48 涼人気者になる
森に戻ってカオルちゃんにいろいろと報告した。
「カツヒコさんは一週間安静だって」
「そうですか、キキョウはそれまで帰ってこられませんね」
「申し訳ないけど、仕方がないね」
「明日はヒルガオさんを連れて行っていいかな?」
「構いませんけど、理由は?」
「鉱物の選別をしてもらおうと思って」
「私ではだめでなのですか?」
「普通の魔術師でどこまでできるか確かめたいんだよ。カオルでは魔力がありすぎるからね」
「そういうことなら仕方がありませんね」
夕食の後、いつものように散歩に出た。
「鉱山にも子供がいたし、町では老人や女の人や子供まで働いてるみたいだよ」
「そうですか」
「比べなければ例え貧しくても、そうとは気付かずに、それなりに毎日を生きてゆけるんだと思った」
「そうですね、王国でさえ日本と比べたら貧しいと感じますからね」
「僕もそうだけど、平民は貧しくても平和なのがいいんだよね」
「私もそう思います」
「そういえば、鉱山の人たちが僕のことを漆黒の魔女って呼んでるらしいよ」
「へーっ、ついに魔女になりましたか」
「なんだか照れるね」
「「あははは」」
翌朝また鉱山へ行く。
ヒルガオさんは僕の使用人ということにしてもらった。鉱石の選別をやってもらうことは伝えてある。
トビラをくぐるとすぐにハセガワさんが駆け寄ってきた。
「おはようございます、お待ちしておりました」
《おはようございます。これは使用人のヒルガオです。この方は兵士の班長のハセガワさんです、失礼のないように》
「はい、ヒルガオと申します、よろしくお願いします」
「これはまたお美しい……こちらこそよろしくお願いします」
《お仕事はいいのですか?》
「今日は午後から村へ行くことになっておりますので、午前中は大丈夫です」
《それはちょうど良かったです、村へも行ってみたいと思っていましたから》
「本当ですか? なんと有難い、またここの者たちの妬みを買いそうですね」
そう言うと周りを見回した。またみんなの注目を浴びている。
「昨日も魔女様が帰られてから大変だったのです。兵士の連中から何を話したのかとか、いろいろ訊かれまして……また今日もただでは済みそうもありません」
《でしたら、私達だけで廻りますが……》
「いえいえ、私がご一緒しなければ他の者達に付き纏われます。今日も是非、私にお供させてください」
《ありがとうございます、よろしくお願いします》
「お任せください」
「それで、今日は何を?」
《まず、もう一度選別をしてみたいと思います》
「場所は昨日と同じでいいですか?」
《はい》
昨日の場所へ案内してもらった。隣の山で試してみることにする。
また、たくさんの見物人が集まってきた。
《今日はヒルガオにやらせてみようと思います》
「そうでしたか」
そう言うと鉄鉱石を拾ってきてヒルガオさんに渡してくれた。
ヒルガオさんが石をじっと見詰めている。
《始めてください》
「はい」
ヒルガオさんが念じ始める。昨日と同じように次第に山が崩れ石が浮かび上がってくる。
「「「おおおーーっ」」」
《もう少し続けてください》
「はい」
《もういいでしょう》
見物の人達が崩れた山を取り囲み、その中の一人が石を拾い上げて叫んだ。
「鉄鉱石だ!」
「「「おーっ」」」
見物人から感嘆の声が上がった。
「すごいです」
ハセガワさんも驚いている。
《うまくいきましたね》
「緊張しました」
《上出来です》
「はい」
ヒルガオさんも満足そうだ。
「どうしてヒルガオさんにやらせたのですか?」
《他の魔術師がどれくらいできるか試してみたかったのです》
「クロユリ様は魔力がとても強いのです」
「そういうことですか」
《はい、ヒルガオの魔力も普通ではありませんが、これで大体わかりました》
練習すれば普通の魔術師でも何とかなるだろう。
「魔女様もやってみせてください」
「お願いします」
見物人の中から声が上がった。
「皆もああ申しております、ぜひ見せてやってください」
《わかりました、やってみます》
次の山へ移動する。
今日はもっと本気を出してみよう。
《はじめます》
全員が静まり返った。
鉄鉱石と宝石を強くイメージして念じ始める。
山はどんどん低くなってゆき五十センチほどの高さになった。
平らになった地面にはゴツゴツとした石が積み重なり、その間にキラキラと輝く宝石の原石が混じっているのが見える。
その場の全ての人がそれを呆然と見ている。しばらくの間、誰も口を開かなかった。
「さすがクロユリ様」
最初に口を開いたのはヒルガオさんだった。
《昨日一度やっていますからね》
「そういうものですか?」
《はい》
「「「おおおーーっ!!」」」
ようやく見物人から声が上がった。
「今度は一度に両方ですか、ほんとにすばらしいです」
《恐縮です》
「「まじょさまー!」」
声の方を見ると昨日の男の子たちがまた手を振っている。
思わず手を振り返すと二人は、はにかんだように笑った。
《人気者なんですね》
《すごく照れくさいけどね》
《あははは》
《しばらく休むことにします。料理店にいますから、町へ行く時に声をかけてください》
「わかりました。料理店は三軒ありますが、松葉亭がおすすめです。よろしければご案内しますが……」
《おねがいします》
松葉亭の二階はテラスになっていたので、まずはそこでお茶を飲むことにした。
針葉樹の森の向うに高い山々が見えている。夏だというのに頂上付近には雪が残っているようだ。
目の前では多くの人たちが忙しそうに働いている。
《忙しそうだね》
《こんなに働いても貧しいのですか?》
《食料がすごく高いんだって》
《そうなんですか、王国では考えられませんね》
《そうだね》
昼食を頼んだ。やはり全ての料理が高いと感じた。
《味は悪くないね》
《そうですね、でも、どれも高すぎます》
《うん》
「お迎えにまいりました」
《ありがとうございます》
「馬車を用意しましたので、それにお乗りください」
《いいのですか?》
「もちろんです」
《感謝します》
馬車に乗ろうとすると二人の兵士がやってきた。
「先日は助けていただき、ありがとうございました」
《もういいのですか?》
「はい、だいじょうぶです」
《よかったです》
兵士達は皆、武装して馬に乗っている。ハセガワさんを先頭に荷馬車、その後ろに僕達が乗った馬車が続く。馬車の両側には兵士が一人ずつ付いている。
アシベツの町までは片道二時間かかるそうだ。
道の両側は針葉樹の森が広がっている。
途中魔物が現れることもなく無事にアシベツの町に到着した。
アシベツの町は思ったより大きな町だった。
《オオクワ村くらいかな》
《はい、そう思います》
《ありがとうございました。私達は町を見物した後ここから帝都に戻りますので、ハセガワさんは仕事を続けてください》
「わかりました、ぜひまたお越しください、お待ちしております」
《はい、その時はまた、よろしくお願いします》
二人で頭を下げてハセガワさんと別れた。
ヒルガオさんと二人で町を歩く。町の人たちの視線を感じる。
《目立っているみたいですね》
《こんなところに旅行者なんて来ないだろうからね》
《そうでしょうね》
予想外に町の人の表情が明るく感じられる。
《なんかね、帝都の方が暗い感じがする》
《ここの人たちはきっと、生活することで精一杯なのでしょう》
《そうだね、国とか政治なんて関係ないんだろうね》
《そういえば、お土産なんて何もないね》
《だいじょうぶです》
《えっ?》
《さっき、こっそり宝石を拾っておきました》
《あはははは》
《じゃあ、帰ろうか》
《はいっ》




