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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
37/65

37 涼博物館へ行く

 次の日の午後、結局全員で博物館へ行くことになった。

 アサガオさんに思いっきり睨まれた。


 メイドさんたちは普段着で、それぞれおしゃれしている。僕もキキョウさんに上等な方の服を着せられた。

 揃って王都の街を歩くと当然、人々の注目を浴びることになった。


 小声でキキョウさんに訊いてみる。

「なんか、すごく見られてませんか?」

「そうですね」

「カオルちゃんのこと分かってるのかな?」

「どうでしょう、わかる人は少ないと思いますが」

「みんな美人だから?」

「なんか、落ち着きませんね」

「あはは、キキョウさんでもそんなことあるんですね」

「えっ、私だって一応女ですから……」

「失礼しました」



 博物館は想像以上に立派で重厚な石造りの建物だった。

 平日なのでほとんど人がいない。じっくり廻れそうだ。

「すごいですね、楽しみです」

 メイドさんたちもはしゃいでいる。


「半日で全部は廻れそうもありませんね」

「では、後で玄関に集合ということで、各自で好きな物を見て廻りましょう」

「「「はいっ」」」


 キキョウさんは僕とカオルちゃんを残し、メイドさんたちを連れてどこかへ行ってしまった。何だか緊張する。


「王都の街で二人きりって初めてじゃない?」

「そうですね」

 カオルちゃんも緊張してるみたいだ。


「美術品も興味あるけど、とりあえず歴史を見に行こうか」

「はい」



 王国の歴史が展示してある一画へ来た。

 やはり、度々現れた異国の人々によって文化が伝えられ、王国が始まったとされている。


「そうみたいですね」

「うん、思った通り、トビラは自然に発生することがあったんだろうね」

「帝国はどうだったのでしょう」

「時期によって伝わった文化も違うはずだよね」

「そうなると、少し興味が湧きますね」

「帝国の技術力はすごいんでしょ?」

「はい、農業国の王国とは違い、帝国は工業国ですから」

「農業に向かない土地だから必然的に工業が発達したんだろうね。王国では考えられないような武器を持ってたりするのかな?」

「その可能性はありますね」

「でも、宗教は何で皇国で発展したんだろう」

「王国から流れて行った人たちが統治するために利用したのかもしれませんね」

「なるほど、そういうことだろうね」


 展示されている過去の遺物の中に、明らかに日本のものと思われる道具がいくつも並んでいる。

「このへんの物はニホンの物だと思うよ」

「そうなのですか?」

「うん」



 展示の最後に歴代の王様とそれに仕えた重臣たちの名前が表にしてあった。

 最後の行には賢者としてカオルちゃんの名前が載っている。


「すごいよ、カオルちゃんは王国の歴史に名前を刻んでるんだね」

「はずかしいです、私はただ、リン様の跡を継いだだけですから」

「やっぱり謙虚だね」

「いいえ、相変わらずワガママです」


「リョウ……」

 カオルちゃんが腕にしがみついてきた。

「なに?」

「……ずっと……そばにいてください」

「うん、約束する」

「ありがとう」

 頭をそっと撫でた。


 他にも気付いたことがあったが、カオルちゃんには言わずにおいた。


 その後、美術品や工芸品などを見て廻り、玄関でみんなと合流した。



 次の日は朝から店を見に街へ出かけた。メイドさんたちはお屋敷の片付けをしている。


 カオルちゃんは三軒のうちで一番古そうな店を選んだ。

 その店は裏通りの交差点にあった。全部で五軒の店が並ぶL字型の建物で、今回売りに出ていたのは真ん中、角の店だ。二階が居住スペースになっている。しっかりした造りの落ち着いた雰囲気の店で、以前は雑貨屋だったらしい。


「ここが気に入りました」

「うん、いいと思うよ」

「では、不動産屋へ行きましょう」


 値段は交差点の角という事でちょっと高目だったが、昨日宰相様から受け取ったお金で充分足りた。

 特に改装する必要もなかったので、掃除してお屋敷から必需品を運ぶことにした。


「ヒルガオに掃除をさせましょう」

「いい店が見つかってよかったね」

「はい、うれしいです。新しい生活が始まるのですね」

「そうだね、なんかいいね」

「はい」

「看板がいるんじゃない?」

「そうでした」

「お店の名前は?」

「考えてありません」

「「あははは」」


 午後からヒルガオさんと一緒に荷物を運び、掃除を手伝った。

「よかったです、一時はどうなることかと心配しました」

「そうだね、ほんとに良かった」


 その後、みんながやってきて手伝ってくれたおかげで、夕方にはすっかり綺麗になり、あとは商品を並べるだけとなった。




 次の日はお屋敷の荷物の片付けを手伝う。

 本や洋服の入った箱などをトビラを開いて僕の部屋へ運ぶ。

 開いたトビラを見ていて、あることを思いついた。


「キキョウさん、試したいことがあるので、ちょっとだけ森へ行ってきます」

「はい、かまいませんが……」

「後で説明しますから」

「わかりました」



 思いついたのは二つ、まずはトビラを動かすことができるかということ。

 もう一つは、水平に開くことができるかということだ。


 どちらも簡単にできた。そして、その事実に恐怖した。

「こんなことが……」

 しばらくの間茫然としていた。



 王都に戻ってカオルちゃんとキキョウさんに説明する。


「確かめてきたのは、トビラを動かすことができるかということと、水平に開くことができるかということです。それで、どちらもできました」

「どういうことなのですか?」

「つまり……トビラが攻撃に使えるということです」

「「えっ」」


「相手がトビラをくぐらなくても、トビラが動けばくぐったことになります。その出口が、はるか空の上だったとしたら?」

「そんな……」

「そういうことです」

「なるほど……」


「水平に開いた場合も同じです。上からかぶせてもいいし、下から持ち上げてもいいです。それに、人の体が半分くぐった状態で術を止めたらどうなるでしょう」


「……真っ二つになりますね」

「そんな恐ろしいこと……」


「トビラの術は人々の役に立つとばかり思ってたけど、違いました。たぶん、ない方がいい術です」

「そうなりますね」

「普通の人では使えないというのは救いですけど、恐ろしい術だという認識でいないとだめだと思います」

「わかりました」

「はい」



 夕食の後、キキョウさんに話を聞いてもらう。

「今日、博物館で気付いたことがあります」

「何ですか?」

「歴代の重臣の中で、宰相と賢者を兼任した方が何人もいました」

「それは知りませんでした」

「それで……あくまで可能性ですけど、リン様を殺害したのは宰相様かもしれません」

「そんな……」

「あくまで可能性です。そもそも六年前に帝国がリン様を殺害する理由がいまいち理解できなかったんです、こっちの方が納得できます」

「リン様が宰相になることを恐れたということですか……」

「今回のこともありますから、可能性はあると思います。このことはカオルちゃんには黙っていてください」

「わかりました、今まで以上に気をつけなくてはいけませんね」

「頼りにしてますよ」

「任せてください」



 明日はいよいよ新しい服が出来上がる。

 まずはまた皇国へ行ってミツマサさんに共和国に信用できる人がいないか訊いてみようと思っている。もう一度あの人にも会ってみたい。


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