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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
30/65

30 涼感謝される

 王国と共和国を結ぶ一番太い街道に出るためにまず北へ向かう。国境を越えたら北東へ向かい街道にある王国との国境の町を目指す。

 共和国との国境までは二日、国境の町で馬車を乗り換え王国との国境の町まで二日、そこから王都まで六日という予定だ。王国との国境の町に着いたらトビラで帰ってもいいと思っている。



 皇国と共和国の国境の町は共和国側にあった。

 観光をしている時間がないので夕食は町の料理店でとることにした。


「国境の町というのはどこも大きいんだね」

「本当ですね、驚くことばかりです。ついてきて本当に良かったです」

「ごめんね、せっかくなのに観光してる暇がなくて」

「ぜんぜん、とても楽しいです」

「ありがとう」


「やっぱり共和国のワインはおいしいですね」

「そうだね」

「お土産にしたいけど、重たいから無理ですね」

「そうだね」

「料理も皇国に比べたらずいぶんまともだし、生活も豊かそうですね」

「うん……」


「どうかしましたか?」

「あっ、ごめん、戦争のことが頭を離れなくて」

「仕方ないですね、でも王国へ帰るまでは忘れていてほしいです」

「そうだね、ごめん」



「また魔物が出たそうだ」

「本当か?」

 隣のテーブルの客が話しているのが耳に入る。


「王国との国境のそばらしい」

「いつも国境だな。それって王国から来たのか?」

「そうとしか考えられんな」

「王国にはそんなに魔物がいるのか?」

「いや、大体、山にいるもんだろ?」

「王国が送り込んでるんじゃないのか?」

「しっ、めったなこと言うもんじゃない」

「ああ、そうだな」



 あの人は一体、何を考えているんだろう。

 戦争を煽っているのは確かだけど、王国を孤立させたいのかな?


「また、難しい顔をしてますよ」

「あー、ごめん」



 食事の後、町を見て廻る。

 アサガオさんはいつものように僕の腕を掴んでいる。


「気持ちはわかりますよ。私だってあんな話を聞くと不安になります。これから何が起こるんだろうって」

「そうだよね、あの人はそれも狙っているんだろうか」

「人々の不安を煽ることですか?」

「うん」

「何かが起きているのに、その何かがわからないと、とても不安になりますね」

「知ってても不安だし、知らなくても不安だね」

「そうですね」

「とにかく明日からは国境に近づくから気をつけないと」

「はい」


 あと二日で王国との国境だ。やっと帰れる。



 次の町は魔物の噂で持ちきりだった。


「王国との国境へ向かうのは危ないぞ」

「そうは言っても荷物を届けないと……」

「命とどっちがだいじなんだ?」

「昨日も出たみたいだ。死人が出たらしい」

「それで魔物はどうなったんだ?」

「騎士が倒したそうだ」

「騎士なんてどこから来たんだ?」

「最近は駐屯しているらしいぞ」

「へーっ、そうなのか」

「何でこっち側ばかりなんだ?」

「わからん」



「何か大変なことになってるね」

「そうですね、そんなに何度も出たのでしょうか。明日は出ないといいですね」

「馬車は出るのかな」

「あっ、そうなりますね」

「うん、朝になってみないとわからないね」


「お土産さがしに行きましょう」

「そうだね、そうしよう」

 アサガオさんが気を使ってくれているのがよくわかる。ほんとに優しい人だ。


 お土産は革製のポシェットにした。共和国は酪農も盛んで革製品も有名らしい。

 もちろんカオルちゃんのは飾りの房がついたちょっと高いものにした。



 また背中合わせで話をする。

「国境付近は危ないから、次の町からトビラで帰るよ」

「はい」

「もし魔物が現れたら押さえ込むから、例の空気を抜くのをやってみて。それでだめだったら僕が何とかするから」

「わかりました」

「最悪、危なくなったらトビラを開くから、迷わずに飛び込んでね」

「はい」



 翌朝、馬車は出ることになったが、魔物が出たらすぐに引き返すことが条件だった。

 あとは出ないことを祈るだけだ。


 また見張り役を引き受け、御者台に座った。

「そんなによく出るんですか?」

「このところ急に増えたみたいだ」

「商人とかいろいろ困りますよね」

「そうだな、護衛をつける必要があるな」



 午前中、魔物は現れなかった。休憩のため馬車は街道の脇へ止まった。

 宿で作ってもらったお弁当を食べる。目の前にはのどかな景色が広がっている。


「こんなにいいお天気なのに、魔物の心配をしなくちゃいけないなんて……」

「そうだね、みんな困るよね」


「また、あの人のことを考えてますね」

「うん、目的がね、よく分からないから」

「訊けばよかったのに」

「そうだね、うっかりしてた」

「「あはは」」



 一台の馬車が通り過ぎてゆく、個人の馬車のようだ、可愛い女の子が手を振っている。

 思わず手を振り返し見送っていると、その五十メートルほど先の空間が突然光り始めた。


「アサガオ!」

「はいっ!」

 二人で駆け出す。


 トビラから現れた魔物は四足だった。

 ライオンに似ているが頭に二本の角が生えている。

 魔物が馬に襲いかかる、バランスを失った馬車が横転し御者が放り出された。

 《いくよ》

 《はい》


 魔物に向けて空気砲を撃つ。魔物の動きが止まった。続けてグラビティで押さえ込む。

 《いきます》

 アサガオさんが両手を向け念じ始める。

 魔物は苦しそうにもがき始め、やがて崩れて動かなくなった。

 《すごいよ》

 《それだけですか?》

 《えっ、じゃあ、さすがアサガオ》

 《はい、一人で特訓した甲斐がありました》



 乗合馬車の御者も駆けつけて放り出された人を助け起こしている。

 馬車の中を確認すると若い女性と女の子が気を失っていた。

 二人とも命に別状はなさそうだ。


「お前たち、何かしたのか?」

「いいえ何も」

「そうか、馬はもうだめだが、三人とも大丈夫そうだ」

「よかった」

「それにしても何だったんだ?」

「えっ」

「いきなり倒れて、一体何が起こったんだ」

「さぁ」

「まあいいか、助かったんだから」

「そうですね」



 馬車の御者と女性は夫婦だった。

 乗合馬車の御者と話している。

「ありがとうございます」

「いや、何もしとらんよ、魔物が勝手に倒れただけだ」

「そうだったんですか」

「そういうことだから気にするな、だが馬はもう使えんな」

「どうすればいいでしょう」

「次の乗合馬車が来て余裕があれば乗せてもらうんだな。俺の馬車にはもう乗れない」

「あの、妻と娘だけでも何とかなりませんか?」

「無理だな子供だけなら何とかなるが……」


「あの、僕らが降りますから、乗せてあげてください」

「お前たちはどうするんだ」

「次の馬車を待ちます」

「ほんとですか? ありがとうございます」

「いいえ、そんな可愛い娘さんをここに置いて行くのはかわいそうですから」

「お前たちがそれでいいなら、俺はかまわないけどな」

「ではそうしてください」

「わかった」

「本当にありがとうございます」

「お兄ちゃんありがとう」

「どういたしまして」

 何度も頭を下げられた。


 女の子に手を振って馬車を見送った。



 辺りに人影はない。

「では、うちに帰ろうか」

「国境の町に行けなかったのは残念です」

「そうだね、行ってみたかったね」

「だったら、次も私と一緒に」

「そうなるかな」

「はいっ」


 トビラを開いて二人でくぐった。


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