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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
31/65

31 賢者様は迷っていた

 リョウたちが出発してからもう十日以上経っています。今はどこにいるのでしょう。


 王都から手紙が届きました。いつもの謁見の通知です。

 今回の相談はヒオキ村でのヤギの放牧に関することでした。

 ネットで調べると答えは簡単に見つかりました。



「もうひと月経つのですね」

「模擬戦とかいろいろありましたからね」

「あっという間でしたね」


「王都へ行くのは構わないのですが、この間のミウラさんからの手紙が気になります」

「何もするなと言われるのなら、しないだけのことです。心苦しいですが仕方ありません」

「そうですね」


「今回は少し早目に行きましょう」

「なぜですか?」

「新しい組織のこととか合同訓練のこととか、いろいろ気になりますから」

「確かにそうですね。では五日後に出発ということにします。リョウのことも気になりますよね」

「そ、そうですね。それでお願いします」



 前回、王都での滞在が長引いたため薬の出荷が遅れてしまいました。今回からはそんなことのないよう出発前に出荷することにします。

 それに新しい薬も開発中です。ネットには私の知らない薬草がたくさん出ていて、とても興味を引かれました。カンポウヤクというものも研究しています。

 薬草の苗はツウハンというもので手に入れることができるようなので、畑を広げようと思います。リョウが帰ってきたら相談するつもりです。お母様も知恵を貸してくださることになっています。


 政治に関わらなくても人々の役に立てる方法はあるのだと思います。

 いっそ賢者を辞めて薬屋になるのもいいかと思い始めています。


 賢者としての日常を当然のこととして受け入れていました。そして王国の平和と繁栄のために尽くすのが賢者の務めだと信じていました。

 賢者が周りからどう思われているかなんて考えたこともありませんでした。

 王国にはもう賢者は必要ないのかもしれません。


 リン様はどう思われるでしょう。

 辞めることを許してくださるでしょうか。




「賢者を辞めてもいいと思っているのですが……」

 思い切ってキキョウに相談してみます。


「辞めてどうするおつもりですか?」

「とりあえず薬屋を始めるのもいいかなと」

「カオル様はリン様の後継者ですから、できることなら続けていただきたいと思います」

「そうでしょうね」

「しかし、現状ではカオル様が賢者であり続ける意味がありません」

「では、どう考えますか?」

「カオル様が賢者を辞めても宰相様は他の誰かを賢者にするでしょう。ご自分の思い通りになる方を」

「そうなるでしょうね」

「私はリン様と約束しましたから、カオル様について行くだけです。薬屋の番頭もいいかもしれません」

「それでは……許してくれるのですか?」

「はい」

「リョウにも相談してみます」

「それがいいでしょう」



 今はみんなで静かに暮らすことが一番の望みです。

 むろんリョウも一緒にです。


 平凡な日常がずっと続くことを願います。

 早く、帰ってきてほしいです。




「ただいまー」

「ただ今戻りました」

 突然なつかしい声が聞こえました。


「リョウ……」

 思わず駆け寄ります。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 リョウが頭を撫でてくれました。


「いろいろあって、ちょっと予定変更」

「とりあえず居間へ。ユウガオ、ヒルガオ、お茶を用意して」

「キキョウさんも元気そうで」

「リョウこそ大丈夫ですか?」

「はい」



 やっと、いつもの日常が戻ってきました。


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