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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
40/65

40 涼共和国の賢者に会う

「その前にちょっと部屋を貸してもらえませんか?」

「何故だ?」

「服を着替えたいと思います」

「ああ、かまわん、そっちが寝室だ」

 指差されたドアを開け中に入った。



「あっはははは、これは愉快だ、あはははは」

 部屋から出てきた僕を見てミツナリさんが大笑いした。

「そんなにおかしいですか?」

「いや、わるいわるい、そうではなくて、あまりに見事なのでつい」

「お供するのに平民の格好ではまずいと思っただけですけど……」

「ほんとにお前といると退屈しないな、こんなに愉快なのは久し振りだ」

「それはどうも」

「そうだな……その格好の時はクロユリと名乗れ、知り合いの娘ということにする。そうか、声が出ないということにしよう」

「わかりました」


「それにしても、美しいな」

「あまり見ないでください、恥ずかしいです」

「だがそれでは、いやでも人目を引くぞ」

「その方が変装を解いたときに目立ちにくいと思ったのです」

「確かにそうだな、では食堂に行くか、これからは念話でな」

 《はい》


 一歩下がってついてゆく。すれ違う人の視線が痛い。

(どう見えてるんだろう?)


 《ここだ》

 《はい》


 食堂の中には、まだあまり人はいなかった。

 テーブルに着くとウェイターが注文をとりにきた。


「おはようございますタケダ様、本日は羊肉と野菜の温かいスープまたは冷ましたジャガイモのポタージュになりますが」

「ちょっと待ってくれ、連れにきいてみる」

 《どっちにする?》

 《温かい方をお願いします》


「連れは声が出ないのだ、温かい方を二つ頼む」

「かしこまりました」


 僕のことを振り返って見る人や、ヒソヒソ話す声が聞こえる。

 《やっぱり目立ってますか?》

 《当然だな、だいたい教皇庁には女性はほとんどいないから、なおさらだ》

 《そうでしたか》


 ウェイターがスープとパンそして紅茶を乗せたワゴンを曳いてやってきて、それらを手際よくテーブルにセットした。

「どうぞ、ごゆっくり」

「うむ」


 《いただきます》

 《味はどうだ?》

 《美味しいです》

 《そうか、それはよかった》


 《共和国の賢者様はどんな方なのですか?》

 《名前はオオイシヨシハル。そうだな……頭は切れる。だがその分、完全には信用できないところがある》

 《戦争についてはどう思っていますか?》

 《一国支配という考えには賛同してくれている。ただ、その一国が共和国でもいいと考えているようだ》

 《わかりました》


 《………》

 《何か?》

 《弟子になる気はないか?》

 《私はカオル様を守る立場の者ですから、そういうわけには》

 《そうだったな、しかし、カオルのことをいつも様付けで呼んでいるのか?》

 《そ、それは……ちょっと申し上げにくいのですが……》

 《なぜだ?》

 《いえ、ぜったいに言えません》

 《おかしなやつだな》



 《ごちそうさまでした》

 《では、今日一日留守にすることを伝えてくる。部屋で待っていてくれ》

 《わかりました》



 しばらく部屋で待っていると彼が戻ってきた。

「では行くとするか」

「はい」


 ミツナリさんがトビラを開いて二人でくぐった。

 そこはごく普通の部屋の中だった。

「ここはどこですか?」

「外に出てみよう」


 外に出るとそこは小高い丘の上だった。後ろには小さな家が建っている。

 イズモの城壁かはるか遠くに見える。

「この景色をよく覚えておけ」

「どういうことですか?」

「これは私の家だ、トビラが開けるギリギリのところにいくつも家を持っている」

「そういうことですか」

「そうだ」


 その後、何度か同じことを繰り返した後、彼が言った。

「次が最後だ、お前も自由に使っていい」

「ありがとうございます。ひょっとして帝国にもこうやって行けるのですか?」

「そうだ」

「次は帝国に連れて行ってもらえますか?」

「もちろんそのつもりだ」

「ありがとうございます」


 最後のトビラをくぐった。

「ここからは歩いて行く、荷物はここに置いてゆけ」

「はい」


 外に出ると遠くに城壁が見えた。

「あれが共和国の首都だ、一時間ほどで着ける」

「はい、楽しみです」



 城門ではアサガオさんの身分証と通行証を使うつもりでいたが、ミツナリさんが僕の分も用意してくれていた。もちろん名前はクロユリ。

 《これを持っていろ》

 《いろいろありがとうございます》


 街は王都に匹敵するほど賑やかで活気に溢れていた。

 《共和国も豊かなんですね》

 《見た目はな》

 《といいますと?》

 《自分の目で確かめろ》

 《わかりました》


 表通りを抜け裏通りに入ると道端にうずくまる人や子供が目に入った。

 《わかるか?》

 《貧富の差が激しいということですか?》

 《そういうことだ》

 《王国ではこんな光景は見られませんね》

 《そうだな》

 《皇国の方がまだましですか?》

 《とらえようによってはな》

 《むずかしいですね》


 裏通りからまた表通りに出て立派な屋敷が建ち並ぶ一画に出た。

 《あれが賢者の屋敷だ》

 指差す先には王都のお屋敷と同じ位の立派な屋敷が建っている。


 玄関でミツナリさんを見たメイドさんが、すぐに応接間へ案内してくれた。

 しばらくして現われたのはミツナリさんと同年代に見える落ち着いた雰囲気の人だった。

「これはこれは、突然どうされました?」

「申し訳ない、驚きの情報があって慌ててまいりました」

「そちらは?」

「知り合いの娘でクロユリといいます。声が出ないので話は念話になります」

「そうでしたか」


 《クロユリと申します、お目にかかれて光栄です》

 《楽にしてください、それにしても、なんとお美しい》

 《ありがとうございます》


「それで……驚きの情報というのは?」

「王国の賢者が辞めたそうです。クロユリが伝えに来てくれました」

「なんと」

「後任はスガワラだそうです」

「驚きましたね」

「どう思われますか?」

「王国は宰相の思いのままということになりますか」

「そうなるでしょう」

「帝国との戦争に介入してくる可能性が高まりましたね」

「あとは、どのタイミングで動くかということになりますか」


 《オオイシ様は王国の賢者様をご存知だったのですか?》

「いえ、お会いしたことはありませんが、タケダ殿から話は伺っておりました」

 《そうなのですか》

「失礼ですが、あなたと王国の賢者の関係は?」

 《友人です》

「そうでしたか、それはさぞご心配でしょう」

 《いいえ、賢者を辞められたことで却って安全な立場になられましたから》

「なるほど、そうかもしれません」


「それで……最近の動きは?」

「相変わらず砦の建設くらいですか。帝国は?」

「このまま作物が順調に育って、例年通りの収穫があれば次の春に侵攻を始める公算が大きいでしょう」

「そうなりますか」

「共和国からの輸出はどうですか?」

「そろそろ停止になるかもしれません」

「いよいよですか」

「いっそ洪水か干ばつでも起きてくれればいいのですが」

「そうそう上手くはいかないでしょう」


「ともかく、報せてくださり、ありがとうございました」

「いえ、クロユリが共和国を見たがっていたので、丁度良い機会でした」

「今のうちに好きなだけ見ていってください。戦争になればここも廃墟と化すかもしれません」

 《そんな……》

「あなたが気に病むことではありません、あとは我々が考えます」

 《ですが……》


「運命は変えられません、我々がいくら頭を悩ませても、流れを変えることはできないのかもしれません」

 《わかりました、ご無事をお祈りします》

「ありがとうございます、あなたのような美しい方に会えて、久々に胸が高鳴りました」


「何をおっしゃるかと思えば……」

「いや、タケダ殿こそ、本当にただの友人の娘さんですか?」

「そうですが……」

「そういうことにしておきましょう」

「………」


「また何かありましたら、報せていただけるとありがたいです」

「わかりました、ではまた」

「クロユリさんも、お元気で」

 《はい、オオイシ様もお元気で》




 《まったく、何を勘繰っているのやら》

 《いっそ、腕でも組みましょうか?》

 《お前まで……》


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