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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第一章 王国の賢者
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03 賢者様異世界へ行く

 カオルちゃんの説明をまとめると、こんなかんじ。


 こちらの世界は二つの大きな大陸とその他の島々でできている。

 二つの大陸にはそれぞれ四つの大国とそれに連なる中小の国々がある。

 こちらの大陸はこれまでずっと平和な時代が続いていた。しかし近年、隣国のシュウダ帝国が着実に軍事力を強化してきている。そして帝国にはトビラを使える魔術師がいる。


 こちらの世界には魔法と魔術がある。魔法といっても、物語やゲームに出てくるような、なんでもありの魔法ではなく、基本は化学らしい。たぶん魔法は化学変化に対する触媒のようなものだろう。

 魔術というのは念力のようなもの、テレキネシスとか、テレパシーとか、透視能力、予知能力とかの能力。いわゆる超能力かな。

 どちらも行使するためには魔力が必要となる。魔力は生まれつき個人差はあるけれど、ほとんどの人が持っていて鍛錬で増やすこともできる。魔力の量は結果に影響する。


 同じ魔法でも多くの魔力を使えば大きな効果が得られるということだ。例えば、水を出す魔法は大気中の水蒸気を集めて搾り出す。魔力が大きければ、より広い範囲から集められるので、たくさんの水が出せる。雲まで届くほどの魔力があれば、好きなだけ水が出せそうだ。

 火の魔法は着火はできる。ただ空気中には可燃性の物質はほとんどないから、燃やし続けることはできない。けれど、近くにメタンガスが発生しているとか、油田の上に立っていれば大規模な火の魔法が使えるというわけだ。水素を集めて着火したら、爆発を起こせるのかな?

 つまり魔法を使うには化学の知識が絶対に必要ということだ。科学反応に対してどこまでの知識を持っているかが結果に表れる。

 こんなことなら、もっと真面目に授業を受けておけばよかった。そもそも、僕には魔力があるのかな?


 魔術は魔法とは別の才能が必要になる。たとえば風の魔術、空気に干渉して風を起こすことができるそうだ。魔力が多ければ竜巻を起こせるかも。土なら地面を盛り上げたり、へこませたり、いきなり落とし穴とかできるかもしれない。

 空中に浮くこともできるらしい。ただし、集中が途切れたり、恐怖を感じたりすると落ちるし、維持し続けるのに膨大な魔力が必要なので、あまり実用的ではないそうだ。空を飛べたらいいのに。

 そして魔術は結果をどこまで正確にイメージできるかがカギで、あやふやなイメージでは思ったような結果が得られない。魔術は生まれつきの能力で、努力ではどうにもならない部分がある。魔力との相性があって、使えても普通は一種類。使えない人もけっこういるらしい。念話と呼ばれるテレパシーのようなものは例外で、これは魔道具というもので補助すればほとんどの人が使える。

 それで、トビラは魔術ということになる。化学変化じゃないから。


 トビラの基本概念は十年ほど前に出来上がり、各国は競って名だたる魔術師を研究に当たらせていた。トビラは平和利用すれば限りなく人々の暮らしに役立つが、軍事目的で使えば恐ろしい結果を招くのは間違いない。暗殺や誘拐、大規模なものが可能なら、軍隊を送り込むこともできる。軍事国家であるシュウダ帝国が必死に研究したのは当然だ。

 賢者という立場ではあったが、カオルちゃんの師匠である大賢者リン様は、膨大な魔力量と多彩な能力、賢者としての豊富な知識を持っていた。そこで王様は魔術師たちとは別に極秘にトビラの研究を依頼していた。


「そろそろ陽も暮れますので、続きは明日にしてはどうですか?」


 キキョウさんの言葉にカオルちゃんが頷く。

「そうですね。ここまでで、何か質問はありますか?」


「今、どうしても聞いておきたいことがあります」

「何でしょう」

「トビラはどこにでも開くことができるんですか?」

「いいえ、見えている場所、行ったことのある場所、開いたことのある場所、あるいは明確に想像できる場所だけです」

「だったら、なぜ僕の世界にトビラを開くことができたんですか?」

「それは……」

 なぜか口篭るカオルちゃん。めずらしいこともあるもんだ。

「それは……あなたの魔力を感じたからです。それからその魔力を追いかけました。するとすぐそばに別のトビラが開いたのがわかりました。おかげで、より正確にあなたの位置を掴むことができたので、あなたに合わせてトビラを開きました」

「僕には魔力があるということですか?」

「そうです」

(やった。あ、でも、さっき一瞬口篭ったのはなぜだろう?)


 僕はこの二年ほどの間にあっちの世界で起こったことを簡単に説明する。

 カオルちゃんは、しばらく考え込んだ後、口を開いた。


「そんなことが……帝国が他の世界にトビラを開くことに成功したというのは宰相様からうかがって知っていました。ですから私もあちらにトビラを開けないかと、いろいろ試していたところでした。帝国の目的を知るために。でも、そんなことをしていたとは……」

(諜報網はあるんだ、ということはこちらの情報も漏れると考えるべきか)



「あの、まだ完全にあなたを信用したわけではありませんが、もしよければ一緒にあちらへ行ってみませんか?」

「それはどういう意味ですか?」

「さっきの場所は僕の家からかなり遠いので、できればうちに来てもらえると、いろいろ便利かなと……」

「ぜひ、お願いします!!」



 あちらでの移動手段と、日本は治安のいい国なので危険な目に遭うことはまずないと説明する。

 キキョウさんは、しぶしぶ了解してくれたものの、護衛として一緒に来ることになった。その方が僕も安心だと言うと頷いてくれた。

 そして、向こうではいろいろ質問したくなるだろうけど、とりあえず家に着くまでは、できるだけ口を開かないようにお願いした。妙な会話を聞かれるのはマズイと思ったからだ。それを説明すると納得してくれた。

「とりあえず、さっきの場所にトビラを開いてください」


 カオルちゃんが目を閉じ何かを念じていると、目の前にあの青白い空間が現れる。

 トビラを覗き込むとあっちの景色が見える。

(おおおーーーっ)

 人気がないのを確認して二人を手招きする。

 二人のメイドさんが「「いってらっしゃいませ」」とニコニコしながら手を振る。

(次は二人も一緒に行こうね)


 地上へ出て夕暮れの街を駅へと向かう。パトカーが何台もとまっていてテープが張られている。それを見たカオルちゃんが顔をしかめる。

 怪物は向こうの世界では魔物と呼ぶそうだ。

(そうだよね)


 すれ違う人達の視線がすごい。ゴスロリ美少女と男装の麗人だ。当然だよね。

 カオルちゃんは、うす暗い部屋で本ばかり読んでいるからだろう、肌の色は真っ白だし、腰まである長い黒髪とのコントラストがいやでも人目を引く。

 美人といってもモデルやアイドルみたいな美人とはちょっと違う。

 たしかに目は大きく丸い。でも鼻と口は小さくて、小さいけれど、すごく整った形をしていて、それぞれが絶妙なバランスで配置されている。上品な美しさだ。

(いやべつに、モデルやアイドルが下品だとは言ってませんから)

 黙って座っていたら人形にしか見えないような、無機質な感じがするほどの美しさ、とでも表現すればいいのかな。


 駅はいつものように人で溢れていた。

 心配になって、思い切ってカオルちゃんの手を握る。

 意外にも黙ったまま、握り返してきた。

 思わず顔を覗き込んで…

「カオルちゃん?」

「だいじょうぶです」

 不安そうな表情で見上げてくる。

 頭を軽く撫でてから、人混みをかきわけて乗車の列に並ぶ。

(スルーしてくれた、このまま押し通そう)

 カオルちゃんは俯いている。

 後ろにいるキキョウさんから殺気のようなものを感じるのは気のせい……じゃないよね。


 近づく音に顔を上げたカオルちゃんが、電車を見るなり腕にしがみついてきた。

(やっぱり殺される……)


 電車が走り出すとカオルちゃんは扉のガラスに貼りついて、目を大きく見開きながら、はー、とか、ほー、とか、たまに、おおおおー、とか呟いている。

 本人は気付いてないみたいだけど、乗客の人たちの視線がスゴイことになっている。すれ違うのとちがって、じっくり観察できるからね。

 痴漢なんてぜったい寄せ付けないぞ。

 キキョウさんと目配せをして、ぐっと頷く。

 ここは意気が合った。

(うん、よかった、ほんとによかった、ふぅーっ)


 駅に着いた時、あたりはすっかり暗くなっていたけど、まだ七時前だ。

 ここから家までは歩いて十分くらいだし、お母さんは今夜は夜勤だから帰ってこない。まっすぐ帰ってもいいけど、慌てる必要もないので、ちょっとイタズラ心が働いた。


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