49 涼服を新調する
森へ帰ってヒルガオさんと二人で、見てきたことを話した。
宝石の原石は洗ってみると磨いた物とは別の美しさがあって、みんな喜んだ。
「次は私を連れて行ってください」
アサガオさんがそう言うとユウガオさんも口を開いた。
「えーっ、私も行きたいです。姉様は皇国に行ったじゃないですか」
「いや、今回は帝都へ行ったわけではないから、鉱山なんか見ても面白くないよ」
「そんなことはありません、行ったことのない場所にはとても興味があります」
「私もです」
「じゃあ、今度また別の鉱山に行くつもりだから、どっちが行くか決めておいてね」
「「わかりました」」
「明日と明後日は予定がないから、お店を手伝うよ。開店してから一度も行ってないし」
「本当ですか?」
ユウガオさんが嬉しそうだ。
「ユウガオさんの番なの?」
「はい、明日はヒルガオ姉様と二人です」
翌日、買ってあったこげ茶色のセミロングのウィッグを着けて三人でお店に行った。
服はもちろん店番用のものだ。ドレスの方はお母さんに頼んでクリーニングに出してもらった。鉱山で埃をたくさんかぶってしまったからだ。
店の中はきちんと整理され、隅々まできれいに掃除されていた。
「店の前を掃除してくるね」
「「おねがいします」」
箒を持って店の外へ出る。
朝の街を多くの人が忙しそうに行き交っている。
桔梗の花の絵が描かれた看板を初めて見た。
(なかなかいいな)
掃除を終えて中に戻り、ユウガオさんに訊いてみた。
「何がよく売れるの?」
「一番は便秘薬です。それから胃腸薬に傷薬ですね」
「そうなんだ。それで、儲かってるの?」
「はい、心配はいりません。貴族の方たちがお得意様ですから」
「へーっ、カオルちゃんはそんなこと言ってなかったよ」
「訊かなかったからじゃないですか?」
「そっか、帝国の話ばかりしてたからね」
「貴族の方たちは、普段から美味しいものばかり食べていますから、便秘薬と胃腸薬は手離せないのだそうです」
「なるほどね」
「それに貴族の方は横の繋がりが強いですから、ここがカオル様の店だということも知れ渡っているようです」
「へーっ、知っていてひいきにしてくれるんだね、それはよかった」
お店には朝から貴族の使用人らしき人が何人も訪れ、便秘薬と胃腸薬を買っていった。平民の女性には傷薬がよく売れた。子供のためだろうか。
昼ごはんをカオルちゃんが届けてくれた。
「はやってるみたいで安心したよ」
「はい、今のところ順調です」
「貴族の人から嫌がらせとかはないの?」
「そんなことは一度もありません」
「それはよかった」
昼食の後、二人で王都を散歩することにした。
「王都の人たちはわかってるんだろうか?」
「戦争のことですか?」
「うん」
「直接攻撃を受けることがないことは知っているので、危機感がないのでしょうね」
「そうなんだろうね」
「向こうの歴史で気付いたことは?」
「はい、一つ考えていることがあります」
「何?」
「蒸気機関というものが作れれば、状況が変わると思うのです」
「そうか……そうだね、気付かなかった、さすがは賢者様。まったく、僕は学校で何を習ってきたんだろうね」
「私はもう賢者ではありませんが……」
「僕にとってカオルは今でも賢者様だよ」
「そうなのですか?」
「うん」
「作れると思いますか?」
「ちょっと心当たりがあるから、当たってみるよ」
「リョウもさすがですね。では、できる範囲で資料を集めておきます」
「うん、そっちは任せるね」
「はい」
次の日も店番をする。アサガオさんとヒルガオさんが一緒だ。
午前中に新しい服を受け取りに行った。
今度は飾りの少ない、シンプルなデザインのものを頼んでおいた。
カオルちゃんに見てもらう。
「どうかな?」
「こちらの方が似合っているとは思いますが……」
「何?」
「より美しいというか、なんというか……」
「こっちの方がますます怪しい感じがしますよ」
アサガオさんの言葉に驚いた。
「えーっ! うそ! 怪しくならないようにしたつもりだったのに」
「「「あはははは」」」
「それにしても……店番の時に、いちいち女性の格好をする必要があるのですか?」
「えっ、あー、そういえばそうだね、つい癖になってて……」
「困った癖ですね」
「……そうだね」
次の日、新しい服を着てミツナリさんに会いに行った。訊きたいことがたくさんある。
タカユキさんとユカリさんも来ていた。
《おはようございます》
「お、おはよう」
「……おはよう」
《……まったくお前は……》
《何ですか?》
《いや、もう……なんでもない》
《そうですか》
「カツヒコはどんな様子だ?」
《順調に回復しているようです》
「そうか」
《少し、時間をいただけますか?》
「かまわんが」
ミツナリさんに意識操作の術について訊いてみる。
《意識操作で他人に成りすますことはできますか?》
「できるな」
《では、姿を見えなくすることはできませんか?》
「そうだな、見えないと思わせることができれば、結果的には姿を消しているのと同じことになるな」
《なるほど、では、見たという記憶を消し続けるのはどうでしょう》
「それは、見なかったと思わせるということだな、それもいいかもしれんが、難しいだろうな」
《相手に目が見えないと思わせる方が簡単でしょうか?》
「そうだな、確かにそれが一番簡単だろう」
《練習してみます》
「いろいろ試してみる価値はありそうだな」
「クロユリの考え方に付いて行けませんね」
「発想が斬新というか、ぶっ飛んでいるというか、大したものですね」
「そうだな、われわれも見習うべきだな」
「そうですね」
《もう一つお訊ねしたいのですが》
「なんだ?」
《ここにいる日本人の名前を教えてください》
「どうするつもりだ」
《会って確かめたいことがあります》
「そうか、名前はサトウカズナリという。会わせてやるから付いてこい」
《はい》
ミツナリさんに付いて二階の一室の前へ来た。
《話をつけてくるから、ここで待っていろ》
《はい》
しばらくするとミツナリさんが五十代と思われる男性を連れて出てきた。
《どうせ何か企んでいるのだろう? 私は部屋に戻るから外で茶でも飲んでこい》
《ありがとうございます》
サトウさんと二人で料理店に入ってお茶を注文した。
《私は日本人です。ここではクロユリと呼ばれています》
「まだ残っていたのか」
《いいえ、私はタカダ様のトビラで来たのではありません。他の方の力によってこちらへ来ました》
「他にもトビラが使える人がいるということか」
《はい》
《私は戦争に反対です。あなたは戦争をどう思いますか?》
「もちろん戦争には反対だ、日本人だからな」
《戦争が回避できる可能性があるとしたら、手伝っていただけますか?》
「こんな私に何ができるというんだ?」
《作っていただきたい物があります》
「何だ?」
《蒸気機関です》
「……そういうことか」




