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賢者の下男は平凡な日常を望む  作者: 高橋薫
第二章 皇国の大魔導師
26/65

26 涼ワインを飲む

 馬車は街道を進んでゆく。辺りは見慣れた景色が広がっている。


「今年も作物は豊作になりそうですね」

 アサガオさんが楽しそうに窓の外を眺めている。

 田畑は一面緑だ。

 馬車に吹き込む風が気持ちいい。

「きれいだね」

「光ってますね」


「そう言えば、イズモ教の神様って何ていう名前なの?」

「アマテラス様ですね」

「へーっ、あっちの神様と同じ名前だね」

「そうなんですか」

「それで、アサガオはイズモ教を信仰してるの?」

「いいえ、リン様が思考は中立でなくてはいけないとおっしゃっていましたから」

「ああ、そうだろうね」

「はい、でも神様は信じてますよ。リョウは?」

「僕も神様はいると思ってるよ」



 旅は順調に進み、四日目に国境を越えた。

 馬車の乗客は観光客が半分、行商人が半分といったところだ。行商人は途中で何人か入れ替わった。

 国境では入国税というものを払うことになっていた。王国に入る時にも必要なのかと訊いてみると半額だということだった。


 国境の町ヒラタは活気に満ちた大きな町だった。

 予定より早く着いたので、宿に荷物を置き町へ出た。夕暮れまではまだ少し時間がある。


 多くの人が行きかっている。

「大きな町だね」

「人も多いですね」

「せっかくだからお店でも覗いてみようか」

「はい」


 商店街を散歩しながら目についた雑貨屋へ入る。

 見たことのない柄の織物が目を引く。

「これはイズモ伝統の柄です」

 店員が声を掛けてきた。

「そうなんですか、初めて見る柄なのでつい目がいってしまいました」

「王国の方ですか、こちらへは観光で?」

「そうです」


 気付いたことがあるので質問してみる。

「品物の値段が王国より少し高いような気がするんですが…」

「大きな声では言えませんが、皇国は王国よりも税金が高いのです」

「なるほど、では何か王国にはないような珍しいものはありませんか? もちろんあまり高くないもので」

「では、こちらなどいかがですか? 帝国で採れる宝石を使ったアクセサリーです」

「帝国産とは珍しいですね」


 そこにはカラフルな色の石が嵌まった様々なアクセサリーが並んでいた。

「綺麗ですね、これが安いんですか?」

「はい、その石はたくさん採れるようで、希少価値はないのです」

「へーっ、たしかに高くはありませんね」

 値札を見ると意外に安かった。

「高そうに見えるので王国の観光客の方には人気の商品です」


「この中で欲しいものはない?」

「買ってもらえるんですか?」

「どれでもいいよ」

「奥様ですか?」

「はい」

 店員がニヤニヤしている。

「でしたら…これを」

 アサガオさんがおずおずと、水色の石が嵌まったイヤリングを指差す。


「これをください」

「ありがとうございます、今ここで着けて行かれますか?」

「はい」

 お金を払うと店員がそのまま渡してくれた。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 アサガオさんが耳に着ける。

「鏡をどうぞ、とても良くお似合いですよ」

「うん、水色がアサガオにぴったりだ」

 アサガオさんが真赤になった。


「ありがとうございました」

 店員に見送られて店を出た。


「よかったんですか?」

「もちろん。それに僕のお金じゃないし」

「もーっ、それを言ったらせっかくの気分が台無しです」

「あははは」

「また笑ってごまかすんだから」



 宿に戻って食事にする。

 食事もなんかぱっとしない。

 アサガオさんがせっかくだからワインを飲みたいと言うので一杯ずつ頼む。

 初めて飲んだので味はよく分からないが、まずくはなかった。


「やっぱり王国にくらべるといろいろ見劣りするね」

「そうですね、王国にはもっといろいろな食材がありますね」

「ワインは初めて?」

「いいえ、たまに飲んでました」

「これって美味しいの?」

「まあまあですか」

「そうなんだ」


 夫婦ということで、これまで泊まったどの宿もベッドは一つだけだった。

 仕方がないので、いつも布団を挟んで背中合わせに寝ていた。


「アサガオさんもいつかは誰かと結婚するんだよね」

「カオル様は、もういつ結婚してもいい年齢だから、もし相手が見つからなかったら探してあげるって言ってくれてます」

「へーっ、そうなんだ。今、気になる人はいないの?」

「いません、それにもう少しカオル様のお傍にいたいと思っています」

「僕が言うのも変だけど、よろしくお願いします」

「はい」


 ワインを飲んだせいか、いつになく気軽に話してくれる。

「カオル様はリョウが来てからずいぶん変わられたんですよ、明るくなって、よく笑われるようになりました」

「それはよかった」

「リョウはカオル様のこと、どう思ってるんですか?」

「どうって……大切に思ってるよ」

「それを聞いて安心しました」

「なんで?」

「リョウは女性に興味がないのかと思って」

「えーっ」

「だって、私を異性として見てないでしょ」

「そ、そんなことないよ、だからこうして布団で壁を作ってるでしょ?」

「その気になればそんなもの簡単に越えられるのに?」

「いや、簡単ではないでしょ」


「おやすみなさい」

「……おやすみ」



 翌朝、朝食を食べに食堂へ行くと何やら騒がしかった。


「何かあったんですか?」

 隣のテーブルの人に訊いてみる。

「昨日この先の街道に魔物が出たらしい」

「そうなんですか」

「商人の馬車が襲われて死人が出たそうだ」

「この辺では魔物はよく出るんですか?」

「いいや、そんな話は一度も聞いたことがない。あんた旅行者か?」

「はい、それでその魔物はどうなったんですか?」

「この町の衛士が向かった時にはどこにもいなかったらしい」

「馬車は出ますかね」

「たぶん出るだろ」


「どう考えるべきかな」

「わかりませんね」


 馬車は定刻に出発した。

 僕は御者の人から情報を聞き出すために御者台に座る。

「見張り役をします」

「おお、助かる、頼むわ」


「魔物はよく出るんですか?」

「この街道で出たのは多分初めてじゃないか? 最近よそではちょいちょい出るらしい」

「昔は出なかったということですか?」

「ああ、魔物なんて皇国にはいない。王国には出るのか?」

「北の山地にはいるそうですけど、このあいだは王都にも出たみたいです」

「そうなのか、物騒になったもんだな」

「あなたは皇国の人ですか?」

「ああ、そうだ」

「なんか宿の食事がまずかったんですけど」

「王国と比べたらダメさ、皇国は農民が少ないせいで農産物が高いからな」

「どういうことですか?」

 いきなり小声になる。

「僧侶が多すぎるんだ」

「へーっ」

「金で僧侶の身分が買えるんだ。働かずに食ってるやつが多いから税金は高いし、観光客相手の商売の方が楽だから農民をやめちまう、金が貯まったら僧侶になる。だから食料が不足する。おまけに王国や共和国からの農産物には高い関税がかかってるんだ」

 唖然としてしまう。

「でもこのあたりはけっこう田畑があるじゃないですか」

「見てればわかるさ」



 結局、魔物が現われることはなく、無事に次の町に着いた。

「おつかれさま」

「おう、明日も頼むわ」

「はい、まかせてください」



「なんかね、王国を当たり前と思ってはいけないのかもしれないね」

「どういうことですか?」

「王国が恵まれすぎてるのかもしれないということだよ」

「そんなこと思ってもみませんでした」

「僕もだよ、国によってずいぶん事情が違うみたいだね」

「王様に感謝しないといけませんね」

「そうだね」


「それと、皇国にはもともと魔物はいないらしい」

「そうなんですか。だったらやはり昨日もあっちから送り込んだということになりますね」

「うん、ここはまだ王国に近いからトビラが開けるのかもしれない」

「どこまで開けるか確かめているのかもしれませんね」

「そうだね……」


「そうか、逆に考えると、あっちの世界にトビラを開くためには、どうしても帝国に行く必要があったんだ」

「そのために帝国と接触したということですか?」

「その可能性もあると思う」

「リョウは相手が皇国の大魔導師の可能性が高いと考えているのですね」

「まだよくわからないけど、そう考えてる。帝国の魔術師だと考えるのが自然だと思うけど、なんかひっかかるんだよ。いずれにしても今は準備の段階なんだろうね」

「確実に時間は無くなっているということですか」

「うん、そう思う」



 その後も何事もなく旅は続き、御者が言ったとおり首都に近づくにつれ田畑はどんどん減っていった。明日はやっと首都に到着する。

 四日間滞在する予定だ。とりあえず諜報員の人と連絡をとって、すべてはそれからだ。


「やっと着くね」

「楽しみです」

「早く神殿を見てみたいね」

「はい」


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