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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第三章 漆黒の魔女
45/65

45 涼魔物を捕まえに行く

 食事のあと、みんなに見てきたことを報告した。


 しばらく考え込んだ後でカオルちゃんが口を開いた。

「帝国を潤すためには鉱物が売れることと農産物が輸入できることが必要なのですね」

「そうだと思う」

「確かリョウの部屋に向こうの歴史の本がありましたね」

「本棚に学校の教科書と参考書があるよ」

「何か手掛かりがないか調べてみます」

「うん、そっちはお願い」

「はい」



「それでね、明日みんなで魔物を捕まえに行くんだよ」

「「「えーっ」」」


「まるで遊びに行くみたいに言うのですね」

「いや……ちょっと楽しそうだなと思って」

「それは不謹慎です」

 睨まれた。

「あー、たしかにそうだね、誰かが傷付くかもしれないよね、ごめん」

「まったく」


「でも、気をつけてください」

「ミツナリさんやお弟子さんたちも一緒だから大丈夫だよ」

「それでも心配です」

「そうだね、気をつける」


「でも、魔物は鉱山の町で捕まえるみたいだから、鉱山も見られると思うよ」

「気づいたことがあったら教えてください」

「うん、わかった」




「それでは、行ってきます」

「何度も同じことを言いたくはありませんが、くれぐれも無茶をしないように」

「はい」


 みんなに見送られ、宿屋の部屋にトビラを開いてくぐった。


 魔術院ではミツナリさんが話をしておいてくれたようで、すぐに通してもらえた。


 《おはようございます》

「おはよう」

「「「おはよう」」」


「では、行くとするか」

 《はい》



 トビラをくぐるとそこは廃工場のような場所だった。がらんとした大きな建物の隅に埃をかぶった見たことのない機械が三台ほど置かれている。他の機械は持ち出されたのかもしれない。

 《ここは?》

 《ギフケンというらしい、そこの山の中だ》


 もう一度トビラをくぐった先は広場になっていた。

 空気がひんやりとしている。

 周りを見廻すと、かなり広い範囲が高い木の塀で囲まれている。塀の向こうには針葉樹の森が広がっているようだ。

 高い櫓といくつもの建物が建っていて、山側には鉱山の入り口らしき穴がいくつか見える。

 多くの鉱員や兵士が行き交い、たくさんの馬車が並んでいる。


 一人の兵士が駆け寄ってきた。

「おはようございますタカダ様」

「おはよう」

「すぐに始められますか?」

「いや、少し休んでからにする。準備をしておいてくれ」

「はっ」



「屋台でお茶でも飲もう」

「「「はい」」」

 みんなで一軒の屋台へ行きお茶を飲むことになった。

 たくさんの人がお茶を飲んだり朝食を食べたりしている。


「ユカリ、クロユリにここのことを少し説明してやってくれ」

「はい」


「どうですか? 実際に見た感想は」

 《想像以上に広くて驚きました。町とかわりませんね》

「飲食店や雑貨屋もあるんですよ」

 《へーっ》

「あそこに見えるのが兵士の詰所です、その隣にあるのが鉱員が仮眠をとるための建物です」

 《兵士は何人くらいいるのですか?》

「二十人だったと思います。五人ずつ四つの班に分かれているはずです」

 《ここが魔物に襲われたりするのですか?》

「それはないです。アシベツの町までの輸送中に襲われることがあるので武装した兵士が護衛につきます。二足の魔物は多少知能がありますから普段は兵士を襲ったりはしません」

 《そうなのですか》



「そろそろいいかな?」

 《はい》

「カツヒコ、兵士を呼んできてくれ」

「わかりました」

 カツヒコさんが詰所の方へ向かった。


 《兵士は何のためについて来るのですか?》

「我々が術で拘束した魔物に縄をかけるためだ」

 《でもさっきのユカリさんの話からすると逃げてしまうのではありませんか?》

「兵士は武装せずに後ろからついてきてもらっている」

 《なるほど》


 《手順を教えてください》

「うむ、魔物を見つけたらまずカツヒコとユカリが術で拘束する。それからタカユキが意識を操作して、大人しくなったところで兵士が両腕に縄をかけ、トビラまで誘導する」

 《四足の場合は?》

「難しかった場合は私も手を貸す」

 《そうでしたか》


 《二足の魔物は知能があるから操作しやすいのですね》

「四足のは一人ではてこずるな」

 《虫は?》

「以前、罠で捕まえたことがあったが、操作できないし危ないので止めた」

 《そういうことだったのですね》

「今日は二匹捕まえて皇国に送るつもりだ」

 《わかりました》


 カツヒコさんが五人の兵士を連れて戻ってきた。そのうちの四人が縄を持っている。

「そちらは新しいお弟子さんですか?」

 班長さんだろうか、三十代くらいの男性がミツナリさんに訊いてきた。

「いや、私の護衛に雇った者だ、クロユリという」

 《クロユリと申します、お見知りおきを》

「クロユリは声が出ないのだ」

「わかりました、第三班班長のハセガワと申します、今日はよろしくお願いします」

 《よろしくお願いします》



「まずは東へ行ってみるか」

「「「はい」」」


 森へ続く道を行く。

 ミツナリさんを先頭に僕とお弟子さんたち、その後から五人の兵士がついてくる。


「ユカリ」

「はい」

 ユカリさんが何やら念じ始める。

 《何をしているのですか?》

「魔物を探しているのだ。ユカリは生命の反応を探すのが得意だからな」

 《へーっ》


 二十分ほど歩いたところでユカリさんが叫んだ。

「いました! 北、二百メートルほど先です」

 森の中を進んでゆくと全身こげ茶色の二足の魔物がいた。捕らえた鹿を食べているところだった。


「いきます」

 そう言うとカツヒコさんが魔物に向かって近づいてゆく。ユカリさんがその後を追う。


 二人に気付いた魔物が威嚇するように吼えた。

「グオオォォォ」


 二人が念じ始めると同時にタカユキさんも魔物に近づいてゆく。

 魔物はしばらくもがいていたが、すぐに大人しくなった。

 タカユキさんの術が効いたようだ。


「うまくいったようだな」

「「「はい」」」


 すぐに兵士たちが魔物に近づき、片腕に二本ずつ四本の縄をかけた。

 ミツナリさんがトビラを開いた。

 兵士たちが魔物を引っ張りトビラをくぐる。僕たちも続いてくぐった。


 くぐった先はさっきの廃工場だった。

 ミツナリさんがまたトビラを開く。

 兵士たちが縄をほどき、魔物はタカユキさんに操られてトビラをくぐっていった。


 《こうやって送り込むのですね》

 《そうだ》



「戻るぞ」

「「「はい」」」


 最初の広場へ戻った。


 《カツヒコさんとユカリさんが使った術は?》

「拘束術、動きを封じる術だ」

 《すごいですね》

「いえ、それほどでもありません」

「そのとおりだ、まだ二人がかりでないとだめだからな、修行が足りん」

 《あははは、厳しいのですね》

 二人が苦笑いしている。


 《タカユキさんもすごいです》

「まあ、一応合格といったところか」

「まだまだです」

「そうだな、クロユリも弟子をあまり甘やかさないでくれ」

 《お世辞ではありませんが》

「ありがとうございます」


 《お弟子さんと一緒だと楽しそうですね》

 《そうかな》

 《そうですよ、別人のようです》

 《……そうか》

 《はい》

 ミツナリさんも苦笑いした。


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