34 賢者様ワインを飲む
美容院へ行ってきた。
理由はネットで、ぱっつんロングヘアのウィッグを見つけたからだ。これからはもっと本格的に変装しようと思う。できるだけ普段と変装後の違いを大きくしたい。
「ずいぶん短くしましたね」
キキョウさんが僕の髪型を見て驚いた。
「おかしいですか?」
「いいえ、こっちの方が男らしくていいと思います」
「なんだか照れますね。実はこれ、変装のためなんです」
「どういうことですか?」
「届いたら見せますけど、あっちにはカツラというものがあって、被るだけで髪型が変えれるんです」
「へーっ、そんなものがあるんですか」
「楽しみにしていてください」
「それで……女性の服もほしいんですけど、いいですか?」
「いいですよ、王都に行ったら、行きつけの仕立屋へ行きましょう」
「お願いします」
「それよりカオル様からお話があると思います、早く行ってあげてください」
「はい」
カオルちゃんはいつものように書斎にいた。
「聞いてほしいことがあります」
真剣な顔でカオルちゃんが切り出した。
「キキョウと相談したのですが、賢者を辞めようと思います」
「あー、やっぱりそうなった?」
「驚かないのですね」
「うん、僕はカオルちゃんが安全なのが一番だから、できることならそうする方がいいと思ってた」
「ありがとう」
「賢者でなくなってもカオルちゃんはカオルちゃんだからね」
「はい、そうですね、これで気が楽になりました」
カオルちゃんがニッコリ微笑んだ。
「お母さんに聞いたけど、薬屋さんになるの?」
「他にお金を得る方法を知りませんから」
「下男の仕事が増えるね」
「平民になるのですから、下男は雇っておけません」
「えーっ!!」
「冗談です。下男ではなく、店員として雇いますから、安心してください」
「もーっ」
「ミツマサさんがね、カオルちゃんに目立つ行動は控えるよう伝えてくれって、理由は話してくれなかったけど、きっと何か知ってるんだと思う」
「知らないところで何が起きているのでしょう?」
「王都にいる間は気をつけた方がいいね」
「そうですね」
「でも、今回、宰相様に言うんだよね、辞めるって」
「はい、そのつもりです。ですが辞めると王都の屋敷も返すことになりますが……」
「そうなるのか……お屋敷に愛着があるの?」
「少しだけ……リン様との思い出がありますから」
「そうだよね」
「それで……その髪型はどうしたというのですか?」
「えっ、変かな?」
「私は前の方が良かったです」
「そうなの?」
「はい」
「でもこれ、変装用なんだ、そのうち見せるから」
「何をですか?」
「変装した姿を」
「ふーん、また何かろくでもないことを考えていますね」
「いや、それほどでも……」
王都へ発つ日が来た。
全員で馬車に乗ると馬がかわいそうなので、アサガオさんとユウガオさんには後からトビラで来てもらうことになった。
ウィッグも届いたけど、まだみんなには見せていない。
「オオクワ村に店を出せないかな?」
「当たってみましょう」
「そうですね」
「畑も広げないといけないね、がんばらなくちゃ」
「頼りにしています。男性はリョウだけですから」
「えーっ、あんまり頼られても困るけど……」
「冗談です」
「………」
「ヒノ村で頼めば男の人が来てくれますから、リョウは指示するだけでいいです」
「あはは、やっぱり頼られてないのか……」
「そんなことはありません、ほんとに頼りにしていますから」
「はいはい」
日暮れ前にオオクワ村に着いた。
店を探しに出かけていったキキョウさんの話では、今もいくつかの店が売りに出ていて、慌てる必要はないということだった。
「王都にも開きたいのですが、だめでしょうか」
「拠点となる場所がいるからね、まずはそっちが先かな」
「あまり目立たない場所をさがしてみます」
「お願いします」
宿の食堂は賑わっていた。
「私もワインを飲みたいです」
カオルちゃんがいきなり言い出した。
「えっ、いいの?」
「別に構わないと思いますが」
キキョウさんが答える。
「そうなんですか?」
「はい、もうワインくらい飲んでも構わない年齢です」
ワインが運ばれてきた。
「いつもアサガオと飲んでいたのですか?」
「えーっと、途中からかな……でもそれは、食事がまずかったからで……」
「言い訳はいいです」
「……はい」
「これからは私も飲むことにします」
「気に入ったの?」
「はい、おいしいです」
(なんか意地張ってない?)
「たくさん飲むと酔っ払うからね」
「はい、気をつけます」
キキョウさんがニヤニヤしている。
隣のテーブルの客が話しているのが聞こえる。
「一昨日また王都に魔物が出たそうだ」
「最近多いな」
「街道ならわかるが、いきなり王都の中に現れるなんて、どうなってるんだ?」
「わからんな、何かの魔法じゃないのか?」
「かもしれんな」
「犠牲者は出たのか?」
「最近は何とか死人を出さずに倒してるみたいだ」
「ならいいが」
「やっぱり帝国の攻撃なのか?」
「そうだろ」
「目的がわからないね」
小声で話す。
「そうですね、王都に魔物が現れることで何か変わるのでしょうか」
「そのために王都の戦力を増やす必要がありますね」
「戦力といってもそれほど多くはいらないでしょ?」
「確かに、百か二百もいれば足りるでしょうね」
「でも、百といったら魔術学校の一学年の生徒数と同じじゃないですか、そもそも国家魔術師は何人くらいいるんですか?」
「そうですね、はっきりとした数字はわかりませんが二千人はいないと思います」
「そんなに少ないものなんですか」
「卒業生全員が国家魔術師になれるわけではありませんから、そんなところだと思います」
「それで戦争ができるんですか?」
「ほとんど戦力にはなりませんね」
「知らなかった」
愕然とする。
「王様を狙ったりはしないでしょうね」
「絶対にないとは言えませんね」
「混乱を招くためですか」
「可能性はあります」
「宰相様に話せることはあまりありませんね」
「不確定なことは話さない方がいいと思います」
「僕もそう思う。タカシくんの手紙のこともあるから、信用できなくなったし」
「賢者を辞めてしまえば、国政に関わることもなくなります。かといって、王国の平和を願う気持ちに変わりはありません」
「そうだね」
「私達は、私達にできることをやりましょう」
「「はいっ」」
明日は王都に着く。
魔物に出会う可能性もかるから気を引き締めないといけない。




