44 涼帝国の博物館へ行く
やってきた料理店はとても高級そうな店だった。
《立派なお店ですね》
「帝都では一番の店だ」
《楽しみです》
「あまり期待しない方がいいかもしれんぞ」
運ばれてきた料理はどれも、見た目も味も素晴らしいものだった。
《とてもおいしいです》
「それは良かった」
《みなさんここへは、よく来られるのですか?》
「こんな店、師匠が一緒の時しか入れませんよ」
「私だって滅多に入らないぞ、付き合いの時だけだ」
「値段も帝都一という評判の店ですからね」
「今日は特別みたいですね」
《ありがとうございます》
「遠慮はいらない」
《はい》
「あの、クロユリさんに少し質問してもかまいませんか?」
タカユキさんが口を開いた。
「かまわんが、あまり失礼なことは訊くなよ」
「はい」
「歳はいくつになられますか?」
《十九になります》
「そうですか、いえ、年齢がよくわからなかったもので……」
「確かに、わかりにくい見た目をしているからな」
「弟子たちと同じくらいですか」
「そうですね」
「それにしては、先程の術といい、あの動きといい、驚きました」
「すごかったですね」
「普段余程鍛錬されているのでしょうね、他の弟子たちにも見せたかったです」
《お褒めいただき恐縮です》
「師匠とはいつ、どこで知り合われたのですか?」
《二か月ほど前に共和国の賢者様のところです》
「師匠はどうしてクロユリさんを雇うことにしたのですか?」
「実はクロユリは昔の知り合いの縁者なのだ、賢者のところで話をしているうちにそれが分かって、しばらく行動を共にしてもらうことにした、実力もあるしな」
「そうでしたか」
《クロユリと呼んでくださってけっこうです》
「では、そうさせてもらいます」
《はい》
「クロユリのことは信用していい、私の考えていることは話してある」
「そうですか、では遠慮はいりませんね」
「そういえば、明日は魔物を捕らえに行く予定だったな」
「はい、そうですが」
「クロユリも連れて行くが、かまわないか?」
「もちろんです」
「クロユリもいいな?」
《喜んでお供させていただきます》
「では、明日の朝九時に私の部屋に集まるように。食事は済ませておけよ」
「「「はいっ」」」
「今日は午後から仕事があるので、ユカリ、クロユリに街を見せてやってもらえないか、それから宿は葵亭がいいだろう、あとで連れて行ってくれ」
「わかりました」
《よろしくお願いします》
「はい」
店の前でミツナリさんたちと別れた。
宿は魔術院のすぐそばにある宿屋だそうだ。
「どこか見てみたいところはありますか?」
《博物館があれば、行ってみたいです》
「歩くと三十分くらいかかりますが、馬車にしますか?」
《歩いて行きたいです》
「わかりました」
歩きながら話をする。
《あまり活気が感じられませんが》
「最近は軍事費の増大と物価の上昇で庶民の暮らしは一層苦しくなっていますからね」
《そうしたか》
《ユカリさんの出身はどの辺りなのですか?》
「北東の辺境にあるアシベツという町です」
《どんな町ですか?》
「鉱山の町です」
《何が採れますか?》
「鉄鉱石と宝石が採れます」
《それでしたら割と豊かなのではありませんか?》
「いいえ、鉄の需要は限られているので、たくさん採っても売れないのです」
《石炭は?》
「同じですね、冬の需要はありますが他の季節では限られます」
《それでは、輸出は?》
「王国とは貿易ができませんし共和国も国内の生産で賄えるので、皇国に少し輸出しているだけのようです」
「そういえば、明日魔物を捕まえに行くのはアシベツの鉱山なんですよ」
《そうですか、昔から魔物が出るのですか?》
「はい、鉱山は砦のようになっていて魔物が入ってこれなくなっています。昔から少しずつ大きくしていったみたいですね。ほとんど村のようになっています。兵隊さんも何人も駐屯しているんですよ」
《護衛ということですか?》
「そうです、鉱山に興味がありますか?」
《はい、明日が楽しみです》
(鉱物は余っているのか……大陸での需要を増やすことが出来れば帝国は潤うはずだが)
《他の国へ行ったことはありますか?》
「一度、師匠について共和国へ行ったことがあるだけです」
《どう感じました?》
「とても豊かな国だと思いました」
《確かに豊かですね》
「クロユリは他の国にも行ったことがありますか?」
《はい、皇国も王国へも行ったことがあります》
「そうですか、羨ましいです」
《でも、王国は別として皇国も共和国もいろいろ問題を抱えているようですよ》
「それでも帝国ほどではないでしょう」
《この国はそんなに追い詰められているのですか?》
「そうですね、一番の問題は食料です。王国と貿易ができれば変わるのかもしれませんが……」
《国交がありませんからね》
「おまけに山脈がありますから」
博物館に着いた。
規模は王都のものより小さいが歴史を感じさせる建物だった。
「何が見たいのですか?」
《国の成り立ちと歴史に興味があります》
「ではこちらへ」
《はい》
ユカリさんが帝国の歴史が展示してある一画へ案内してくれた。
人は誰もいない。
もともと帝国は部族ごとの小さな国に分かれていたが、現在の帝都近郊を治めていた国に神様が現われ人々を導いた結果、急速に勢力を拡大し他の国を従え統一し、今の帝国を築いたとされている。現在は部族ごとの連邦制になっているようだ。
(なるほど、連邦制だから王様ではなくて皇帝陛下なのか。それにしても日本人が神様にされているのは愉快だな)
《皇帝陛下に会ったことはありますか?》
「いいえ、私は一度もありませんが、タカユキさんは師匠に同行した折にお会いしたことがあるそうです」
《どんな方ですか?》
「たしか五十代で、温厚なお方だと伺っておりますが」
《そうですか》
「クロユリは師匠からずいぶんと信頼されているのですね」
《詳しいことはお話しできませんが、タカダ様が昔の知り合いと言われた方は、私にとってはとても大切な方ですから、私もタカダ様を信頼しております》
「そうでしたか」
《はい》
博物館を後にし、一旦魔術院へ戻り荷物を持って宿屋へ向かった。
宿屋は魔術院から歩いて五分ほどの所にある、ごく普通の宿屋だった。
しばらく世話になることにして、ユカリさんにお礼を言って別れた。
部屋でトビラを開き家に帰る。
お母さんがいなかったので勤務表を確認すると、今夜は夜勤だった。
(明日はお休みか……)
服を着替え、もう一度トビラを開いて森のお屋敷へ行った。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
アサガオさんが笑顔で迎えてくれた。
「みんなは?」
「食堂です」
「僕の分もありますか?」
「もちろんです」
「よかった」
「おかえりなさい」
「ただいま」
カオルちゃんが駆け寄ってきて手を差し出す。
「えっ?」
「お土産は?」
「えーっ、何も買ってないけど……」
「冗談です」
「もーっ」
みんなが僕たちをニヤニヤしながら見ていた。




