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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
41/65

41 涼真実を話す

 《少し早いが、昼食にするか?》

 《はい》



 一軒の料理屋に入った。

 《ワインを飲むか?》

 《はい、いただきます》


 《もし、共和国が王国の派兵を受け入れ、結果的に帝国に勝ったとしたら、どうなりますか?》

 《そうだな、帝国の西側半分を共和国が、東側を王国が統治することになるだろう》

 《どうしてですか?》

 《お前も知っているだろう、山脈のおかげで王国と帝国の国境で往来ができるのは西側のごく一部に限られる、そこはもう共和国との国境付近だ。だが東海岸からの海路なら帝国までは二日だ》

 《なるほど、そうですね。それではダメなんですか?》

 《今度は西と東の格差が拡がり、いずれまた戦争が起きる》

 《はぁーっ》

 《困ったものだな》

 《そうですね》


 《共和国は帝国に輸出する農作物に高い税金をかけているのだ、しかも王国から輸入した物をそのまま帝国に輸出したりもしている》

 《それは条約に違反するのでは?》

 《そうだな》

 《帝国産の宝石が安く売られていますが》

 《農作物との物々交換に使われているようだ》

 《そうだったんですか》


 《明日と明後日は皇国で仕事があるが、その後二、三日なら時間がとれる。それでいいなら帝国に連れて行ってやるが》

 《ぜひお願いします》



 《ごちそうさまでした》

 料理屋を出た。


 《私は皇国へ帰るが、お前はどうする?》

 《帝国との国境まで連れて行っていただけると助かりますが……》

 《そうだな、そうしよう》



 一旦荷物をとりに戻り、それからまた何度もトビラをくぐった。


「ここはもう帝国なのですか?」

 家の外には意外にも普通の田畑が広がっている。

「このあたりはまだ気候がいいからな、だが東へ行くにつれ農業に適さない土地になってゆく」

「山脈の影響ですか」

「そうだ」


「では、三日後の朝、ここで会おう」

「はい、いろいろありがとうございました」



 帰ろう。

 カオルちゃんに手紙まで書いたのに、一日で帰ることになるとは……なんか恥ずかしいな。

 シャワーを浴びて、少し眠ることにした。



「んんん?」

 思い切り揺さぶられて目が覚めた。

 目の前にカオルちゃんの顔がある。


「どうしたの?」

「ばかっ! 心配したのですよ」

 いきなり抱きつかれた。

「あー、ごめん、ちゃんと説明するから……手を放してね」

「あっ……はい」

 カオルちゃんが赤くなった。



「皇国に着いたら、すぐにユキナリさんに見つかってしまって……」

「どうなったんですか?」

 キキョウさんが訊いてきた。

「カオルちゃんが賢者を辞めたことを伝えたら、そろそろお互いに本当のことを話そうって言われました」

「「………」」


「彼の王国での名前は、タカダミツナリだそうです」

「えっ!」

 カオルちゃんが驚いた。

「うん、リン様の兄弟子だった」

「それは……」

 キキョウサさんも唖然としている。



「僕は、こっちの人間であることと、リン様の魂を受け継いだことを話しました。彼はとても驚きましたが、その後、彼自身のことを話してくれました」


 それから二人に彼が帝国に渡った経緯を話した。

「そんなことがあったのですか……」


「これから話すことは、とてもショックだと思うけど、落ち着いて聞いてね」

「……はい」


「まず、彼はリン様の殺害を指示したのはスガワラ伯爵で、宰相はそれを黙認したのだろうと言っていました」

「………」

「そうでしたか」


「そしてもう一つ、カオルちゃんは、亡くなられた帝国の賢者様の娘だそうです」

「「………」」


「帝国の賢者様は戦争に反対の立場をとったため、宰相や軍の上層部の人たちに暗殺されたそうです。その時ミツナリさんは賢者様のところに身を寄せていたのでカオルちゃんを連れて逃げ出し、王国に戻ってリン様に預けたのだそうです」


「……ミツナリ様が私を助けてくださったのですね」

「うん、だから彼はカオルちゃんの味方だよ」

「そうでしたか……」


 カオルちゃんの目から涙が溢れた。

 キキョウさんも唇を噛み締め涙をこらえているようだ。


 キキョウさんがカオルちゃんを抱きしめた。

 二人の肩が震えている。



 二人が落ち着くのを待って話を続けた。

「だいじょうぶ?」

「はい、もうだいじょうぶです」


「それから二人で共和国へ行って賢者様に会ってきたんだ」


 共和国の賢者との話の内容を説明した。


「それで一緒に昼ご飯を食べて、帰ってきたというわけです」

「ずい分早いですね」

「ミツナリさんは、トビラが開ける距離にいくつも家を持っているんです」

「そうでしたか」

「それで、今度は三日後に帝国に行くことになりました」

「「えっ」」

「帝国を見せてくれるって」

「ずいぶん気に入られたのですね」

「なんかね、僕といると退屈しないって、それでキキョウさん、上等な方の服をもう一着頼んでもらえますか?」

「わかりました」


「私も一緒に行くわけにはいきませんか?」

「会いたいの?」

「はい」

「……気持ちはわかるけど、今回は我慢してほしいな。初めてのところにいきなり連れて行くわけにはいかないから」

「……そうですね……我慢します」

「うん、カオルちゃんの気持ちは伝えておくから」

「お願いします」



「帝国へは三日後に行くのですね」

「うん、そうだけど……」

「ちょうどよかったです」

「どうして?」

「ミハラ伯爵のところへ賢者を辞めたことのご挨拶と、畑を広げることの許可をいただきに行こうと思っていたのです。それで二日間留守にすることになるので、お店をお願いしたいのです」

「わかった、まかせて」

「お願いします」



「……そうでした、私は怒っていたのです」

「えっ?」

「黙って行ったことです」

「あー、ごめん」

「許しません」

「そんな」

「もう二度と黙って行ったりしないと約束してください」

「だって……話したら、許してくれた?」

「……それは……キキョウを一緒に行かせました」

「そうなるでしょ? 僕が留守の間はキキョウさんにはカオルちゃんを守ってもらわないと」

「でしたら……ヒルガオを……」

 キキョウさんがまたいつものニヤニヤ笑いを浮かべている。


「……わかりました、一人で行ってもいいですが、黙って行くのはやめてください」

「はい、そうします」

「ぜったいですよ!」

「はい」



「心配かけて、ごめんね」

「ほんとに、心配したのですよ」

「うん、ありがとう」

「無事に帰ってきてくれて、うれしいです」

「うん」



 カオルちゃんが出掛けている間に、お母さんにミツナリさんがリン様の兄弟子だったこと、カオルちゃんが帝国の賢者様の娘だったことなどを話した。


「よかったね」

「うん」

「でもカオルちゃん、ずっと一人だったんだよね」

「ほんとは寂しかったんだろうと思う」

「強い子だね」

「うん、だから素直に甘えることができないんだよ」

「やさしくしてあげるんだよ」

「うん、わかってる」



 カオルちゃんが帰ってきた。

 キキョウさんが伯爵様のところであったことを説明してくれた。


「伯爵様はカオル様が賢者を辞められた経緯にうすうす気付いているご様子で、大変怒っておられました」

「そうでしたか、それでは伯爵様もカオルちゃんの味方ということですね」

「はい、代々賢者様にここの土地を貸してくださっていますから、当然といえば当然ですが……」

「有難いことですね」

「伯爵様のお話では最近の宰相様のやり方には一部の貴族から批判の声が出ているそうです」

「そうですか、宰相の言うことを鵜呑みにしない方もいるということですね」

(魔術学校の三人の顔が頭に浮かんだ)


「畑の件はどうでした?」

「ヒノ村の人を雇うことを条件に、いくらでも拡げていいと言ってくださいました」

「それはうれしいですね」



「よかったね」

「はい」

「あとは……あの人次第か」

「そうですね」


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