、一つ確認したいことがあります》

「そうか、ではすぐに連れていってやる」

 《お願いします》


 トビラを二度くぐってマルヤマの町に着いた。そこは町の入り口の脇だった。

「鉱山にも行っておくか」

 トビラをくぐった先は中央の広場だった。辺りの景色を記憶する。


「もう戻ってもいいかな?」

 《はい》

 またトビラを二度くぐって帰ってきた。


 《明日行ってこようと思います》

「何かをしようとしているのだな」

 《はい、楽しみにしていてください》


「そういえば、カツヒコが戻れるのはいつだったかな?」

 《明後日の午後になると思います》

「では、ここで待っているとしよう」

 《はい、それでは森へ帰ります。いろいろありがとうございました》



 森のお屋敷へ戻って、サトウさんが引き受けてくれたことを話した。

「うまくいくといいですね」

「次はミツナリさんに宰相を説得してもらわないといけないけどね」

「納得していただけるでしょうか」

「そのためにネットを見てもらおうと思うんだ」

「それがいいですね」

「会ってみる?」

「もちろんです」


「カオルはもう石油のことは知ってるよね」

「はい」

「帝国には油田がありそうなんだよ」

「えっ」

「だから明日、このあいだとは別の鉱山へ行こうと思ってるんだ」

「時間さえあれば、帝国は大陸で一番豊かな国になれるのですね」

「そういうことになるね」

「やはり、戦争なんてしている場合ではありませんね」

「うん、そのことをまずミツナリさんに納得してもらわないと」



 翌朝、マルヤマの町へはユウガオさんと一緒に行くことになった。

 まずはサカイさんを探さないといけない。

 ユウガオさんがはしゃいでいる。

「早く行きましょう」

「はいはい」


 マルヤマの町は炭鉱の町だった。並んだ馬車の荷台には石炭が高く積まれている。

 町の規模はアシベツと同じくらいだろう。

 《ここが帝国ですか?》

 《そうだよ》

 《涼しいですね》

 《北の辺境だからね》


 《まずは、サカイさんという兵士を探さないといけないんだよ》

 《私が訊いてきます》

 《うん》


 ユウガオさんが一人の兵士に走り寄り、何か話すと戻ってきた。

 《サカイさんは今、鉱山の方だそうです》


 一旦町の外に出て、鉱山にトビラを開いた。

 トビラをくぐると一人の兵士が近づいてきた。


「あなたはもしや……魔女様ですか?」

 《クロユリと申します。タカダ様の従者ですが……》

「おお、やはりそうでしたか、噂通りの美しさですね、お会いできて光栄です」

 《ありがとうございます、これは使用人のユウガオと申します》

「ユウガオです、よろしくお願いします」

「あっ、申し遅れました、私はマルヤマ第二班班長のヒグチと申します。本日はどのようなご用件で……」

 《調べたいことがあって参りました。それで、マルヤマを訪れた際にはサカイさんを訪ねるようにとアシベツのハセガワさんに伺ってまいりましたが、どちらにいらっしゃるでしょうか》

「サカイでしたら多分、兵舎にいると思います。呼んできましょうか?」

 《いいえ、案内していただけると嬉しいですが》

「はっ、よろこんで」


 ヒグチさんの後について兵舎に入ったとたん兵士たちの注目を浴びた。

「誰かお茶をご用意しろ!!」

 ヒグチさんがそう叫び、応接室のような部屋に通された。

「すぐに呼んで参ります。むさくるしい所ですが、しばらくここでお待ちください」

 《ありがとうございます》


 若い兵士がお茶を運んできた。

「ありがとうございます」

 ユウガオさんがにっこり笑って受け取る。

「ど、どういたしまして」


 ヒグチさんが一人の兵士を連れて戻ってきた。

「私が第一班班長のサカイです。お見知りおきを」

 《クロユリと申します、本日は突然のことで申し訳ありません》

「とんでもございません、お会いできて光栄です」

 《そんなに畏まらないでください。私はただの従者ですから》

「いえいえ、クロユリ様のお噂はすでに町の者全てに伝わっておりますから」

「へーっ、そうなんですか?」

 《ユウガオ、失礼ですよ》

「あっ、はい、ごめんなさい」

「あははは、構いませんよ、可愛らしいメイドさんですね」

 《申し訳ありません》


「それで、本日はどのような……」

 《はい、鉱山を見学したいのと、燃える水のことを教えて頂きたいのですが》

「見学はもちろんかまいません。油ならここから西へ二キロほど行った場所に湧いております」

 《ありがとうございます。では早速見学させていただきたいと思います》

「ご案内します」

 《よろしくお願いします》


 ヒグチさんについて坑道のそばまで来た。

 いくつのも入口が見える。そしてアシベツと同じように石炭が山積みになっていて、たくさんの鉱員が忙しそうに馬車に積み込んでいて、中には女性も混じっている。


 《冬も作業はできるのですか?》

「ここは無理です、雪で埋まりますから。掘ることはできても、運ぶことができなくなります。アシベツも同じです」

 《そうですか、その間皆さんはどうされるのですか?》

「ほとんどの者が出稼ぎですから、家に帰ることになります」

 《厳しいですね》

「仕方がありません」

 《もし戦争になったら、ここの人たちも戦場へ行くことになるのでしょうか?》

「たぶんそうなるでしょう。ですから今どこの鉱山も増産するよう国から命じられています」

 《そうですか》


 《南の山脈にも鉱山はあるのですか?》

「はい、以前駐屯していたことがあります」

 《何が採れますか?》

「一番多く採れるのは銅ですが鉄や鉛や錫など他の鉱石も採れます。わずかですが金や銀も採れます」

 《石炭が採れるのは北の山脈だけなのですか?》

「私の知っている限りではそうです」

 《わかりました》


 《油は利用されているのですか?》

「はい、燃料やランプに使います。ただ遠くまで運ぶことができないので、この辺りだけで使っております」

 《ここ以外にもありますか?》

「はい、聞いたことはありますが、詳しい場所までは覚えておりません」

 《そうですか》



 《少し休んで昼食の後、油を見に行こうと思います》

「では、料理店にご案内します」

 《お願いします》


 ヒグチさんに勧められた店でお茶を飲む。

 《どう思う?》

 《私は恵まれていると思いました。カオル様に感謝しないといけませんね》

 《メイドの仕事のこと?》

 《はい、あんな重労働ではありませんし、美味しい物を食べさせてもらえる上に、綺麗な服も着させてもらっていますから》

 《よかったね》

 《はい》

 にっこり微笑んだ。



 昼食を終え店を出ると、ヒグチさんがやってきた。

「馬車でお送りしますが……」

 《ありがとうございます、ですが魔物が出る可能性もありますから歩いて行きます》

「そうですか、私共がいては却って足手まといになりますね」

 《お気になさらないでください、今日はありがとうございました》

「では、お気をつけて。またぜひお会いしたいものです」

「ありがとうございました」



 途中魔物に遭遇することもなく、油が湧いている場所に着いた。そこも鉱山と同じように木の柵で囲まれていたが鉱山ほど広くはなかった。

 噂はここまで伝わっているようで、すぐに中へ入れてもらえた。


「ここの責任者のタカスと申します」

 《クロユリと申します。タカダ様の従者です》

「やはりそうでしたか、それで何故このような辺鄙なところへいらしたのですか?」

 《油を採るところを実際に見てみたいと思いまして》

「そうでしたか、ご案内しますので付いてきてください」

 《ありがとうございます》


 タカスさんが油の湧いている場所へ案内してくれた。

 作業員の人たちが真っ黒になりながら、ひしゃくで油をすくって桶に入れ、その桶を別の作業員が担いで馬車に積み込んでいる。


 《ここでは昔から油を採っていたのですか?》

「いいえ、鉱山が発見され、採掘が本格的になってからになります。それまではこんな所に人が来ることはなかったはずですから。まあ、それでも昔と言えば昔ですか」

 《そうでしたか、他にも油が湧いている場所はありますか?》

「そうですね、この辺りだけでも五箇所ほど確認されています」

 《わかりました》



 《ありがとうございました。今日はこれで帰ります》

「また来てくださいとはとても言えませんが、お会いできて感激しております」


「さようなら」

 ユウガオさんが手を振った。


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