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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
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47 涼魔女と呼ばれる

 お母さんに電話すると、ちょうど駅に着いたところだったので、すぐに車で迎えに行った。駅前で買ったコンビニ弁当を食べながら話をする。


「どうなったの?」

「熱が出たりしなければ明日の朝帰っていいって」

「よかった」

「ただし、しばらくは安静にしてないといけないから、キキョウちゃんにはついててもらわないといけないけどね」

「おまかせください」

「まだカツヒコさんに僕の正体を明かすわけにはいかないので……すいません」

「わかっています」


「帰りはタクシーを頼むから、キキョウちゃんと二人で病院へ行くね」

「駅まで送るよ」

「じゃあ、おねがい」

「うん」



 森へ行ってカオルちゃんに説明した。

 キキョウさんは荷物をまとめている。


「よかったです、でも、やはり危なかったではありませんか」

「うん、そうだね……でも、僕がもっと気をつけるべきだったんだ」

「いいえ、リョウがいたからそれくらいで済んだのです、気にすることはないと思います」

「そうかな」

「はい」




 翌日、キキョウさんがカツヒコさんを連れて帰ってきた。

 カツヒコさんには一階のお父さんが使っていた部屋で寝てもらうことにした。


「一週間後にもう一度先生に診てもらうことになりました」

「本当にいろいろありがとうございました」

 《いいえ、大したことがなくて良かったです》

「みなさんのおかげです。それで、あの後どうなったのですか?」

 《あの魔物は皆さんが術で動けなくしているうちに、私が倒しました》

「そうでしたか」


「それにしても、こちらの世界は驚くことばかりです。本当に文明が進んでいるのですね」

 《いずれ、あちらの世界も同じ道を辿るはずです》

「そうでしょうか?」

 《はい、必ず》


 《お願いしたいことがあります》

「何でしょうか」

 《帝国の方たちには、カツヒコさんの怪我はこちらではなく、帝国にある私の家で母が魔術で治療したことにしてください》

「師匠にもですか?」

 《タカダ様は全てご存知ですし、タカユキさんとユカリさんには昨日伝えてあります》

「そうでしたか」


「あの、クロユリとキキョウさんはどういった関係なのですか?」

 《キキョウさんは私の友達の使用人です。お願いして来てもらいました》

「それは申し訳ないことです。お友達にもよろしくお伝えください」

 《わかりました》

「あまり余計な詮索はなさらぬように」

 キキョウさんがカツヒコさんを睨みながら言った。

「あ、はい」

 《とにかく一週間大人しくしていてください。タカダ様にはそう伝えておきますから》

「ありがとうございます」


「嫌いな食べ物とかはありますか?」

 キキョウさんが尋ねた。

「特にありません」

「退屈でしょうから、何か興味のあることとかありますか?」

「でしたら、こちらの世界の歴史の本が読みたいです」

「わかりました」


 《では、タカダ様に報告してきます》

「ありがとうございます」

「お気をつけて」

 《はい》



 ミツナリさんに、あちらで一週間安静にしている必要があることを伝えた。


「明日から三日間、皇国で予定がある。すまんがよろしく頼む」

 《はい。あの、一人で鉱山に行ってもいいですか?》

「かまわんが」

 《ありがとうございます》



 家に戻って買い物に行った。

 スーパーでカップ麺やレトルト食品、大量の冷凍食品を買い込み、本屋に寄って歴史の参考書を買って帰るとキキョウさんが一人でテレビを見ていた。


 《カツヒコさんは?》

「眠っています」

 《そうですか、歴史の参考書を買ってきたので渡してください》

「わかりました」

 《誰か森から連れてきましょうか?》

「ハヅキ様は?」

 《夕方には帰ってきます》

「でしたら今日はいいです」

 《はい、ではまた帝国に戻ります》

「気をつけてください」

 《はい》

 鉱山をイメージしてトビラを開いた。



 トビラをくぐるとすぐに、ハセガワさんが駆け寄ってきた。二人の兵士を連れている。

「クロユリ様、カツヒコ様はどうされましたか?」

 《はい、大丈夫です。ただ、あばら骨が折れていたので今は安静にしています》

「ご無事でしたか、それは何よりです」

 《兵士の方は大丈夫でしたか?》

「あの二人は打撲とかすり傷で済みました。クロユリ様のおかげです」

 《それは良かったです》

「今日はお一人ですか?」

 《はい、鉱山を見学させていただこうと思って参りました》

「でしたら私達がご案内します」

 《ありがとうございます、助かります》

「とんでもございません。私の方こそ光栄です。二人が休んでいるので今日は仕事がないのです。ですから気になさらないでください」

 《そうでしたか》

「それより、今はクロユリ様の噂でもちきりです。周りをご覧ください、皆が私を羨ましそうに見ているのがわかりますか?」

 《確かに見られているようですね》

「はい、こうしてお話しできるだけで鼻が高いです」

 《それは困りましたね》

「なぜですか?」

 《当然のことをしただけですから》

「なんと謙虚な」



 ハセガワさんの案内で鉱山を見せてもらう。兵士や鉱員の人たちが何人も後ろをついてくる。


 坑道の入口の脇には堀り出された土の山がいくつも並んでいる。高さは二メートルほどだ。鉱員たちが馬車に積み込む作業をしている。


 《この土をどうするのですか?》

「村に運び選別します」

 《誰が選別を?》

「村の老人や女子供たちです」

 《それでは効率が悪くありませんか?》

「力のある者は鉱山の中ですから、仕方がありません」

 《この鉱山では何が一番多く採れるのですか?》

 班長さんがそこにあったスコップで土を掘り返し、苺ほどの大きさの石を掴み上げた。

「これです、これが鉄鉱石です」

 《初めて本物を見ました》

「どうぞ、手にとってごらんください」

 鉄鉱石を受け取る。普通の石よりずい分重たく感じられる。

 《重たいものなのですね》

「ですから、運ぶのも大変なんです」

 《そうでしょうね》



 《ちょっと試してみます》

「えっ」

 見物の人たちが周りを取り囲んだ。


 液状化の応用で鉄鉱石が浮いてこないか試してみる。

 念じ始めると土の山が上から崩れ始め、なだらかになってゆく。

 しだいに山の高さが低くなり、石がいくつか浮かび上がってきたのを確認して念じるのを止めた。


 《取ってきてもらえますか?》

「はいっ」

 ハセガワさんが山に駆け上がり、石を一つ取って戻ってきた。

「これは確かに鉄鉱石です! お見事です! 驚きました」

「「「「うおおおーーーっ」」」」

 見物人から歓声が上がった。


 《この中に宝石も混じっていたりしますか?》

「はい、たぶん」

 《では、もう一度やってみます》

 みんなの視線を浴びながら、宝石をイメージして念じてみる。

 こんどは小さな石がいくつも浮かび上がってきた。


 ハセガワさんが山の上で叫んだ。

「宝石です!」

「「「「うおおおーーーっ!!」」」」

 また歓声が上がった。


 《この術が使える魔術師が何人かいれば効率が上がりそうですね》

「もちろんです、魔術でこんなことができるとは思ってもみませんでした」

 《タカダ様に伝えておきます》

「はいっ、よろしくお願いします!」


 《あの、どこかに燃える水が出ている場所はありませんか?》

「ああ、それでしたら以前駐屯していたマルヤマの町の鉱山のそばで湧いていましたが」

 《どの辺りになりますか》

「ここからですと馬車で西へ二日ほどのところです」

 《わかりました》

「行かれるのですか?」

 《はい、近いうちに行ってみたいと思います》

「でしたら、向こうにはサカイという者がおります。昔の同僚で班長をしておりますので何でも申し付けてください」

 《ありがとうございます》

「とんでもありません」



 《そろそろ日も暮れますから、今日は帰ります。明日の朝、また来てもよろしいでしょうか?》

「もちろんです、お待ちしております」


 別れの挨拶をしていると後ろから声が聞こえた。


「「まじょさまー」」

 《えっ》

 その声に振り向くと、十歳くらいの男の子が二人、手を振っている。

 《魔女って?》

「ええ、昨日からここにいる者は皆、クロユリ様のことを漆黒の魔女と呼んでおります」

 《それは……ええええーーっ》


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