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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
48/65

48 涼人気者になる

 森に戻ってカオルちゃんにいろいろと報告した。

「カツヒコさんは一週間安静だって」

「そうですか、キキョウはそれまで帰ってこられませんね」

「申し訳ないけど、仕方がないね」


「明日はヒルガオさんを連れて行っていいかな?」

「構いませんけど、理由は?」

「鉱物の選別をしてもらおうと思って」

「私ではだめでなのですか?」

「普通の魔術師でどこまでできるか確かめたいんだよ。カオルでは魔力がありすぎるからね」

「そういうことなら仕方がありませんね」



 夕食の後、いつものように散歩に出た。


「鉱山にも子供がいたし、町では老人や女の人や子供まで働いてるみたいだよ」

「そうですか」

「比べなければ例え貧しくても、そうとは気付かずに、それなりに毎日を生きてゆけるんだと思った」

「そうですね、王国でさえ日本と比べたら貧しいと感じますからね」

「僕もそうだけど、平民は貧しくても平和なのがいいんだよね」

「私もそう思います」


「そういえば、鉱山の人たちが僕のことを漆黒の魔女って呼んでるらしいよ」

「へーっ、ついに魔女になりましたか」

「なんだか照れるね」

「「あははは」」



 翌朝また鉱山へ行く。

 ヒルガオさんは僕の使用人ということにしてもらった。鉱石の選別をやってもらうことは伝えてある。


 トビラをくぐるとすぐにハセガワさんが駆け寄ってきた。


「おはようございます、お待ちしておりました」

 《おはようございます。これは使用人のヒルガオです。この方は兵士の班長のハセガワさんです、失礼のないように》

「はい、ヒルガオと申します、よろしくお願いします」

「これはまたお美しい……こちらこそよろしくお願いします」


 《お仕事はいいのですか?》

「今日は午後から村へ行くことになっておりますので、午前中は大丈夫です」

 《それはちょうど良かったです、村へも行ってみたいと思っていましたから》

「本当ですか? なんと有難い、またここの者たちの妬みを買いそうですね」

 そう言うと周りを見回した。またみんなの注目を浴びている。


「昨日も魔女様が帰られてから大変だったのです。兵士の連中から何を話したのかとか、いろいろ訊かれまして……また今日もただでは済みそうもありません」

 《でしたら、私達だけで廻りますが……》

「いえいえ、私がご一緒しなければ他の者達に付き纏われます。今日も是非、私にお供させてください」

 《ありがとうございます、よろしくお願いします》

「お任せください」


「それで、今日は何を?」

 《まず、もう一度選別をしてみたいと思います》

「場所は昨日と同じでいいですか?」

 《はい》



 昨日の場所へ案内してもらった。隣の山で試してみることにする。

 また、たくさんの見物人が集まってきた。


 《今日はヒルガオにやらせてみようと思います》

「そうでしたか」

 そう言うと鉄鉱石を拾ってきてヒルガオさんに渡してくれた。

 ヒルガオさんが石をじっと見詰めている。


 《始めてください》

「はい」

 ヒルガオさんが念じ始める。昨日と同じように次第に山が崩れ石が浮かび上がってくる。

「「「おおおーーっ」」」

 《もう少し続けてください》

「はい」



 《もういいでしょう》

 見物の人達が崩れた山を取り囲み、その中の一人が石を拾い上げて叫んだ。

「鉄鉱石だ!」

「「「おーっ」」」

 見物人から感嘆の声が上がった。


「すごいです」

 ハセガワさんも驚いている。

 《うまくいきましたね》

「緊張しました」

 《上出来です》

「はい」

 ヒルガオさんも満足そうだ。



「どうしてヒルガオさんにやらせたのですか?」

 《他の魔術師がどれくらいできるか試してみたかったのです》

「クロユリ様は魔力がとても強いのです」

「そういうことですか」

 《はい、ヒルガオの魔力も普通ではありませんが、これで大体わかりました》

 練習すれば普通の魔術師でも何とかなるだろう。


「魔女様もやってみせてください」

「お願いします」

 見物人の中から声が上がった。

「皆もああ申しております、ぜひ見せてやってください」

 《わかりました、やってみます》


 次の山へ移動する。

 今日はもっと本気を出してみよう。

 《はじめます》

 全員が静まり返った。


 鉄鉱石と宝石を強くイメージして念じ始める。

 山はどんどん低くなってゆき五十センチほどの高さになった。

 平らになった地面にはゴツゴツとした石が積み重なり、その間にキラキラと輝く宝石の原石が混じっているのが見える。


 その場の全ての人がそれを呆然と見ている。しばらくの間、誰も口を開かなかった。


「さすがクロユリ様」

 最初に口を開いたのはヒルガオさんだった。

 《昨日一度やっていますからね》

「そういうものですか?」

 《はい》


「「「おおおーーっ!!」」」

 ようやく見物人から声が上がった。

「今度は一度に両方ですか、ほんとにすばらしいです」

 《恐縮です》


「「まじょさまー!」」

 声の方を見ると昨日の男の子たちがまた手を振っている。

 思わず手を振り返すと二人は、はにかんだように笑った。


 《人気者なんですね》

 《すごく照れくさいけどね》

 《あははは》




 《しばらく休むことにします。料理店にいますから、町へ行く時に声をかけてください》

「わかりました。料理店は三軒ありますが、松葉亭がおすすめです。よろしければご案内しますが……」

 《おねがいします》


 松葉亭の二階はテラスになっていたので、まずはそこでお茶を飲むことにした。

 針葉樹の森の向うに高い山々が見えている。夏だというのに頂上付近には雪が残っているようだ。

 目の前では多くの人たちが忙しそうに働いている。


 《忙しそうだね》

 《こんなに働いても貧しいのですか?》

 《食料がすごく高いんだって》

 《そうなんですか、王国では考えられませんね》

 《そうだね》


 昼食を頼んだ。やはり全ての料理が高いと感じた。

 《味は悪くないね》

 《そうですね、でも、どれも高すぎます》

 《うん》



「お迎えにまいりました」

 《ありがとうございます》

「馬車を用意しましたので、それにお乗りください」

 《いいのですか?》

「もちろんです」

 《感謝します》


 馬車に乗ろうとすると二人の兵士がやってきた。

「先日は助けていただき、ありがとうございました」

 《もういいのですか?》

「はい、だいじょうぶです」

 《よかったです》


 兵士達は皆、武装して馬に乗っている。ハセガワさんを先頭に荷馬車、その後ろに僕達が乗った馬車が続く。馬車の両側には兵士が一人ずつ付いている。

 アシベツの町までは片道二時間かかるそうだ。

 道の両側は針葉樹の森が広がっている。


 途中魔物が現れることもなく無事にアシベツの町に到着した。

 アシベツの町は思ったより大きな町だった。

 《オオクワ村くらいかな》

 《はい、そう思います》


 《ありがとうございました。私達は町を見物した後ここから帝都に戻りますので、ハセガワさんは仕事を続けてください》

「わかりました、ぜひまたお越しください、お待ちしております」

 《はい、その時はまた、よろしくお願いします》

 二人で頭を下げてハセガワさんと別れた。


 ヒルガオさんと二人で町を歩く。町の人たちの視線を感じる。

 《目立っているみたいですね》

 《こんなところに旅行者なんて来ないだろうからね》

 《そうでしょうね》


 予想外に町の人の表情が明るく感じられる。

 《なんかね、帝都の方が暗い感じがする》

 《ここの人たちはきっと、生活することで精一杯なのでしょう》

 《そうだね、国とか政治なんて関係ないんだろうね》


 《そういえば、お土産なんて何もないね》

 《だいじょうぶです》

 《えっ?》

 《さっき、こっそり宝石を拾っておきました》

 《あはははは》


 《じゃあ、帰ろうか》

 《はいっ》


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