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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
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05 賢者様は悩んでいた

 リョウって呼び捨てにされたのが、嬉しかった。

 なんかくすぐったい。


「時計って、ありますか?」

「あそこにあります」

 指差す方を見ると、見たことのない機械が置いてある。振り子ではなくて重りで動くタイプみたいだ。

「時間って……一日は二十四時間だったりする?」

「はい」

「今、何時?」

 カオルちゃんが時計に近づいてから答えた。 

「もうすぐ九時ですね」

 ポケットからスマホを取り出して時間を確認する。

(だいたい合ってる)

 ん?

 カオルちゃんが僕の手を覗き込んでいる。

「あ、これはスマホといって……あー……遠くの人と話をしたり、いろんな情報を得たりできる機械なんです」

「よくわかりませんが、あちらはずい分、文明が進んでいるのですね」

「うん、きっと聞きたいこと、いっぱいあるよね。明日からいろいろ教えてあげるから」

「はいっ、おねがいします」


「それで、さっきの話なんだけど、明日、昼の二時にトビラを開いてくれないかな。僕の部屋に」

「わかりました」


 食事のお礼を言ったら、みんなからとんでもないと言われた。

「あんなおいしいものを食べさせてもらって、お礼を言うのはこちらの方です」

 カオルちゃんも喜んでくれた。

(またみんなで食べようね)


 お別れと、明日の再会を約束してトビラをくぐった。


 シャワーを浴びてパジャマに着替え、ベッドに横になる。


 今日はいろいろあったな……

 順を追って思い出してみる。

 一番の問題は、帝国か。しばらくおとなしくしていてくれるといいけど……

 こっちの被害もなんとかしたいな。

 時間はあまりないのだろう。のんびりはしてられないな。

 って、ひょっとして僕は、向こうで生きることを望んでる?

 ワクワクしてるのがわかる。

 こんな気持ち……初めてかな?

 だけど、僕は非力で、無力で……知識だけならカオルちゃんの力になれるかな。

 そういえば、僕には魔力があるって言ってたけど、お母さんにもあるのかな。

 ちょっと疲れたな……


 いつの間にか眠ったらしい。お母さんの帰ってきた音で目が覚めた。

 おつかれさま。心の中でそう言って、もう一度眠る。

 お母さん何て言うかな……



 下へ降りてゆくと、お母さんは昼食の支度をしていた。

「おはよう」

「めずらしく遅いね、目玉焼きとウインナーでいいかな?」

「うん」

 僕は食パンをオーブントースターに入れてセットする。

「お湯沸いてるから」

 食器棚からマグカップを二つ出してティーバッグを入れる。

 お湯を注ぎながら

「ちょっと話があるんだけど」

「なに?」

「食べながら話すよ」


 テーブルに向かい合って座る。

「会ってほしい人がいるんだ」

「えーっ、もしかして彼女ができたの?」

「そ、そんなんじゃないって……女の子なのは確かだけど」

「へーっ、それで、どんな関係?」

「だから、そんなんじゃないって言ってるでしょ。とりあえず黙って最後まで聞いて」

 僕は昨日のことをかいつまんで話す。


「うーん、にわかには信じられないけど……」

「だよね」

「それで、私はどうすればいいの?」

「別に何もしなくていいけど、とりあえず受け入れてほしい。それと、他の人にはナイショにして」

「わかった、その子が目の前に現れたら、信じるしかないよね」

「うん、ありがとう。二時に僕の部屋に来るから、その目で確かめて」

「はいはい」

「信じてないでしょ」

「あははは」

「もーっ」


 二時になった。

 目の前にあの光が浮かび上がる。

 その向こうに二人の人影が見える。

(キキョウさんも一緒ですか、そうですか)



 先に口を開いたのはカオルちゃんだった。

「はじめまして、タチバナカオルと申します。こちらは執事のキキョウです」

「執事のキキョウです。この度はご子息にいろいろとご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 お母さんは口を開けて呆然としている。

「これは母のタテバヤシハヅキです」

 まだ呆けている。

「おかあさん、しっかりしてよ!」

「えっ、あっ、ごめん。えーっと、リョウの母親のハヅキです。は、はじめまして、よ、よろしくおねがいします」

(はぁーっ、うろたえすぎだ。気持ちはわかるけど)


 リビングに下りて、仕方ないので僕がお茶をいれる。ティーバッグじゃない、ちゃんとポットでいれた。

(口に合うかな?)

「あの、おかあさん? 少しは落ち着いた?」

「う、うん、だいたいはだいじょうぶ」

(なにそれ)


「さっきも言ったけど、これから僕はこっちとあっちを行き来することになると思う。それと、カオルちゃんたちがこっちに来てても驚かないでね」

「わかった。でもあっちは安全なの?」

「今のところは安全だと思います。ただ、隣国の動き次第ということになります」

 カオルちゃんが答える。

「戦争が起きるかもしれないということ?」

「ないとは言えません」

「そんなところに息子を行かせるのはちょっと……」

 お母さんが僕の方を見ながら口篭る。

「当然ですね。でも戦争を回避する方法を見つけるためにも息子さんの知恵と知識をお借りしたいのです」

「なにもリョウでなくてもいいのでは?」

 うつむくカオルちゃん。


「話してなかったけど、あの怪物を送り込んでいるのは、その隣国かもしれないんだ」

 話をそらす。

「だったら、なおさら……」

 キキョウさんが口を挟む。

「もし仮に、その証拠を手に入れたとして、この国に助けを求める手段はあるとお思いですか?」

(ナイスフォロー)

「えっ、えっと……まず、マスコミに情報を流して、世間に広めて、それを国のトップが信用したら、何らかの形で接触を………どうかなぁ?」

 考え込んでいる。


「誰か偉い人に知り合いがいれば……か」

「なるほど。あちらの存在はあまり知られたくはないのですが、その線はハヅキ様にお願いできますか?」

「ええええーーーっ、わたし?」

(まず無理だろう。キキョウさんグッジョブ)



「リョウでなくてはいけない理由はあるのです」

 カオルちゃんが小声で呟いた。

「「「えっ」」」


「お話しすべきか、ずっと悩んでいたのです……」

 皆がカオルちゃんの顔を覗き込む。

「昨日の質問の、必然の可能性についてですけど……」

 そういえば、それについて聞いてなかったことを思い出す。


「あの時、私が感じた魔力はリン様のものだったのです」

「そ、それはどういうことですか?」

 珍しくキキョウさんが取り乱している。

「リョウの魔力は、リン様にそっくり……ううん、まったく同じに感じるんです」

「「「………」」」


 皆黙ったまま、カオルちゃんの次の言葉を待っている。

「これはあくまで、私の推測ですが、リン様は亡くなる間際、最後の力でトビラを開いて、何らかの魔術で魂を切り離し、こちらの世界へ逃がしたのではないかと……」

「間違いないのですか?」

 キキョウさんが念を押す。

「今もリョウからはリン様の魔力が感じられます。それに、こちらの人達には何故か魔力がまったくありません。それなのにリョウには魔力があります」

「リン様なら……それくらいできそうですね」

 キキョウさんが頷いている。

「私にはリン様の魂がリョウを選んだことが、偶然だとは思えないのです。リン様はリョウに全てを託されたのだと思います」

 カオルちゃんの目からは涙が溢れ頬を伝っている。


 聞きたいことがあったけど、それは次の機会、お母さんのいないところで聞こうと思った。


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