32 賢者様嫉妬する
「いろいろありすぎて、何から話していいかわからないよ」
「そんなにいろいろあったのですか?」
「うん、あっ、その前に、みんなにお土産があるんだった」
「えーっ、何ですか?」
ユウガオさんが僕の顔を覗き込む。
「まずは皇国のお土産」
テーブルの上にペンダントを並べる。
「うわーっ、きれいですね」
「うれしいです」
「この赤いのはカオルちゃんね」
「ありがとう、とても素敵です」
「あとは一応考えて買ったんだけど、好きなのを選んでいいよ」
みんなが選んだのは思った通りだった。
「やっぱりそうなるよね」
「えっ、わかってたんですか?」
「うん、そうなると思った」
「アサガオだけイヤリングもあるのですね」
カオルちゃんに突っ込まれた。さすが鋭い。
「あー、それは……いろいろお世話になったので特別に……」
「それでは、その腕輪は?」
「こ、これは……アサガオさんにもらったんだよ」
「そうですか」
横目で睨まれた。
「お金は足りたのですか?」
キキョウさんが訊いてくる。
「あんまり言いたくないけど、これ案外安いんです」
「へーっ」
「この石は帝国産なんだけど、たくさん採れるんだって」
「そうなんですか」
「次は共和国のお土産」
アサガオさんがポシェットを並べる。
「かわいいです」
「うれしいです」
「カオルちゃんのはこれ」
黒くて房のついたものを渡す。
「ありがとう」
「共和国は革製品も有名なんだって。ワインも美味しかったよ」
また睨まれた。
「最後に、カオルちゃんにはもう一つ」
二本の短剣を取り出してテーブルに並べるとみんなが覗き込んだ。
「これはお土産じゃないんだけどね」
「きれいな剣ですね」
「見るからに高そうです」
「どうしたのですか?」
「大魔導師がくれたんだよ」
「「「「えーっ」」」」
「黒い方にカオルちゃんの魔力を溜めてほしいんだ、赤い方には僕のが溜めてあるから」
「魔道具なのですか?」
「うん、カオルちゃんには赤い方をいつも身に付けていてほしい」
「どうなるのですか?」
「まずは魔力を溜めてみて」
「はい」
カオルちゃんが黒い剣を手に取り魔石に魔力を注ぎ込む。
「できました」
「うん、じゃあ見てて」
二本の短剣を離して置く。
黒い剣に魔力を送ると回転を始め、切っ先が赤い剣の方を向いた。
「「「「おおーっ」」」」
「これを持っていれば、離れていてもカオルちゃんのいる方角がわかるんだよ」
「うれしいです。でもどうしてこんなものを……」
「後悔しないように生きろって言われたんだ、カオルちゃんを守れっていう意味だと思う」
「大魔導師は敵ではないのですか?」
「最初はすごく怖わかったけど、最後はやさしい感じがしたよ」
「不思議な方ですね」
「大魔導師はタケダユキナリという名前で、訊いてみたんだけどトビラを使えるのは彼だけらしい」
「では、帝国にはトビラを使える魔術師はいないということですか?」
「どうやらそれも彼らしい」
「えっ」
「つまり、彼は帝国の魔術師もやっているということだと思うんだ」
「そんな……」
「それから彼はカオルちゃんに危害を加えるつもりはないみたいです」
「それは本当ですか?」
キキョウさんが訊いてくる。
「はい、約束してくれました」
「よかったです」
「彼の目的は大陸の平和を守ることだと言っていました」
「それはおかしくありませんか?」
「僕もそう訊いたんだけど、彼は戦争は回避できないと思っているらしくて、回避できないのなら彼の思うように戦局が進むようにと、いろいろ工作をしてるみたいなんです」
「悪意で動いているわけではないということですか?」
「善悪は当事者にしかわからないというような意味のことを言っていました」
「どういうことですか?」
「国民のために他国を侵略するとなれば帝国にも正義はあると」
「それはそうですが……」
「帝国の冬は厳しいので侵攻を開始するとすれば春だと言っていました。次の春かその次の春になるのかは分からないそうです」
「回避できないのではなくて、彼が回避できないように仕向けているとは考えられませんか?」
カオルちゃんが口を開いた。
「わざと戦争を起こそうとしていると?」
「そう考えることもできます」
「そうか、それは考えてみなかったな」
「戦争の後に彼の描いた大陸の秩序を作ろうとしているのかもしれません」
「きっと、また会うことになると思うから訊いてみるよ」
「そうしてください。ただ、彼の機嫌を損ねないよう気をつけてくださいね、リョウに危険が及ぶのはいやですから」
「ありがとう、気をつけるよ」
「それから、あの人は国境の向こう側に何度も魔物を送り込んでるんだ。そのせいで皇国や共和国の人たちの間に王国に対する不信感が生まれてる」
「そんなことになっているのですか?」
「王国を孤立させるのが目的なのかもしれない」
「同盟も危うくなりますね」
それから、いろいろな町の様子やミツマサさんから聞いた皇国の現状を話した。
「早く報せたくて共和国の首都には行ってないんだよ」
「よい判断だと思います」
「私もそう思います」
ついてくるかと訊かれたことは黙っておいた。余計な心配はかけたくないからだ。
「近いうちに共和国へも行ってみようと思うんだけど、いいかな?」
「かまいませんよ」
「お願いします」
「それとね、一番嬉しいのは、もう遠慮なくトビラが使えるということだよ」
「そうなりますか?」
「うん」
「さすがに謁見のときは馬車がないと不自然だけど、外に出なければ自由に往き来していいと思う」
「それはうれしいですね」
「さっきお母さんいなかったから、今日はあっちで泊まろうと思うんだけど」
「それがいいと思います。心配されていましたから」
「それじゃあ、久し振りにヤキニクにしない?」
「さんせー」
「いいですね」
「はいっ」
自分でトビラを開いてみんなと一緒に家に戻り、とりあえずアサガオさんと交替でお風呂に入った。
「久し振りにさっぱりしたね」
「そうですね、オフロに入れないのはちょっと辛かったです」
お母さんにメールをしておく。
「じゃあ、買い物に行きますか」
「はい」
いつものようにキキョウさんと出かけるつもりだった。
「あの……今日は私が行ってはいけませんか?」
カオルちゃんが俯きながら小さな声で言った。
「僕はかまわないけど」
「スーパーを見ておくのも勉強になりますね」
キキョウさんがニヤニヤ笑いを浮かべている。
「本当ですか?」
「はい、どうぞ二人で行ってきてください」
「じゃあすぐ着替えます、ちょっと待っていてください」
カオルちゃんは初めて乗る車に驚いていたが、走り出すとすぐに目が輝きだした。
「すごいですね」
「初めてだと驚くよね」
「はい」
「スーパーを見たらもっと驚くよ」
「そうなのですか? それは楽しみです」
スーパーでのカオルちゃんは驚きっぱなしだったが、お客さんたちも驚きの表情でカオルちゃんを見ていた。
「やっぱり目立つね」
「えっ?」
「カオルちゃんだよ」
「どうしてですか?」
「あー……すごく綺麗でかわいいから」
「私は、かわいいですか?」
「うん、とてもかわいいと思うよ」
「アサガオよりも?」
「もちろん」
「そうですか……嬉しいです」
真赤になった。
「でも、僕はかっこよくないし、男らしくもないから……カオルちゃんには不釣り合いだね」
「そんな……私は男の人が苦手ですから……リョウくらいが丁度いいです」
「それ褒めてるの?」
「じゃあ、言い直します……リョウがいいです」
今度は僕が赤くなる番だった。
「ありがとう」
久し振りの焼肉パーティーは賑やかで、みんなの笑顔が眩しかった。
アサガオさんが楽しそうに旅の話をすると、みんな羨ましがった。
お母さんも楽しそうに聞いている。
「ミツマサさんの料理はほんとにひどかったんですよ」
「二度と食べたくないよね」
「そんなにひどかったんですか?」
「うん」
「「あははは」」
そしてみんな帰っていった。
「大丈夫なの?」
「うん、まだ戦争にはならないみたい」
「ならいいけど」
「戦争になったら、みんなこっちで暮らしてもいいかな?」
「もちろん構わないよ」
「ありがとう」
「そういえば、最近怪物が出なくなったみたいだよ」
「ほんとに?」
「うん、何か知ってる?」
「うーん、たぶん、もうこっちに魔物を送り込む理由がなくなったんだと思う」
「どういうこと?」
「目的は達成できたということかな」
「よくわからないけど、とりあえずよかった」
「そうだね」
「それより予備校とかどうするの?」
「あーっ、すっかり忘れてた」
「もうこうなったら、リョウがあっちで暮らしてもかまわないけどね」
「ほんとに?」
「カオルちゃんのこと好きなんでしょ?」
「……うん……好きだよ」
「どうしたらいいか、よく考えて決めなさい」
「うん」
「後悔しないようにね」
「うん」




