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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
28/65

28 涼土産物を選ぶ

「僕はリョウ、こっちはアサガオといいます。二人とも賢者様の使用人です」

「わしはミツマサ。ついに賢者様が動かれたということか」

「そんなところです」

「それにしても、黒髪、黒眼とは珍しいな」

「えっ、そうですか?」

「皇国ではめったに見かけないからな」

「それでやたら見られてたのかな、王国にはたまにいますけど」

「たしか賢者様も同じだったな」

「賢者様に会ったことがあるんですか?」

「いや、先代様をちらっと見たことがあるだけだ、とても美しい方だった」

「今の賢者様もとても美しいですよ」

 アサガオさんが口を挟んだ。

「おお、そうなのか、それは一度お目にかかりたいものだな」

「いつか会えるといいですね」

「そうだな、おっと、そんなことより、何が聞きたい?」



「ではまず、あなたはここに来て何年になりますか?」

「十年くらいになるかな」

「十年の間に何か変わったことはありますか?」

「平民の暮らしが徐々に苦しくなったということくらいか」


「この国の人たちは帝国の脅威が増していることを知っているのですか?」

「公式には何も発表されていないが、旅人の話とかで薄々気付いてはいるようだな」

「王国が同盟への参加を要請している件は?」

「それはあまり知られていないので、我々が巷に噂を流しているところだ」

「なるほど、そういうこともするんですね」

「他にもいろいろとな」


「この国の現状をどう見ます?」

「経済的には限界に近いだろう。主な財源は税収と信者からの寄付だが、寄付を集めるには布教活動が欠かせない。そのためには各地に神殿を建て僧侶を派遣する必要があるが、大勢の僧侶が必要になる。その建設費と維持費はばかにならないだろう。その結果、僧侶を除く全ての国民が高い税率に苦しむことになっている。軍隊の維持費も負担が大きいので、これ以上予算を裂くことは難しいだろう」

「経済的にも帝国との戦争は避けたいわけですね」

「そうなるな」


「共和国との関係はどうですか?」

「今のところ良好だ。共和国にも大きな神殿があるし、貿易も盛んだ」

「共和国からの同盟参加の要請はあるのですか?」

「当然何度もあったようだが態度は保留のままだ」

「皇国はあくまで中立の立場をとり、帝国に侵略されない方策を練っているということですか?」

「そんなところだろう」

「王国としては皇国が完全に中立を守るのであれば、それは容認できるのでしょうか?」

「わしにはわからん。宰相様がお考えになることだからな」

「そうですか」


「乗り合い馬車の御者に農民がどんどん減っていると聞きましたが」

「その通りだ。さっきの客たちがその成れの果てでだ。僧侶になることを夢見てこの街に来たものの、思い通りにならず日雇いで日銭を稼いでいる。うちはそういった連中相手の店なんで味より値段、食えれば何でもかまわんのだ」

「なるほど、そういうことですか」


「この国に賢者はいるんですか?」

「わしがここへ来たときにはもういなかった」

「会いたかったのに、残念です」


「大魔導師は?」

「あれが現れたのは確か五年くらい前か、最初はただの魔術師だったのがあっという間に大魔導師と呼ばれるまでに出世した」

「理由はわかりますか?」

「そこまではわからん」


「彼は普段どこにいるんですか?」

「わからん、いるとすれば教皇庁か。ただ、毎週日曜の朝、神殿で教皇が信者に教示を与えることになっていて、稀にその場に現れることもあるから行ってみるといい」


「どんな人ですか?」

「それがよくわからんのだ。不思議なことに人によって見え方が違うようだ。何らかの術を使っていると思う」


「魔物はどうですか?」

「最近王国との国境付近に頻繁に現れるようになったようで、国民の一部には王国が送り込んでいるのではないかとの憶測が流れている」

「そうなりますか」

「そうなるな」


「わかりました。今日はこれで帰ります。また訊きたいことができたら来ます」


 礼を言って店を出た。

 明日は日曜日だ。神殿に行ってみよう。大魔導師を見ることができるかもしれない。



「全てを話してくれたわけではなさそうだね」

「はい、私もそう感じました」

「不確定なことは話せないということかな」

「そういうことでしょう」


 まだ早いので、街を見物しながら宿に戻ることにする。

 アサガオさんが腕に掴まってきた。

「いいでしょ?」

「いいよ」

「あはは」

「何だか楽しそうだね」

「だって、新婚旅行ですから、楽しまなくちゃ」

「そうだったね」


 普段何の娯楽もないから、初めての旅は楽しくて仕方がないのだろう。少しくらいのワガママは許してあげようと思った。

 いつも大人しいアサガオさんがはしゃぐのを見るのは僕としても嬉しい。


「さっきの料理がまずすぎたから何か食べていきませんか?」

「そうだね、あれはほんとにヒドかった」

「「あははは」」


「でも名物料理はないって言ってたよね」

「仕方ないですね、楽しみにしてたのに」


「あれは市場かな?」

「あっ、そうみたいですね、行ってみたいです」

「うん、おもしろそうだね」


 たくさんの露店が軒を連ねているのが見える。屋台も出ているようだ。


 屋台で買った肉串を食べながら見て回る。味は悪くない。

「どうやったらあんな味になるんでしょうね」

「それを言ったらかわいそうだよ」


 肉や野菜や果物、様々な店が並んでいるその奥の一画に土産物や雑貨の店がかたまっていた。


「みんなにお土産を買わないと」

「はいっ」

「何がいいかな?」

「イヤリングはだめですよ」

「えっ?」

「これは私だけです」

「はいはい」

「なんですか? その言い方は」

 睨まれた。


「アクセサリー以外だと適当な物がなさそうだけど……」

「仕方ないですね」

「ペンダントとかは?」

「いいと思います」


 結局みんなにペンダントを買うことにした。

 カオルちゃんには赤、アサガオさんが使用人と同じ物ではいけませんと言うので、周りにも小さな石が嵌まったちょっと豪華なものを選んだ。キキョウさんは青、ヒルガオさんは紫、ユウガオさんにはピンク、お母さんには緑の石が嵌った物を選んだ。


「私には?」

「欲しいの?」

「もちろんです」

「そうだね、じゃあアサガオはやっぱり水色」

「はいっ」

 笑顔が眩しい。


「リョウにはこれを」

「えっ」

「私からのプレゼントです」

 そう言うと恥ずかしそうに金色の石が嵌った腕輪を渡してくれた。

「ありがとう、大切にするよ」



 翌朝早く神殿に行く。

 神殿一杯に信者が集まっている。その前方、神様の像の前にいるのが教皇だろう。

 周りには身分の高そうな人たちがいる。


 いた、きっとあの人だ。四十代半ばだろうか一人だけ僧服ではない服を着た人がいる。

 今度は姿がはっきり見える。これもまやかしなんだろうか?


 目が合った。この間と同じ戦慄が走る。


 《来ていたのか》

 《はい》

 《明日の朝、教皇庁へ来い》

 《なぜですか?》

 《少し話をしよう》

 《わかりました》


「どうかしましたか? 顔色が悪いです」

「だいじょうぶ、今あの人と話をしたんだ。明日会うことになった」

「………」



 明日何が起こるか不安だけど今日は二人で楽しもう。

 宿のおばさんに聞いた名所を巡ることにした。


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