43 涼帝国へ行く
第三章を開始します。
いよいよ後半に突入です。この章はリョウの行動とミツナリの葛藤がテーマです。
「「「「「ええええーーーっ」」」」」
着替えた僕の姿を見てみんなが叫んだ。
「なんですかそれ……」
ユウガオさんがポツリと呟いた。
「おかしいかな?」
「なんというか……ほんとにリョウなのですか?」
カオルちゃんも驚いている。
「見事なものです」
「ありがとうございます、キキョウさんに褒めてもらえると嬉しいです」
「それにしても、美しいというか、怪しいというか……」
「あはは、これで、けっこう恥ずかしいんですよ」
「まったく、よくもまあ次から次へと、とんでもないことを考えつくものですね」
「えーっ、だめなの?」
「そういうわけではありませんが……」
「ミツナリさんが、この格好の時はクロユリと名乗れって」
「確かに、その姿にふさわしい名前です」
「似合っています」
「……ありがとう、それから声が出ないことにしてます」
「なるほど」
「それでは行ってきます。今度は毎日帰ってきますから心配はいりません」
「確かにその点は安心ですが、危険は増すかもしれません。くれぐれも用心してください」
「わかりました」
「危険を感じたらすぐに戻るのですよ」
「うん、わかってる」
「毎日待っていますから……」
「うん」
カオルちゃんの頭を撫でた。
ミツナリさんとの待ち合わせ場所をイメージしてトビラを開いた。
彼はまだ来ていなかったので外へ出てみる。
朝の空気が清々しい。思わず背伸びをして深呼吸をする。
「待たせたな」
振り返るとミツナリさんが立っていた。
「いえ、今着いたばかりです」
「また何かと勘繰られるのはかなわないので、今度は娘ということにしよう」
「お父様と呼べばいいですか?」
「……それもかなわんな」
「帝国にはお弟子さんがいるのですか?」
「ああ、三人いる」
「それでは弟子というわけにはいきませんね」
「……では、護衛兼密偵として雇ったということにしよう」
「なんか微妙ですね」
「三人の弟子には、それぞれまた三人の弟子がいて、合計十二人が私の門下ということになる」
「へーっ、大勢いるのですね。それで、トビラが使えそうな人はいますか?」
「無理だな、あれはもともと師匠が理論を完成させ、私とリンだけが使うことができた術だ。お前は別として、カオルが使えるのも奇跡と言っていいだろう」
「そうなのですか?」
「他の者では圧倒的に魔力が足りないし、イメージがついてこないのだ」
「なるほど」
(リン様がどうやってカオルちゃんに教えたかは秘密にしておこう)
「私が使えることはどうしましょう?」
「あえて教えることもないが、隠す必要もないだろう」
「わかりました。ですが、出来る限り人前では使わないようにします」
「それがいいだろう」
「お弟子さんたちに、あなたの考えは伝えてあるのですか?」
「うむ、皆賛同してくれている」
「方法も含めてですか?」
「そうだな、そして、あの者たちは帝国の行く末を憂えている」
「戦争以外の選択肢はないのですか?」
「それはもう話したはずだが」
「私はまだ諦めていません、カオル様も同じです」
「もしもそんな方法がみつかれば、考えなくはない」
「はい、その時は考え直してもらいます」
「わかった」
「使用人とかはいないのですか?」
「ああ、あまり同じところにはいないからな、雇っていない。雑用は弟子の弟子たちがやってくれている」
「そうなのですね」
「お弟子さんたちは普段何をしているのですか?」
「こんな時でなければ、魔術院の仕事をしながら魔術の研究をするのが普通だ」
「今は?」
「たまに魔物を捕まえに行く」
「やはりそうでしたか、そういえば、向こうの世界で人を攫いましたね」
「気づいていたか」
「はい、それで、その人たちは今どうしているのですか?」
「一人を残してあとは全員帰ってもらった」
「よかったのですか?」
「何が?」
「こちらのことを知られたのは、まずかったのではありませんか?」
「ああ、そのことなら大丈夫だ、記憶は消しておいた」
「そんなこともできるのですね」
「あちらの人間は魔力がないからな、耐性がないのだ」
「なるほど、それで、その一人というのは?」
「向うに場所を提供してくれた者だ」
「どうしてこちらに残ったのですか?」
「事業に失敗し、向うに未練はないそうだ」
「今は何を?」
「魔術院で事務をしている」
「そうですか」
「帝国での名前と地位はどうなっているのですか?」
「名前はそのままだ、地位は表向きにはただの魔術師だが、爵位と特権を与えられている」
「特権ですか?」
「誰にも束縛されない行動の自由を許されている」
「すごく信頼されているのですね」
「そういうことになるかな」
「では、これからはタカダ様と呼ばせていただきます」
「かまわん」
「私とはどこで知り合ったことにしますか?」
「そうだな、共和国の賢者のところにしよう」
「雇ってもらった経緯は?」
「賢者のところで話をしているうちに、昔の知り合いの縁者だということが分かったからとでもしておこう」
「間違いではありませんね」
「そうだな」
「これから行くのは?」
「魔術院の私の部屋だ、それにしても、その話し方といい、思考の組み立て方といい、やはりリンに似ているな」
「そうですか? 話し方はカオルちゃんを真似ようと思っています」
「あははは、カオルをそう呼んでいるのか?」
「あー、つい……」
「リンがお前を選んだのなら、私もお前を信用することにしよう」
「ありがとうございます」
「そういえば、カオルちゃんが会いたがっていました」
「そうか……だが、今はやめておこう」
「そうですか……仕方がないですね」
また何度もトビラをくぐり彼の部屋へ着いた。
窓際には大きな机があり、部屋の中央にはソファーが置かれている。
左右の壁は一面本棚で、右側の壁にはもう一つドアがある。
(皇国の部屋のようにあっちが寝室なのかな?)
「帝国では王国の金は使えないので少し渡しておく、足りなくなったらここから持っていけばいい、この部屋も自由に使ってかまわない」
そう言うと机の引出しからお金と部屋の鍵を取り出し渡してくれた。
「気が付きませんでした。何から何までありがとうございます」
「気にするな、とりあえず、弟子たちを紹介しよう、少し待っていてくれ」
「はい」
部屋は三階だった。
窓から外を見てみると、王都と変わらない立派な街並みが続いている。
ただ、落ち着いた色の建物が多く、あまり活気が感じられない。人々の服装も地味な気がする。
ドアの開く音がした。
振り返ると彼が三人の弟子たちと入ってくるところだった。
二人は男性で、もう一人は女性だ。三人ともいかにも魔術師といった感じの灰色のローブを着ている。
《声が出ないと伝えておいた》
《ありがとうございます》
「左からタカユキ、次がカツヒコ、そっちがユカリだ」
《はじめましてクロユリと申します》
タカユキさんはがっしりとした体型で、とても真面目そうに見える。
カツヒコさんは長身で涼しげな目元をしている。なかなかのイケメンだ。二人とも三十代前半といったところだろうか。
ユカリさんは二十代だろうか、男性二人より若く見える。細身で質素な感じだが、芯が強そうな印象を受ける。三人とも茶髪で目の色も茶色だ。
「クロユリはしばらく行動を共にすることになるから、よろしく頼む」
「わかりました」
「まかせてください」
「よろしくお願いします」
《ありがとうございます》
「外で食事をしようか」
ミツナリさんが先頭で、一歩下がって僕が、その後ろから三人が横に並んでついてくる。
ここでもすれ違う人たちの注目を浴びることになった。
長い廊下を進んで行くと、前からやってきた若者がいきなり剣を抜きミツナリさんに切りかかってきた。
すぐにミツナリさんの前へ出て空気砲を撃つ。相手は何度も転がりうずくまった。
その襟首を掴み短剣を突きつけたが、すでに気を失っていた。
「早く介抱してやれ」
その声に驚き振り返ると、ミツナリさんが苦笑いしている。
「まったく……一つ間違えば命を落とすところだったぞ」
弟子たちが駆け寄ってきた。
《どういうことですか?》
《お前の力を試したかったようだな。それはタカユキの弟子だ》
《そうでしたか》
「「申し訳ありませんでした」」
タカユキさんと意識が戻ったお弟子さんが揃って頭を下げた。
《仕方がありませんね、しかし、もう二度とこのようなことはなさらぬように》
目を細めて睨んでやった。
「「わかりました!!」」
(なんか二人とも震えてない?)




