36 宰相の思惑
ここは宰相の執務室。
宰相と国家魔術師のスガワラ伯爵が話をしている。
「あれが賢者を辞めると言ってきたぞ」
「それで……お許しになったのですか?」
「うむ、一応慰留してみたが、断わられた」
「そうでしたか……」
「何か言いたいことでも?」
「いえ、後任はどうされるおつもりかと……」
「お前がなればよいであろう?」
「えっ、そのようなこと……」
「いやか?」
「とんでもございません、喜んでお引き受け致します」
「……そうだろうな」
「………」
「国家魔術師の長としての立場はどうする?」
「それは……兼任するということにして頂ければ有難いのですが……」
「わかった、そう告示することにする」
「はい、ありがとうございます」
「しかしだ、最近一部の貴族と軍や騎士たちが何やらうるさくてな、何とかならぬか?」
「何のことでしょうか?」
「あれの使用人が使った術のことだ」
「ああ、そのことでしたら、あれが賢者を辞めた以上、何も言えないのではありませんか?」
「そう簡単に済むのか?」
「自分の意志で辞めたと分かれば静かになるはずです」
「やはり、あれが編み出した術を使うのは嫌だということか?」
「いえ、決してそのようなことは……」
「まあいい……これで、あれもただの平民だ政治に口出しはできない、あとはお前の好きにやれ」
「はっ」
「それで……辞めてどうすると言っておりましたか?」
「ああ、薬屋を始めるそうだ、王都にも店を開きたいと言っておった」
「許したのですか?」
「止めさせる理由もないからな」
「仕方ありませんか」
「そういうことだ」
「………」
「それで、魔術師たちはどうなんだ?」
「どうとおっしゃられますと?」
「あの術のことだ」
「ああ、空気砲の方はほとんどの者が実戦で使える程度にはなりました」
「おお、それは良かった、王都に現れる魔物の数も増えているようだし、あれが帝国が侵攻を開始するとすれば春だと言っておった。戦争が始まれば前線にも出てもらわねばならん。これからもよろしく頼む」
「はっ、お任せください」
「しかし、魔術師の増員を図るわけにはいきませんか? 王都の警備もあり、今のままでは数が足りません」
「春には魔術学校の生徒も卒業するはずだが……」
「それでは百名にもなりません」
「学校の定員を増やすべきだと?」
「はい、そう考えます」
「わかった、考えておく。もう下がってよい」
「失礼します」
(まさか、あれの方から言い出すとは思わなかったが、おかげで問題が一つ片付いた。
それにしても、スガワラは賢者としてやって行けるのか?
まあ、何か失敗した時は責任をとらせるだけだが……次は共和国との同盟の問題か……何にしても次の春では時間がなさすぎる、その次まで待ってくれるとよいのだが……。
いざとなったら生徒たちも動員するしかないだろうな)




